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EP01 【スパナ・ヘッドバーンはクズである】

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 幼い俺は夢を見るんだ────自分はきっと憧れた大人たちのように誇らしく胸を張って生きていると。誰の保証があるのかさえ、定かではないのに俺はそう信じている。

 だが、人生という果てなき道を一歩、一歩と踏み締めていくうちに気付かされた。齢二十歳とまだまだ人生の半分も生きてないが、それでも俺は悟っちまうんだ。

 憧れた大人になることが、いかに難しいかを。

 自信と希望で満ち溢れていた俺はもういない。俺が幼くなくなる頃には、誇りも信念もなく、下へ下へと堕ちていった。

 まっ、底が見えない闇の底に自分から飛び降りたとも言えるんだけどな♪
 
 ◇◇◇

「よぉ、スパナ! 景気はどうよ?」

「るっせぇ……」

「天下のスパナ様は大穴狙いで有り金、全部擦ったんだって?」

「ほっとけ……」

 イライラする。

 俗物達の冷やかしに以上に神経を逆撫でするものはない。髪を派手な色に染め上げ、刺青だらけのチンピラ連中は俺を囲みながらゲラゲラと笑っている。

 あぁ、まったく不愉快なクズどもだ。

 だが、何より俺が不愉快なのは、俺がこのチンピラたちと同レベルまで人間に堕ちてしまったという事実だ。

 うざったいチンピラ共を適当にあしらって、町外れの酒場で俺はチビチビと三百ペルの安い葡萄酒を口にする。苛立つ感情を葡萄の甘さと香りで何とか鎮めているのが俺の現状であった。

 はぁ……俺はカジノで有り金を擦り切ったあと、こうして自分を慰めないと上手くやっていけないんだよ。

「……どうにも機嫌が治りそうにないな」

 よし、惨めな俺の話より、別な話をしようじゃないか!

 俺の住んでいる国はパグリスといってな、統一された煉瓦作りの建物が綺麗並んだ国だ。大きくもなければ、小さくもなく、特産品といえば俺の飲んでいるこの葡萄酒くらいの退屈な国。

 だがそんなパグリスにも、二十年目に魔族と人間の戦争が終結したのをきっかけに、もう一つ特産品ができた。

 そこでウェイトレスを努めている彼女がその特産品だ。

「スパナ様、グラスが空ですよ。お注ぎしましょうか?」

「あぁ。頼むよ」

 彼女の名はフレデリカ。桃色のウェーブがかった髪と宝石のような赤眼をした彼女は、この店の看板娘だ。

「今日も一日、お疲れ様です」

 朗らかな笑顔を作り、フレデリカは俺のグラスへと葡萄酒を注いでくれた。

 彼女の笑顔はどこか儚げで、美しい。丈の短いメイド服のスカートから覗かせる太腿も魅力的だ。

「あら、スパナ様? 私をそんなにジロジロ見て。何か御用ですか?」

 顔をポッと赤くしながら、モジモジとする彼女。実に可愛らしいじゃないか。

「……」

 クソガキだった頃の俺が「初恋」というものをしていたとするならば、その相手は多分、彼女だったはずだ。

 彼女と出会ったのは初級騎士学校の帰り道。喧嘩でボロ負けした俺にハンカチを貸してくれた。

 そんな優しい彼女に俺は心を奪われのだ。ませた文章のラブレターを渡したこともあった。彼女に振り向いて欲しくて必死になったことをも一度や二度じゃない。

 ただ、結果から言ってしまえば、俺の初恋は叶わずに終わる。────言ったろ? 彼女はパグリスの特産品だって。

「フレデリカ」

「はい!」

 作り物である彼女の関節には繋ぎ目が見える。彼女は血も通っていなければ、歳をとることも出来ない。

 彼女の本当の名前は「F678・WD」。そして彼女の美しさの象徴でもある赤い眼。こそが〈魔導人形(ドール)〉の特徴なんだ。

〈ドール〉────それは魔力で動く人形である。

 フレデリカのような〈職務人形(ワーカードール)〉は外見こそ人間にそっくりでも、先述したように眼が赤い。疲れ知らずで、手先も器用、重い荷物だって簡単に運べる〈ワーカードール〉は、酒場だけでなく建築現場や市場でもよく見かけた。

 彼女ら〈ドール〉こそが、他国に自慢できる〈パグリス〉の特産品なのだ。

 仕事を手伝ってくれる〈ワーカードール〉や軍事用の戦闘人形(〈アーミードール〉)。それに国の中心にあるコロシアムで戦う競技用人形(〈ファイティグドール〉)といった、多種多様な〈ドール〉たちが、この国の生活を支えている。

「へへ、フレデリカちゃーん! こっちにはお酒頂戴!」

「はい。しばしお待ちくださいね」

「フレデリカちゃーん! スパナの野郎なんて放っておいて、俺と飲もーぜ!」

「少々、お待ちくださいね」

 御覧の通り、フレデリカは俗物どもに大人気であった。

 彼女を作った造形師はよほど腕が良かったのだろう。その容姿や肌の質感、表情のバリエーションだってほとんど人と見分けがつかない。

 彼女ほどの〈ドール〉を購入するのなら、安く見積もっても百万ペルは必要だろうな。

「皆さん、今日も一日お疲れ様でした!」

 優しさと笑顔を振りまくフレデリカはまるで天使のようだった。だが、この受け答えや人間のような仕草も、所詮は作り物である。

 魔導人形の脳には「A」と言われれば「B」と答えるような、固定の応対パターンが記録されているのだ。

「チッ……!」

 俺はグッと葡萄酒を飲み干し店を後にする。

「あ! スパナ様、お会計!」

「ツケといてくれ」

「それは困ります。ツケもかなり溜まっているんですよ」

「次はきっちり払うから」

 フレデリカは「困ったような顔」を、文字通り作ってみせた。

「以前も同じことを言っていたような、」

「あー、もう、うるせぇな!」

 俺はフレデリカの手を振り払うと、酒場を後にした。

 彼女の脳には数多の魔術式と数字の羅列が刻まれている。こんな酒場で働くのだから、それは男の下心を満足させる為の応答パターンも含まれているのだろう。

 噂ではフレデリカは〈ワーカードール〉でありながら、性処理機能も併せ持つ複合モデルだという。

 そんな噂を立てる野郎は勿論。そんな噂を信じて、少しでも都合が悪くなると突っぱねる態度をとる俺もつくづくクズさ。

 ただ、同情してほしいとも思う。ずっと好きだった人の正体が〈ドール〉で、しかも性処理人形だと知った時は相当にショックだったんだ。やるせない気持ちにくらいなるだろ?

「はぁ……バカみてぇ」

 口の中に残る葡萄の甘さを自嘲と共に呑み込めたら、どんなに楽なもんか。

 こんなことを引きずって、彼女に八つ当たりしてる自分が惨めでならなかった。

 ◇◇◇

 俺はレンガ街の裏路地を突き進む。ここが借り宿までの近道だからだ。

「ッ……」

 目深までフードを被り、なるべくすれ違う人間とは目を合わせないよう努めた。物乞いやストリートギャングに絡まれない為という理由もあるが、一番はこの辺りを縄張りとしている幼馴染に絶対に会いたくないからだ。

 唐突にはなるが、俺ことスパナ・ヘッドバーンはそれなりに将来を約束された人間だったのだろう。

 親父はただの人間でありながら魔族と対等に殴りあえる才能を持っていて、今の俺くらいの歳では勇者様なんて持て囃されていたらしい。

 一方、お袋は魔族を代表する姫君で、国一つくらいなら簡単に潰せたそうだ。

 んでもって、二人は人間と魔族の戦争を収めた「英雄」でもあるらしい。

「チッ……」

 そんな二人の間に生まれたのだから、俺もガキの頃は大きな期待を抱かれながら育てられてきた。剣技や魔術と色々なことと学んできたし、それなりに全部をこなしていた。

 その頃の俺は自分も親父のように強い人間になれると思っていたし、お袋の血のおかげで魔力も人より強かった。あと、顔もそんなに悪くない。

「英雄」二人の息子なんだから、俺自身も「英雄」になれるって、根拠もなく信じてた。

 ただ、大人になっていくうちに、自分よりも才能に溢れた人間がこの国にはわんさかいることに気づかされたのさ。

 多分、ここで周囲に負けないように努力していれば、少しはマシな大人になっていたのだろう。

 そんなことは頭でわかっている。

 なのに、俺は自分のできないことや苦手なことを平然とこなしていく周囲に嫌気がさして、気付けば学校にも次第に通わなくなり、遊び歩く毎日へと堕ちていた。

 パグリスでは十八を過ぎれば酒も煙草も賭け事が許される。当然というかさ、俺はそれにすっかりハマったわけよ。

 最初の頃はビギナーズラックでデカい金を稼いだりもしたさ。けど、ギャンブルってのは勝つのは最初だけ。後はズルズルと負けるように出来ていた。

 終いには実家の金庫から金を盗んだのがバレて親子の縁を切られちまったわけだ。

「ははっ、そんな経験をしたってのに今日も懲りずに賭場で大負けしてる辺り、俺はどうしようもないクズなんだろうな」

 思わず、自嘲の言葉を口に出しちまった。

 まっ、そんなわけで、この俺スパナ様は今現在、人生街道を真っ逆さまって訳さ♪

「あっ……あの!」

 視線を下にやると、俺の足元には小汚いガキが縋り付いていた。

 歳はまだ七つか六つくらいだろうか。酷窄らしい格好で、麻袋を俺に向けてくる。

 顔には大人に殴られたような跡まで。それで、なんとなくガキの家庭環境にも察しがついた。

「お、お願いします……今日の分のパンの代金だけでいいから……」

 こういうのは無視するに限る。

 だって、そうだろ。この少女と俺は何の関係もない。

 そもそも俺は今、借金をギャンブルで返そうとするようなクズで一文なしだ。だから、ここは無視するに限る。

「お願いしますっ!」

 こういうのは無視するに……あっーもう! 不意にこのガキの顔が、俺の最低で最悪な幼馴染と重なった。

「はぁ! ちょっと来やがれ」

 俺は大きなため息を吐き出し、適当な物陰に少女と隠れてしまう。

「あ、あの……お兄さん」

「しょうがねぇな。これだけだぞ」

 俺はなけなしの四百ペルを彼女に握らせる。パンの一つくらいは買えるはずの額
だ。これ以上は出せない。

「あ、ありがとうございます!!」

「ガキのくせに、苦労なんてしてるんじゃねぇっての」

 ガキは不思議そうに小首を傾げる。髪は傷んでいて、触り心地も悪い。きっと風呂にも入れてもらえていないのだろう。

「次からはもっと金持ちを狙うんだぞー」

 少女は麻袋の口をしっかりと閉めると、嬉しそうに路地の闇の中に消えていく。俺
はその背中を見送りながら後悔していた。

「はぁぁ……俺のバカ」

 俺は胸の中の鬱憤を溜息として吐き出す。

 ここで俺が恵んだ金貨も、空腹を満たされるのに使われるとは限らない。寧ろ、あのガキのクズ親の酒代になる可能性の方が高いのだ。

 それを分かっていても、俺は救いの手を伸ばせない。今の恵みだって、ただの偽善に過ぎない。

 俺はどこまでも中途半端なのだ。人を助けられるような強さもなければ、見捨てられるほど冷徹にもなれない。善人になれるほど勇敢になれず、かと言って悪人になれるほどの度胸もない。

「変わりてぇな……あー、変わりてぇよ、畜生!」

「親父みたいになれる」って小さい頃は漠然と信じていて、成長していくうちに、「親父みたいにはなれなくても立派になりたい」と思うようになって、今じゃ、ただ生きていればそれで満足してしまっている。

 あの日の自身や希望を取り戻せないと手を伸ばして、それは空を掴むだけなんだ。誇りを持って胸を張りたくても、俺は堕ちるとこまで堕ちている。

 例えばそう、

「スゥーパァーナァァァ!!」

 幼馴染の少女に借金で追い掛けられるくらい……って、待て!

 この俺を呼ぶ怒号はまさか!

「ようやっと見つけたわよ! スパナ・ヘッドバーンッッ!!」

 俺の進路を一人の少女が塞ぐ。銀色の髪をボブカットに切り揃え、猫みたいな丸っこい眼の彼女こそ、俺の幼馴染であった。

 体格に似合わず、ブカブカの黒いローブと三角帽を被っているのは、彼女が「魔女」という魔法を生業にする職種の人間だからだろう。その胸には国家魔術師は胸に太陽のバッジを付けている。

「ネジ……テメェ! しつけぇぞ!」

「何よ! しつこいも何も、アンタが全部悪いだからね!」

 ネジ・アルナート。それが彼女の名前だ。

 しかも、ネジは幼馴染で魔女なだけじゃない。齢二十にして、金利は高いが、誰にでも金を化す金融会社、俗に言う「闇金」の社長も務めているのだ。

「この悪徳魔女めッ!」

 そして、あろうことか俺は彼女の会社でお金を借りてしまった。

 つまりだ。────俺にとって目の前のネジは取り立て人なのである。
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