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EP44【手と手取って】
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「では、お願いします」
俺はグレゴリーとの契約通り、アイツが指定した口座に五〇〇万ペルを振り込んだ。これで正式にフレデリカの所有権は俺へ、より正確には俺の主であるネジへと譲渡されたことになる。
これで問題の一つが解決したな。
振込手続きを手伝ってくれた係員のお姉さんにもう一度丁寧にお礼をし、銀行を後にしようとしたところで俺を呼び止める声が一人。
「ッッ……スパナ様!」
「よっ、フレデリカじゃねぇか」
俺は敢えていつも通りに彼女の呼ぶ声に答えることにした。
彼女だって、俺が銀行にお金を預けに来ることは百も承知なはず。だから、こうやって物陰で俺を待ち伏せていたのだろう。
「あの……昨日はその……」
その顔を見れば、何か言いたいことがあるんだとすぐに分かった。
「別に俺がしたくてやったことなんだ。確かに借金は増えちまったけど、後悔はねーよ」
「だ、ダメです! それに昨日は感情任せにスパナ様を怒鳴ちゃって……」
確かに、昨日のフレデリカは感情的になりすぎていたとも思う。俺に対し、負い目を感じているのも要因の一つであることに違えない。
ただそれ以上に昨日の彼女は自罰的でもあった。
彼女の独白は「自分はどんな理不尽な扱いを受けても仕方がない」「なのにどうして無関係な貴方が割り込んでくるの」と喚いているようにも聞こえたのだ。
「なぁ、フレデリカ。お前は自分を責めてるのか?」
「えぇ。私は罪人ですから。〈魔導人形(ドール)〉として終わることのない人生は全て償いに使う責務がある。だから、私は救われたり、増して幸せになってはいけないのです」
彼女は俺に諭すようだった。だけど、俺にはその言葉も自分に言い聞かせてるようにしか思えないのだ。
「ハッ……何が償いだよ、笑わせんな」
「え?」
悪いな。それが俺の本音だ。
「俺は小さい頃からアンタが好きだったし、今はちょっと違うけど、大事な友達だと思ってる。ネジだってアンタを魔法の先生と尊敬してる。そういう風にアンタを必要としている人の善意を片っ端から拒絶していくのかよ? 自分は悪―い奴だからって理由だけでさ」
「そ、それは……」
「償い方にも色々あるんだから固執すんなよ。……まぁ、ついさっきまでネジの気持ちに気づきもせず、色んなことに固執してた俺が言うのもアレだけどさ……」
「けど……けど! 私は罪人で!」
「俺たちの知ってるフレデリカは優しくて真面目なメイドさん。別に俺らは昔のお前が極悪非道の殺人鬼だろうと関係ねぇよ」
そう。今のフレデリカはフレデリカだ。罪人の彼女なんて俺たちは知らない。
「スパナ様っ……少しだけっ、本当に少しだけっ、お胸をお借りしてよろしいでしょうか?」
「あぁ、好きにしろよ」
彼女はボロボロと涙を流しながら、泣いてくれた。こんな風に感情を発露させる彼女は、「笑顔のまぶしい職務人形(ワーカードール)」という仮面をはじめて外してくれたようにも思えた。
そして、彼女はもうひとつ。隠していた秘密を俺に打ち明ける。
「実は私には記憶がないんです。……だから怖い。私の本性がどんなに恐ろしいか、私自身がわからないから。何かの拍子に誰かを傷つけたり……悲しませたりするのではないかと思うと、私は私自身が恐ろしいのです」
「……そうだったのか」
永遠の償いを強いられるような罪人にしては、彼女は善良すぎると感じていたが、その理由はこういうことか。
彼女は過去の記憶が欠落していたからこそ、善良なフレデリカという少女でいられる。けれど、その腹の底には、どんなに悍ましいものが潜んでるかも、わかったもの
じゃない。
だから彼女はずっと、得体の知れない自分自身に怯え続けてきたのだろう。
「けど安心しろよ。お前が誰かを傷つけそうになった時は俺達が止めてやるからさ」
「信じても……本当に信じても、いいんですか?」
俺は彼女の問いかけにしっかり頷き、その手を取った。
この手がどれだけ汚れていようとも関係ない。────ネジがズブズブと落ちていくだけの俺の手を掴んで、見捨てなかったように、俺もこの手を彼女が心から笑って自分を許せる日まで離さないと、約束しよう!
「あの……スパナ様、どうして手を握るんですか?」
「え、あ……いや、上手くは言えないけどさ」
完全に乗りと勢いでやってしまった。
自分がこれまで吐いていた青臭い台詞も相まって恥ずかしさに悶えていると、彼女がイタズラっぽい笑顔を作っってみせた。
「優しくして貰えるのは嬉しいですけど、そんな風に誰にでも優しくしてたら、貴方も怒られちゃいますよ」
「怒られる? 誰に?」
「……え?」
「……え?」
どうにも話が噛み合って無くないか?
ポカンとする俺に、フレデリカは呆れたような溜息を吐いた。
「スパナ様。本当に心当たりがないんですか?」
「いや……なんか、全然話がわからない」
つい直前までの雰囲気とか関係ない。
「ハァァァ……これだから、スパナ様はバカなんですね」
多分、フレデリカは俺の知る中で一番大きな溜息を吐いてみせた。しかも、「バカ」という悪口もセットで。
「ネジといい、お前といい、もっとわかりやすく話せねぇのかよ」
「それはスパナ様が乙女心を理解できない唐変木だからですね」
うん。自覚ならあるぞ。正直、乙女心とか全然わからないし。
けど、唐変木とまで言われる覚えもない。それにさっきからフレデリカのあたりもきつくなってきてないか⁉
「では、ヒントというか、ほぼ答えを言っちゃいますよ」
「お、おう……」
「それは、ネジ様です!」
いや、わかんない。何で俺がフレデリカに優しくしたら、ネジに怒られるんだよ。
「ネジ様もネジ様です。肝心な所で詰めが甘いんでしょうね」
「……本当に何を言ってるんだよ」
けど、良かったのかも知れない。フレデリカもこれである意味で吹っ切れた様子だ。
元々、表情は豊かだと思っていたが、こんなに色んな顔が出来るなんて知らなかった。
「では、スパナ様。最後の質問です。スパナ様にとってネジ様とはどんな人なのですか?」
そうだな。俺にとってのネジか。アイツは俺の恩人で、一緒に戦ってくれる仲間で、幼馴染でもあって……
「俺にとってのネジは一緒にいたい人かな。こういうのはなんて言うんだっけ……」
「おぉ! それが恋び」
「親友ってヤツかな!」
俺はその時のフレデリカの表情を多分、一生忘れないだろう。
落胆と呆れ、それに俺への嫌悪感が混ざったような顔をしていた。多分、ゴミを見る目というのは彼女の今している目のことを言うんだろうな。
俺はグレゴリーとの契約通り、アイツが指定した口座に五〇〇万ペルを振り込んだ。これで正式にフレデリカの所有権は俺へ、より正確には俺の主であるネジへと譲渡されたことになる。
これで問題の一つが解決したな。
振込手続きを手伝ってくれた係員のお姉さんにもう一度丁寧にお礼をし、銀行を後にしようとしたところで俺を呼び止める声が一人。
「ッッ……スパナ様!」
「よっ、フレデリカじゃねぇか」
俺は敢えていつも通りに彼女の呼ぶ声に答えることにした。
彼女だって、俺が銀行にお金を預けに来ることは百も承知なはず。だから、こうやって物陰で俺を待ち伏せていたのだろう。
「あの……昨日はその……」
その顔を見れば、何か言いたいことがあるんだとすぐに分かった。
「別に俺がしたくてやったことなんだ。確かに借金は増えちまったけど、後悔はねーよ」
「だ、ダメです! それに昨日は感情任せにスパナ様を怒鳴ちゃって……」
確かに、昨日のフレデリカは感情的になりすぎていたとも思う。俺に対し、負い目を感じているのも要因の一つであることに違えない。
ただそれ以上に昨日の彼女は自罰的でもあった。
彼女の独白は「自分はどんな理不尽な扱いを受けても仕方がない」「なのにどうして無関係な貴方が割り込んでくるの」と喚いているようにも聞こえたのだ。
「なぁ、フレデリカ。お前は自分を責めてるのか?」
「えぇ。私は罪人ですから。〈魔導人形(ドール)〉として終わることのない人生は全て償いに使う責務がある。だから、私は救われたり、増して幸せになってはいけないのです」
彼女は俺に諭すようだった。だけど、俺にはその言葉も自分に言い聞かせてるようにしか思えないのだ。
「ハッ……何が償いだよ、笑わせんな」
「え?」
悪いな。それが俺の本音だ。
「俺は小さい頃からアンタが好きだったし、今はちょっと違うけど、大事な友達だと思ってる。ネジだってアンタを魔法の先生と尊敬してる。そういう風にアンタを必要としている人の善意を片っ端から拒絶していくのかよ? 自分は悪―い奴だからって理由だけでさ」
「そ、それは……」
「償い方にも色々あるんだから固執すんなよ。……まぁ、ついさっきまでネジの気持ちに気づきもせず、色んなことに固執してた俺が言うのもアレだけどさ……」
「けど……けど! 私は罪人で!」
「俺たちの知ってるフレデリカは優しくて真面目なメイドさん。別に俺らは昔のお前が極悪非道の殺人鬼だろうと関係ねぇよ」
そう。今のフレデリカはフレデリカだ。罪人の彼女なんて俺たちは知らない。
「スパナ様っ……少しだけっ、本当に少しだけっ、お胸をお借りしてよろしいでしょうか?」
「あぁ、好きにしろよ」
彼女はボロボロと涙を流しながら、泣いてくれた。こんな風に感情を発露させる彼女は、「笑顔のまぶしい職務人形(ワーカードール)」という仮面をはじめて外してくれたようにも思えた。
そして、彼女はもうひとつ。隠していた秘密を俺に打ち明ける。
「実は私には記憶がないんです。……だから怖い。私の本性がどんなに恐ろしいか、私自身がわからないから。何かの拍子に誰かを傷つけたり……悲しませたりするのではないかと思うと、私は私自身が恐ろしいのです」
「……そうだったのか」
永遠の償いを強いられるような罪人にしては、彼女は善良すぎると感じていたが、その理由はこういうことか。
彼女は過去の記憶が欠落していたからこそ、善良なフレデリカという少女でいられる。けれど、その腹の底には、どんなに悍ましいものが潜んでるかも、わかったもの
じゃない。
だから彼女はずっと、得体の知れない自分自身に怯え続けてきたのだろう。
「けど安心しろよ。お前が誰かを傷つけそうになった時は俺達が止めてやるからさ」
「信じても……本当に信じても、いいんですか?」
俺は彼女の問いかけにしっかり頷き、その手を取った。
この手がどれだけ汚れていようとも関係ない。────ネジがズブズブと落ちていくだけの俺の手を掴んで、見捨てなかったように、俺もこの手を彼女が心から笑って自分を許せる日まで離さないと、約束しよう!
「あの……スパナ様、どうして手を握るんですか?」
「え、あ……いや、上手くは言えないけどさ」
完全に乗りと勢いでやってしまった。
自分がこれまで吐いていた青臭い台詞も相まって恥ずかしさに悶えていると、彼女がイタズラっぽい笑顔を作っってみせた。
「優しくして貰えるのは嬉しいですけど、そんな風に誰にでも優しくしてたら、貴方も怒られちゃいますよ」
「怒られる? 誰に?」
「……え?」
「……え?」
どうにも話が噛み合って無くないか?
ポカンとする俺に、フレデリカは呆れたような溜息を吐いた。
「スパナ様。本当に心当たりがないんですか?」
「いや……なんか、全然話がわからない」
つい直前までの雰囲気とか関係ない。
「ハァァァ……これだから、スパナ様はバカなんですね」
多分、フレデリカは俺の知る中で一番大きな溜息を吐いてみせた。しかも、「バカ」という悪口もセットで。
「ネジといい、お前といい、もっとわかりやすく話せねぇのかよ」
「それはスパナ様が乙女心を理解できない唐変木だからですね」
うん。自覚ならあるぞ。正直、乙女心とか全然わからないし。
けど、唐変木とまで言われる覚えもない。それにさっきからフレデリカのあたりもきつくなってきてないか⁉
「では、ヒントというか、ほぼ答えを言っちゃいますよ」
「お、おう……」
「それは、ネジ様です!」
いや、わかんない。何で俺がフレデリカに優しくしたら、ネジに怒られるんだよ。
「ネジ様もネジ様です。肝心な所で詰めが甘いんでしょうね」
「……本当に何を言ってるんだよ」
けど、良かったのかも知れない。フレデリカもこれである意味で吹っ切れた様子だ。
元々、表情は豊かだと思っていたが、こんなに色んな顔が出来るなんて知らなかった。
「では、スパナ様。最後の質問です。スパナ様にとってネジ様とはどんな人なのですか?」
そうだな。俺にとってのネジか。アイツは俺の恩人で、一緒に戦ってくれる仲間で、幼馴染でもあって……
「俺にとってのネジは一緒にいたい人かな。こういうのはなんて言うんだっけ……」
「おぉ! それが恋び」
「親友ってヤツかな!」
俺はその時のフレデリカの表情を多分、一生忘れないだろう。
落胆と呆れ、それに俺への嫌悪感が混ざったような顔をしていた。多分、ゴミを見る目というのは彼女の今している目のことを言うんだろうな。
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