恋物語

坂井美月

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悲しい恋の物語⑦

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一夜の夢で終わらせる筈だった恋。
しかし少女には、その熱を忘れる事が出来ませんでした。
月に一度。
満月の夜に、少女は星を詠む為に宮殿へ上がり、こっそりと青年の家へと通うようになるのです。
身分も家柄も分からない美しい少女が、いつしか少女から大人の女性へと成長していき、青年の心を彼女一色へと変えてしまいました。
愛される事を知った彼女の美しさは、少女の頃には無かった大人の色香を纏うようになっていきました。
青年と過ごす温かくて穏やかな時間。
この時だけは、自分の辛い身の上を忘れて、愛する人と穏やかで温かい、幸せなひと時を過ごす一人の女性になれたのです。
そんなある日、とうとう国王の5番目の妻として娶られる日が決まってしまいました。
逃げる事の出来ない塔の中、彼女は月の女神に語り掛けます。
「私の命も残り僅か。最後に、あの方と過ごす事はできますか?」
しかし、月の女神は悲しそうに微笑むだけでした。彼女はもう、彼とは永遠に会えないのだと察します。
それと同時に、彼の存在を国王に知られてしまえば、たとえ何も知らなかったとしても…彼も殺されてしまう。
彼女はそう考え、国王の逆鱗に触れてしまう不貞罪を一人で背負う覚悟をします。
国王の5番目の妻になる日が、刻一刻と迫って来ます。
そしていよいよ運命の時がやって来ました。
足枷を外され、真っ白な美しいドレスに身を包み、祝宴が開かれました。
祝宴の後、彼女は第5王妃の宮殿に足を踏み入れます。
自分の一族を皆殺しにし、自分の自由を奪い続けた憎い男。
でも、不思議と彼女の心は穏やかでした。
(今日で全てが終わる…)
絢爛豪華な装飾品に飾られた宮殿の中は、彼女には全て寒々しい景色に見えました。
青年と過ごした家は木造で、隙間風が入るような貧しさだったけれど、暖炉に灯る炎のように温かい空気が溢れていたと…、そう思い返します。
互いに愛し合い、求め合う時間。
彼の温かい腕の中で、このまま時が止まれば良いと何度願ったのか分かりません。
しかし、その願いが決して叶わないという事も、彼女にはわかっておりました。
(もう、朝を迎える度に泣かなくて良い。)
彼の家から城へと戻る度、これが最後になるのかもしれないと、押しつぶされそうに痛む胸を抱えて青年と分かれていた。
けれど、いざその時が来ると、何故だか最後にもう一度、もう一度だけで良い。
あの優しくて温かい腕に抱(いだ)かれたいと願ってしまうのは、人間の性なのかもしれないと彼女は小さく失笑します。
そして覚悟を決め、寝室のある部屋のドアを開けました。
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