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EP03 【返済の手段】

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 俺はいったい何処にいるのだろうか? ふわふわと意識だけが揺蕩っている。

 ただ、ここは心地の良い空間だった。そして目の前には何かある。

「ん……?」

 目を凝らせば、それの正体がわかった。

 豪勢に飾られたスロットマシンだ。

 ふふ、君の絵柄が揃った瞬間を俺は忘れないぜ。願いを込めてレバーを引いた時に出た、トリプルセブン。そのときに金貨を狂ったように吐き出す瞬間。俺は君と心が通じ合った気がしたんだ。

 それで、こっちにあるのはルーレットだな。君は蠱惑的なカジノの女王で、チップの行き来する駆け引きは、恋愛の駆け引きによく似ていた。そして、あっちには……

 ◇◇◇

「ミニカバラ……ギャンブルの王様なんて言われる君は……むにゃ、むにゃ……」

「ったく……どんな夢を見てるのよ!」

 俺の股間に鈍痛が走った。 

 誰かが、全力で蹴り上げてくれたのだろう。夢現にいた俺の意識は即座に現実に引き戻される。

「おはよう。スパナ・ヘッドバーン」

「ネ、ネジ⁉ なっ、なんなんだよ、ここは!」

「ありきたりで、つまんないリアクションね」

 悪うございましたね。どうせ、俺は普通のリアクションしか出来やしねぇよ。

 俺の両手足は鎖によって椅子に固定され、自由を奪われている。部屋に窓はなく、天井からは小さなガス灯が弱々しく点灯を繰り返していた。

 そして、俺と向き合うように立っているネジの背後には、彼女の経営する金融会社の黒服社員たちが強面をそろえて控えていやがった。

 以上の情報を整理するに、ここは闇金の地下室のような所ではないだろうか。

「どうしてこうなってるか、わかるよね?」

「えっと……ネジに殴られて、気絶して、股間を蹴られて起こされた」

「よくできました」

 邪悪な笑顔で微笑みかけるネジ。俺を捕まえることができた彼女は、さぞご機嫌なんだろう。

 多分、さっきまで見ていた夢は、走馬灯のようなものだ。俺は死ぬ前に現世で世話になったギャンブル達に想いを馳せて……

「って、俺の人生ってクズすぎないか! 最後までギャンブルなのかよ!」

「あら、自分がクズっていう自覚は持ち合わせていたのね」

 というか、話が違うんじゃないか?

「な、なぁ、ネジ? 俺はお前に土下座したよな」

「惨めなアレのことね。確かにしたわよ」

「そしたら、お前は俺にチャンスをくれるって言ったよな?」

「そうよ。だから、チャンスをあげるわ」

 なら、この状況はなんだっていうんだ! 俺は善良な一般市民だ。……まぁ、多少、金の使い方に問題があって、アウトローを気取ってはいるが。

 とにかく、俺は善良な一人の一般市民なのだ。それなのに、俺をこんな地下室に監禁するなんて、とても合法とは思えない!

「まず、スパナ。アンタはいくらウチに借金があるのか分かってる?」

「確か……十万ペルくらいか?」

「二十万ペルよ。そして、ここから利子などが諸々ついて、今じゃ二百五十万ペルにまで膨れ上がってるわ」

「にっ……二百五十万⁉」

 二百五十万ってことは、2500000だよな? ゼロが五つも並んでやがるじゃねぇか!

 ネジから渡された金利の早見表も疑ってみたが、本当に二百五十万ペルの借金だ。

「いや、だとしてもおかしいだろ! どんな膨れ上がり方しても、流石に無理がある!」

「当たり前じゃない? うちは闇金よ。暴利なのも当然だし、それに契約書にはちゃんと書いてる」

 二百五十万ペルは大金だ。俺のようなクズが休まず数年間働いて、ギリギリ稼げる額がちょうどそのくらいだろう。

「クソ……」

 親父に泣きを入れれば返せない額ではないが、それだけは絶対に無しだ。

 アイツとは縁を切ってるんだから。

「本来、ウチの会社では借金を返せなかった人間は漁船に乗せたり、労働施設に送り込んだりして、何としても金を作らせてるわ。それでダメなら臓器とかも売ってもらうの」

 ネジは完全に悪人面をしていた。下手なチンピラのボスよりも迫力がありやがる。

「けど、お前だって知ってるだろ。俺は働けるような性格でもねぇし、お袋が魔族だから俺の臓器の作りも、普通の人間と違って商品価値もない」

「なら死んでもらうしかないわね……って言いたいけど」

 ネジは不服そうにぼやいた。

「私は昔のスパナ・ヘッドバーンを知っている。アンタがただのクズじゃないってわかってるの」

「それは……」

 ネジの知ってる俺、は昔の俺なんだ。

「少なくとも、チャンスを上げるくらいの価値が貴方にはあるわ!」

 ネジがパチン! と指を弾けば控えていた二人の社員が、部屋の奥の方から何かを引きずって来た。

「なっ……」

 それは魔導人形(〈ドール〉)のようなナニカだった。

 首筋に刻まれた型番は「S200・FD」。「FD」というのは競技用人形(〈ファイティングドール〉)の略だ。筋肉質を思わせるフォルムも男性型の〈ファイティングドール〉の特徴である。

 だが、このナニカはただの〈ドール〉でもなさそうだ。

 なんたって、コイツには顔がないのだから。本来、目や鼻、口がある場所になんの装飾もされていない〈ドール〉なんて見たことも聞いたこともなかった。

「な、なんだよ……この気味の悪い人形は」

「素体(〈フレーム〉)っていうの。たしか、スパナは初級学校ではエリートだったけど、中級学校で落ちぶれて、高級学校の授業はほとんどサボってたわよね?」

「それがなんだって言うんだよ? 俺が中卒なのが、そんなにおかしいか?」

「そうじゃなくて。高級学校では〈ドール〉に纏わる歴史を習うの。スパナは知らないと思うから教えてあげる」

〈ドール〉の歴史。それは今から二十年前に遡る。

 この世界では、人間と魔族が対立していた。けど、それも今じゃ昔の話。人間代表の親父と魔族代表のお袋が結婚することで、その対立に終止符が打たれたのだから。

 人間は魔族に道具を与え、魔族は人間に魔力を与えることで、互いの種族は近代化の道を歩んでいった。

 そんな発展の中で生まれた発明品こそが〈ドール〉なのだ。

 魔族の血を飲んだ人間は新たなエネルギー源である魔力に目覚める。そして、人間が作ったボディに魔力を注入することで稼働する〈ドール〉は二つの種族が共に協力しあえた共存の証とも言えるだろう。

 ここまではパグリス国民の皆が知っている事実であった。

「だけどね、スパナ。今みたいな高性能の魔導人形はそんなに簡単には生まれなかったの」

 ネジがここからは語るのは、俺の知らない〈ドール〉の歴史だ。その歴史の薄暗さ故に高級学校からでしか教えないらしい。

 曰く、最初期の〈ドール〉は今の〈ドール〉のように複雑な命令をこなしたり、受け答えをすることが出来なかった。

 使い物にならないとまでは言わないが、それでも使える場所は限定されがちで。『人間に限りなく近い応答能力を持った道具』を作るという開発コンセプトから程遠い仕上がりだったらしい。

「そこで当時の職人たちは、ちょっぴりダークな手段を思いついたの」

 幾つかの魔術を応用し、〈フレーム〉へと人間の魂を移植することで、〈ドール〉たちに人間と同等の応答能力を与えたのだ。

「ゼロから〈ドール〉たちの思考回路を構築するよりも、既存のものを使った方が早い」という狂った発想により元人間の〈ドール〉は十体制作された。

 そして、当時の職人はそんなプロトタイプたちを存分に運用し、得られたノウハウを元に人の魂も必要としない完全なる〈ドール〉の基本フォーマットを作り上げたらしいのだ。

「なーんか、嘘クセェ」

「私も歴史の授業で聞いてた時は半信半疑だったわ。けど、案外ホントなのよ」

 ネジはこの裏の世界で仕事を始めてから、元人間の魔導人形の少女に出会ったことがあるそうだ。

「彼女に教えてもらったの。人間の魂を魔導人形に出し入れする方法をね。ところで、スパナ。なんで、この素体の首筋にSって彫ってあるのかしらねぇ」

「まさか……」
「安心しなさい。身体さえちゃんと管理してれば、いつでも人間に戻れるらしいから」

 嫌な予感がした。そして、俺の嫌な予感は十中十句的中しているのだろう。

「アンタは金になりそうな私物もほとんど持っていないわけだし、財産の代わりに肉体を差し押さえせてもらうわ」

「クッ……クソ! そんな滅茶苦茶して社会が許すと思ってんのか!」

「あら? この国の法律に、人間の魂を〈ドール〉に封印しちゃいけないなんて一文はないのよ」

 そりゃ、ねぇよ! イレギュラーすぎるもん! 

「スパナ。今日からアンタは〈ドール〉になるの。〈ドール〉なら休まず働けるうえにできる業種も多い。あとは持ち主である私に逆らえなくなるのも美徳かしら ────とにかく、これなら、借金を返すのも簡単でしょ?」

 反論しようとする俺に、ネジは短刀を取り出し、その刃先を眼前へ向けた。

 一ミリでも動かせば、刃は俺の瞳に突き刺さるのだろう。

「納得いかないのならやめる? けど、私はこれをチャンスのつもりで言ってるの。〈ドール〉の身体で働くか、それとも樽に詰められて海に捨てられるか。アンタが選べるのは二つに一つよ」

 何が二つに一つだよ、畜生が。

「ネジ……そこまでして俺から金を取り立てたいか?」

「悪い? 寧ろ、温情だと思うんだけど」

 彼女は短く「脱魂魔法(〈テイクオーバーマジック〉)」と唱えた。すると二枚の魔法陣が現れ、それぞれが俺と〈フレーム〉の脳天に刻まれる。

 きっと魂を移すための繋がりを作ったのであろう。そこで俺の意識は再び微睡みへと落ちっていって────次に目を覚ました時、俺の首には「S200・FD」とあった。
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