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EP49【テンカウントの果てに】

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 俺はそのままドラグニルが着地した際の衝撃と、放たれた剣圧に弾き飛ばされた。

 身体が地面に何度も叩きつけられる度に意識を奪われそうになる。コロシアムの端までゴロゴロと転がっていく様は誰の目にも惨めに見えたことだろう。

 ようやく転がり終えたと思っても、上下の間隔が取り戻せずにいた。それどころか身体は小さく震え、失いかけた意識を必死に繋げるのがやっとであった。

「うぐッ……」

 司会者のテンカウントが始まった。

 立たなくては────そう思っても、命令が身体に伝わってくれない。命令を伝播させる配線が切れた、或いは手足そのものが壊れてしまったのだろう。。

『スリー! フォー!』

 どうやっても、俺の身体は立てそうにない。

「いい試合だったよ、スパナくん。終わってしまうのが惜しいくらいだ」

『ファイブ!』

 カウントが半分を切った。コロシアム中をジークに向けた歓声が包みこむ。

 コロシアムに訪れた誰もがジークの勝利を確信していた。他ならぬ俺自身だってそうだ。

 いくら手足を込めようが、部品が壊れちゃ立てやしない。こんな状況から逆転なんて出来っこないのだ。

 だが、一人だけ空気の読めないバカがいた。

「スパナァァァ!!! アンタは私の英雄なんでしょ! だったら立つのよ、スパナ・ヘッドバーンッ!」

 ネジの声だ。

 そうだ……俺は彼女の英雄なのだ。ならば、このまま終われるわけがない。

「こん……畜生ッ!」

 両足に力を込めろ。こんなの、これまでの労働の日々に比べりゃ屁でもないだろ。

『シックス!』

「負けるなァ!! おじさーんッ!」

 ネジの声に釣られて、子供の声が俺を呼んでいる。

 クレイドル孤児院のガキどもだった。どうやら観客席に来ていたらしい。

「お兄さんだって言ってんだろうが……」

『セブン!』

「スパナ様ァ! 負けないでくださーいッ!」

「スパナさんッ! 貴方なら立てるはずですッ!」

 フレデリカにクルスくんも、俺のことを呼んでいる。

「スパナァ! 社長命令を無視してんじゃねぇぞォ!」

「負けたら、またぶん殴るからなァ!」

「「立てェェ!! スパナァァァ!!」」

 ケインにシド、それにネジの社員達も俺を呼んでいた

「ッッ……立て! 立ってくれ、俺の身体ァ!」

 カウントはもうほとんど残されていない。今立たなくて、いつ立つんだよ、俺! 

 これは俺のワガママから始まった勝負だろ! なら俺が諦めてどうすんだよ!

『エイト!』

『立って、スパちゃーーーーん!』

 うるせぇ、馬鹿親。今立つって言ってるんだろ!

『ナイン!』

「立つのよ、私の英雄さん」

 理屈を根性論でねじ伏せろ。立てなくても、立ってみせるんだ。

「スパナ様を……天下のスパナ様を!! 天下無双の唯我独尊、絶対無敵のスパナ・ヘッドバーン様を舐め腐ってくれんじゃねぇぇェェェ!」

 立った! 俺は立ったぞ! 

 咆哮と共に、両肩を激しく震わせながら俺は立ち上がってみせた。

「俺はまだ負けてねぇぞォォォ!!!!」

 はは……何だこりゃ? 皆の呼び声に応えて立ち上がるなんて、まるで本当に英雄みたいじゃないか。

「最高だッ! スパナ・ヘッドバーンくんッ! こんなに楽しい試合、僕は初めてだよッ!」

 再度、ドラグニルがさらに飛翔する。今度こそ俺に引導を渡そうと、更に高度まで駆け上がってみせた。正真正銘、コロシアムの絶対王者が降す最後の一撃だ。

 一方でさっきの斬撃を受けた俺の右拳は半分が消し飛んでいる。もうこんな状態では黒魔法(ブラックスペル)による補正も当てにはできない。

 俺一人では絶体絶命な状況だが、どうするか? 

 んなの知らねぇよ! やれることを最後までやるだけだ。

「ネジ。お前の魔力を全部貸せッ! あとで利子も付けて返してやるからよッ!」

「わかってたッ! けど安くないわよッ!」

 ぎゅん!! と提供糸が跳ねる。ネジが膨大な量の魔力を流したせいだ。

「「いっせーので!」」

 俺たちはジークとドラグニルの必殺を、全部を使って受けてみせた。いつ拳が砕け散っても、或いはオレカネジの魔力がいつ底を突き立っておかしくはない。

 それでも、俺たちはジーク必殺の一撃に拮抗してみせる。

「なっ⁉ 馬鹿な!」

 あぁ。俺たちは大バカコンビさ。理屈も常識も通じやしねぇ。強引で荒っぽくて、真っ直ぐ、突き進むことしか知らないんだ!!

 提供糸(コード)を結んでいたネジの指先が切れて、血が糸を伝っていく。

 次第に〈コード〉が赤く染まり、それが砕け掛けの拳へと届いた!!

「〈ブラック・フィスト〉なんて目じゃねぇ! これが俺たちの!」

「私たちの!」

「「────紅拳(クリムゾン・フィスト)だァァァァ!」」

 赤魔法(レッド・スペル)なんて聞いたこともない。そもそも、様々な現象が相まって偶然拳が紅く見えただけかもしれない。

 だが、それで構わなかった。

 イージスの矛が俺たちを征く手を遮る壁だというのなら、それも打ち破ってみせよう。

「「砕けろォォォ!!!」」

 俺たちは二人なら何処までも突き進める。────俺たち二人なら何処までだって届くんだッ!
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