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EP10 【裏競技は過激に】

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「こちらです」

 階段を昇りつめた果てにあるのは鉄扉だった。案内人がその扉を開ければ、魔導照明が視界を焦がした。あまりの眩しさに俺は目を閉ざしてしまう。

「ネジ……ここは?」

「バベルの闘技場。人形武踊の会場よ!」

 恐る恐る目を開くと、その先にあったのは喧騒飛び交う巨大なリングだ。円状の舞台をぐるりと有刺鉄線のフェンスが覆い、その中では二体の〈競技用人形(ファイティングドール)〉同士が火花を散らす真っ最中にある。

「長槍で武装してる方がランサー。弓矢を構えてる方はアローっていう〈魔導人形(ドール)〉らしいわね」

「まんまじゃねーか」

 二体の首にはそれぞれ「R352・FD」と「A60・FD」と刻まれている。

 ランサーは青年型で重装備の鎧を着込んでいる。それに対しアローは細身の女性型で軽装だ。最低限のプロテクターしか身に着けていない。

 アローが距離を取って弓を引くも、ランサーの強固な鎧に阻まれてしまう。そして今度はランサーの反撃だ。

 陶器が砕けるような破砕音に観客達が湧き上がる。ランサーの槍先がアローの腕を貫いたのだ。切り口からは亀裂が走り、赤黒い魔力液が飛び散った。

 その槍捌きは達人並だ。滑らか挙動から察するに、手先を〈ファイティングドール〉の物から、繊細な作業を得意とする〈職務人形(ワーカードール)〉のものに換装しているのだろう。

「この試合はランサー勝ちね。槍先にも魔法陣を仕込んでるみたいだし」

 ネジの指摘通り、ランサーの槍先には魔法陣が刻まれていた。アレは確か、シンプルながらも武器の貫通力を強化する〈刺突魔法(スパイク・マジック)〉の一種だ。

 あれが中枢を貫けば、アローは機能停止を免れないだろう。

「けど俺は、アローって奴の方が気になるな」

 アローの後ろでは持ち主が反撃のタイミングを図っていた。

 彼女の足元に増設されたあの部品はきっと、ネジの流星号にも搭載された推進ドライブと同じものだ。

「〈スパイク・マジック〉ッッ!」

 ランサーが決めに掛かった。強く地面を踏み込んで槍を構える。

 だが、アローの所持者はそのタイミングを待っていたのだろう。

「〈推進魔法(ブーストマジック)〉」と短く詠唱し、アローが懐へと飛び込んだ。加速した彼女は強引な出力差でランサーの身体を押し返す。

 さらに、手首に仕込まれたナイフが展開。ランサーの首元に切っ先をねじ込んで命令伝達系の配線を断絶した。

 駆け引き一つが勝敗を分けたのだ。司会者が高らかに勝者の名を宣言する。

「わぁお。スパナの予想当たったじゃん」

「お前の加速を知ってたからな……つか、ネジ。ここは一体なんなんだよ?」

「さっきも言ったじゃん。バベル闘技場。見ての通り、人形武踊の会場よ」

「いや……そうなんだけどさ」

 思わず二体の激闘を見入ってしまったが、こんな展開は聞いてない。

 人形武踊は、大衆娯楽として都市中枢のコロシアムで開催されるのが一般的だ。では、このリングは一体なんだ? なんで、カジノの屋上にリングがある?

「ここで行われる人形武踊は言わば裏人形武踊ってヤツね」

「裏って……」

「コロシアムでも賭博自体は合法だし、出場者には相応の出演料が振り込まれるのも知ってるわよね。ただ、コロシアムで賭けられる分のお金には法律で上限があるの。一応は健全な公共娯楽だし」

「じゃあ、まさか……この裏カジノはそれがないってわけか!」

「そっ。好きなだけ賭けていいの。破産しようが知ったこっちゃないってスタンスね。あとは、コロシアムじゃ使っちゃいけない攻撃魔法の使用も全部認められてるの」

 つまりは血湧き肉躍るデスマッチ。裏人形武踊なんて言うだけはあるな。

 会場を見渡せば、観客は何処かで見たことのあるような顔のやつばかりだった。マフィアのボスに、魔導管理院のお偉いさん、政財界の中でも指折りのトップが総出で狭いリングの中で闘うドール達に興奮している。

 さっきの首にナイフを突き立てるなんてエグい技は、当然コロシアムの人形武踊じゃ認められない。

 だが、このバベル闘技場はそれを認めている。コロシアムの試合に物足りなさを感じた権力者達は、過激な試合を求めてここに訪れる。

 きっと安泰な人生には、スリルって奴が足りないんだろう。俺には全くわからんが。

「んでもって、金の有り余った連中が大金を際限なしに賭けるヤバい場所。それこそが、このバベルの闘技場だな」

「そういうこと。一部のVIPだけが入れるのよ。ここに入れて貰うのに、色んなコネを利用したんだから」

 正直、最近のネジが怖い。普通ならこんな所に闇金の社長風情が来れるわけがないのだ。

 マジでコイツ、俺の知らない間に何してやがった?

 ただ、なんとなくネジの言いたいこともわかった。ここでの賭けは、人形武踊の勝敗予測。つまり勝つか負けるかしかない。二分の一で当たるギャンブル。しかも、動く金額は下のカジノよりも大きいときた。

 確かに負けるリスクを考えれば恐ろしいが、勝てば、借金の一括返済だって夢じゃない!

「それでは、本日のメインとなる対戦にエントリーした選手を紹介していきましょう!」

 いつの間にやら、次の試合が始まる予感だ。司会が選手紹介を始める。俺も次の試合で賭けるんだから、よく聞いておこう。

「まずは赤コーナー。経歴、二十八連勝。現在のバベル闘技場チャンピオン。グレゴリー・ブラッドォォー!」

 赤い光源がリングの中央を照らし出しす。そこに向けて、入場ゲートから巨漢のシルエットが走ってきた。

「うぉぉぉぉおおお!!!!」

 ソイツの鎧のような筋肉には、びっしりと刺青が彫り込まれ、背丈は二メートルを超えていた。下手な魔族より強面で下品そうな印象を覚える男だ。

 グレゴリー・ブラッド。────パグリスの国民ならコイツの顔を、一度は手配書で見たことがある。

 グレゴリーは元軍人で、〈戦争人形(アーミードール)〉部隊の指揮を任された優秀な人材だ。しかし、その素行に問題があり、軍をクビに。その後も問題行動が絶えず、終いにはその首に多額の賞金がかけられた超危険人物であった。

「金ダァ! 権力者どもぉ! 有り金、全部をこのグレゴリー様に賭けなァァ!」

 グレゴリーが拳を天高くに突き出せば、観客達がそれに湧く。

 蛮族にしか見えないが、こういう舞台で人気をとるなら、あれくらい露骨な方が良いのかもしれない。

「続いてグレゴリーの〈ドール〉。D300カスタム・ADこと、デストロイヤーッッ!!」

 ギギッ……ギギッ……とソイツは何かを引きずってきた。先程の試合で敗れたランサーの残骸だ。

「おい、デストロヤー。ソイツはなんだよ?」

「応答。待機室ニテ邪魔ダッタ。ダカラ壊シタ」

 抑揚のないボイスから察するに、事前に登録していた返答だろう。仕込まれたパフォーマンスだ。

「ふーん。なら仕方ねぇな。なんたって、邪魔だったんだからよぉ! ハッハッハッハ!!」

 リングの中にグレゴリーの笑い声が響き渡る。引きずられたランサーの残骸はアローに着けられた傷だけでなく、頭部が大きくひしゃげていた。何か、大きな質量のある武器で叩きつけたのだろう。

 グレゴリーは壊れたランサーの残骸を足蹴にすると、司会からマイクをひったくり、デストロイヤーのことを得意げに語り出す。

「俺様のデストロイヤーは、ただの〈ドール〉じゃねぇ。コロシアムじゃ使えない〈アーミードール〉を極限までチューンした一点者だ! ただの〈ファイティングドール〉がいくら防御を固めようと、デストロヤーにはそれを押し潰すパワーがある!」

 デストロイヤーの名前にピッタリな脳筋型ってことか。身体の大きさは巨漢のグレゴリーよりも大きかった。俺の身長と比べれば二倍近くある。

 頭に麻袋が被せて、背中には大鉈を背負う姿は処刑用に使われる〈ワーカードール〉を思わせた。そして、全身に刻まれた小さな傷の数々。それが、デストロイヤーの歴戦の証だった。

 きっとグレゴリーが軍に在籍していた頃から使い回しているのだろう。コイツが何体の〈ドール〉を壊してきたか、想像するだけでも恐ろしい。

「はは……けど、ネジ。お前も賢いな」

 アレに勝てる〈ドール〉の所有者なんて、殆どいないだろう。グレゴリーとデストロイヤーが勝つのがほぼ確実なのだ。予想が簡単な分、オッズも低くなるだろうが、それでも、ここは裏闘技場。デストロイーがその大鉈で対戦相手を薙ぎ払うことに賭けるだけで、相応のリターンが期待できる。

「そうと決まれば、さっそくグレゴリー&デストロイヤーの券を買おうぜ! さすがはネジ様! これで借金とも、この身体ともおさらばだぜ!!」

「え、何言ってるの?」

 ネジがキョトンとした顔でいる。

 いや……だって、そう言うことだろ。カジノより確実に稼げるから、俺をここに連れてきたんじゃないのか?

「続いて青コーナーのご紹介です。経歴無し。なんと本日が初エントリー!」

 おっと、青コーナーの紹介が始まったか。グレゴリーと対等に渡り合えるコンビが現れる可能性も僅かには残っているが、今回はそれも無さそうだ。

 にしても初エントリーの対戦相手がグレゴリーだなんて不運なヤツだな。大事な〈ドール〉を再起不能のスクラップにされてお終いだ。さーて、どんな不運持ちさんが現れるんだか?

「泣く子も黙る金融魔女の通り名でお馴染み。可愛い顔に騙されるべからず! ネジ・アルナートッッ!」

「……は?」

 青の光源が照らし出したのは紛れもなく彼女だった。

 だが、なぜ、ネジなんだ。コイツは〈ドール〉なんて持ってきてなかった筈だし……

「いや、待て。そういえば今の俺の身体って……!」

「来て、スパナ!!」

 司会の声が次に読み上げたのが、俺の名前だってことは、もう言う必要までもない。理不尽なゴングが今、響き渡ろうとしていた。
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