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EP02 【幼馴染は闇金である】
しおりを挟む「さぁ、さっさと返して貰おうじゃない。私の会社から借りた分、この場で!」
ネジが胸ぐらを掴んで凄んできた。相変わらず暴力的な幼馴染である。
パグリスは表向きの治安こそ良く、物珍しさから街で働く魔導人形(〈ドール〉)たちを見にくる観光客も多い国だ。
しかしながら、国が賭博や一部の麻薬を公認している裏の面を併せ持つ。
だから俺のような英雄の息子でも債務者に落ちぶれるし、夜の街はチンピラにギャングから盗賊までもが闊歩する伏魔殿と化す。
そんな国で金融会社を経営すれば、さぞ儲かることだろう。賭博も薬も金が絡むからな。
現にネジの羽織っているローブには最高級の素材である竜皮が充てられていた。小級学校で一緒だった頃のネジは、泣き虫でいつも俺の後ろを着いてくるチビだったのに、今じゃその影もない。
「いやぁ……いま手持ちがなくってさ……」
「あら? さっきは物乞いの少女にお金を恵んでたくせに」
この野郎、さっきのやりとりを見てやがったな。
「忘れろ。気の迷いだ」
「そういうところは昔から変わらないんだから。けど、カジノから出てくるアンタを見たって話も聞いてる。ウチに借金があるってのに……それは一体どういうことかしらねぇ?」
うっ……相変わらず痛いところを突いてくるぜ。
一年前。ネジが金融業も始めたと聞いた時、俺は驚くよりも先にラッキーだと思もった。臆病なネジなら、軽く脅すだけで借金を踏み倒せると考えたのだ。
けど、蓋を開けてみれば、そこには俺以上に立派な悪人へと成長したネジがいた。暴力的でガサツ。しかも多くの攻撃魔法を会得した魔女ときたものだ。
「何よ、その顔。また何か考えごと?」
「別に」
「なら、さっさとお金を返しなさい」
「慈悲は?」
「とっくに失せたわ。十三回も転がされたんだから、私も舐められたもんね」
「アンタが一年間逃げ回るせいで金利は膨れ上がっているわ。今日こそ貸した金を返して貰うわよ!」
「あはは……そんなに逃げてたっけ?」
纏まった額を用意できない俺はネジを前にすると命からがら、全力で逃走を繰り返している。
闇金を経営する魔女になんて捕まれば、何をされるかもわかったもんじゃない。
痛いのは嫌だし、漁船にも乗りたくない。地下に行くのも嫌なら、危険な魔法の実験台にもされたくない。
「さぁ、早く! これまでは上手い具合に逃げられてきたけど、今日という今日はキッチリ返して貰うからね」
「わっ、分かったよ。手間をかけて悪かった」
口ではそう言ってみたが、さて……どうしたものか。
無論、逃げる一択。例え、どんな困難であろうと、俺は借金を踏み倒す。ただ悩ましいのは、どうやって彼女という危機を回避するかだ。
ネジから逃走することに関してのみ、俺は誰にも負けないプロだと自負している。腕っぷしで魔女に勝つのは難しいが、狡猾さなら俺の方が上さ。
「今、返せる分は少しだけどさ……」
「ギャンブルを辞めたら、すぐにでも返せるでしょ?」
ネジから逃げる手順①。まずは大人しく金を払う素振りで、彼女を油断させます。
つか、ギャンブルを止めるなんて無理だ。一度勝っちゃう感覚を味わうと忘れられねぇんだよ。
積み上げられた金貨と紙幣の山が懐に入るあの愉悦。そこに至るまでの予測と、運による采配。あれは俺に生きているという実感を与えてくれるんだ。
ごほん。気を取り直して、
「なぁ、ネジ……少し良いか?」
「何よ……?」
ネジは闇金で怖い女の子です。ですが、闇金で怖くても彼女は女の子なんです。
ネジから逃げる手順②はそれを存分に利用しましょう。呼吸を整えて、それっぽい緊張の表情を作ったなら、彼女の目を見て一言。
「好きだ! ネジ! 俺はお前が好きなんだ、ネジ・アルナート!」
「えっ……!? ちょっ! なっ、何よ! バカァ!」
もちろん嘘です。俺はコイツの事が好きでも何でもありません。
でも、ネジはウブな女の子。こんな雑な嘘でも、顔を真っ赤にしちゃいます。
「け、けど! スパナはフレデリカさんの事が好きなんでしょ!」
うぐっ……! 俺は〈ドール〉に初恋を奪われた。叶うはずのない恋なんて、後悔しか残さないのだ。 そんな黒歴史を、このバカはどうして覚えてやがるんだよ!
「そ……その。ほ……ほんとに……私のこと好きなの?」
わぁ……可愛いリアクションだこと。
さっきまで俺の胸ぐらを掴んできた女とは思えない変わり身だ。けれど顔を真っ赤
にする彼女はこれで隙だらけ。ここまで来ればもう簡単だ。
ネジから逃げる手順③。 あとは全力で逃げんだ! お袋譲りのアマイマスクのおかげだぜ!
俺は身を翻して、脱兎の如く走り出す。
「ちょろいってもんよ!」
あとは、とにかく走れ。なるべく走って、距離を離すのだ。
ネジも正気を取り戻せば、オーガのような形相で追いかけてくるはず。
「スパナァ! また騙したわねェ!」
ほら、来やがった。
「何度も同じ手に引っかかるんじゃねぇよ、バーカ」
「もう許さないっ! 今日こそは絶対に許さないんだから!」
後ろから彼女の怒号が聞こえる。
ここからが逃走劇の本番だ。背後ではきっと、ネジが愛用の箒を取り出しているのだろう。
箒の名前は〈流星号〉。穂先に魔力増進炉やらエンチャント式の推進ドライブがごちゃごちゃと増設されているカスタムモデルだ。金属製のカウルなんかもくっつけたそれは、もはや箒と言える原型を留めていない。
「魔力全開っ! 推進魔法(〈ブースト・マジック〉)!!」
「来たか……チッ、面倒くせぇ」
ネジの十八番、流星ブーストである。初級学校のころは補助翼を付けないと箒に乗れないようなヘタレだった癖に、今の彼女はパグリス最速の魔女と名高いほどの箒ライダーだ。
「待ちなさいッ!」
まさに流星の如く。ネジを乗せた箒が、ぶっ飛んできやがった。
十メートルは引き離したってのに、追いついてきやがって。相変わらず反則的な加速だ。
だが、弱点はある。降ってくる流れ星が止まらないと同じで彼女も急には止まれない!
「へっ♪」
俺は滑り込むように身体を倒す。そうすれば、俺の頭上スレスレでネジを乗せた流星号が突っ切っていった。
「悪いな、ネジ!」
風圧が頭を撫でた。けど、その先は行き止まり。壁に突っ込みやがれ。
「じゃあな、ネジ。このスパナ様から取り立てようなんて、百億年は早いんだよ」
「スパナァーーーー! 覚えてなさぁーーーい!!」
どんどんネジの声が遠のいていく。焦ってブレーキを掛けているようだが、もう間に合わない。
まぁ、魔女なんだから壁に突っ込んだり、崩れた瓦礫の下敷きになっても死ぬことはないだろ。
俺はいつもこんな感じで瓦礫の下敷きになったネジから逃げ切っている。
火力バカな上に脳筋バカだから、対処しやすいんだ。あとは彼女が壁に激突して瓦礫の下敷きになった音を聞こえてくれば、俺の勝ち。
ほら、すぐにでもドンガラガッシャーン! っていうなんとも間抜けな音が……
「スゥーーパァーーナァーー!」
ん? いつもと違うぞ。瓦礫の崩れる音をネジの怒声が掻き消した。
というかネジの奴、瓦礫から這い上がってきてるじゃねぇか!
「魔法……発動ッ」
左手にある違和感。見れば、手首に鎖が巻き付いていやがった。
「なっ、何だよ! この鎖は⁉」
「もう逃がさないからッッ!!」
ネジの手元には円形の魔法陣が作られていた。鎖もそこから伸びている。
「ッ……!」
「私だってね、何度も同じ手に引っかかるバカな女じゃないのよ!」
ネジ本人も無傷だった。舞い上がった塵を軽く払ってやがる。壁にぶつかる瞬間に魔法で防御したのだろう。
多分だが、彼女が使ったのは、束縛魔法(〈チェーン・マジック〉)と保護魔法(〈プロテクト・マジック〉)。どっちも初級学校で習うガキの魔法じゃねぇか!
「来なさい、スパナ!!」
強引に鎖を引っ張られた俺は、地べたに引きずり倒された。
そんな俺にネジは「大丈夫?」なんて優しい言葉を掛けてくれるわけもなく、俺を足蹴に見下ろしてやがる。
「ようやく捕まえたわよ、このクズ。さぁ、もう逃げられないわ! 早くお金を返しなさい!」
金を返せない俺は絶対に危ない目に遭わされる。今更になって借金をしたことや、逃げ続けてきたことへの後悔が湧いてきた
「ネ……ネジさん」
「何よ」
「お金が返せない場合は……?」
「死ぬだけで済むとは思わないことね」
キッパリと告げられてしまう。
「あ、あの……ネジ、いや! ネジ様! 俺にチャンスをくれ!!」
俺は額を地面に擦り付ける。屈辱的な格好だ。けど、こっちだって背に腹は変えられねぇんだ。靴をペロペロ舐めてでも、命に縋るぞ。
「頼むネジ様! 俺はまだ死にたくねぇんだ!!」
「わかったわ。ならチャンスをあげる。借金返済のチャンスよ!」
その瞬間だけはネジが天使に見えた。
だが、彼女の手には流星号が握られている。彼女はそれを、めいいっぱい振り上げて……
「あの……ネジ様?」
「だから、チャンスをあげるって言ってるの!」
ネジが流星号を俺の頭に叩きつけた。
目の前が点滅し、俺の意識が完全に断ち切られる。ネジが一種でも天使に見えたのはどうやら見間違だった。
俺の幼馴染、ネジ・アルナートは闇金にして魔女にして、悪魔も兼業しているらしい。
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