月歌(げっか)

坂井美月

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光のもとへ…③

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「陰で王子って呼ぶ人は知っていますが、本人に言う人は初めて聞きましたよ」
木月さんまで爆笑している。
「横溝がアルバイトに入ってから、挨拶されたり呼ばれるのも『王子~』だったんですよ。
でも、開店前や閉店後だったから無視してたんです。
「え!そんな前から?」
森野さんの言葉に杉野チーフが驚く。
 「1度、注意したんですよ。社会人として、きちんと名前で呼んで下さいって…。そうしたら、『じゃあ、森野王子って呼んで良いですか?』って言われてしまいまして…」
ゲンナリした顔で森野さんは言うと
「何とかなりませんか?あいつ」
と、本当に困った顔で杉野チーフに訴えている。
「彼女、問題行動が多くて困ってはいるんだけどね…」
そう言うと、困ったように溜息を吐いた。
この日は、杉野チーフから「店長に相談してみる」という事で話は終わった。
 これで全て終わるかと思っていた。
でもこの後、私はトラブルに巻き込まれてしまう。
そう…、忘れもしない。
あれは花見の日が近付き、私が閉店後に品出しをしている時だった。
「柊さん」
3階に私しか居ないのを見計らって来たのだろうか。
横溝さん一派(10代のレジ売り場アルバイト6名)が私を囲んでいる。
「何ですか?」
品出しを終えて立ち上がり、横溝さんに向き合うと
「3Fの人達だけで、花見に行くって本当ですか?」
と、明らかに険を含んだ声で聞かれた。
彼女は普段、語尾を伸ばす話し方をするのに、今は完全に普通に話している。
一度、社員の誰かが彼女に
『その話し方、止めなさい!』
って注意したら
『だってぇ~。美嘉、普段からこういう話し方なんですぅ~。じゃあ、何が普通なんですかぁ~?美嘉は美嘉の普通の話し方をしてるのにぃ、それは普通じゃないって言うんですかぁ~?それって、モラハラだと思いますけど~。社員さんだからって、話し方を強要するのはパワハラじゃないんですかぁ~?』
って反論していたのを思い出す。
みんな陰で『あれが普段の話し方とか、絶対に有りえない!』って怒ってたけど…。
あの話し方、やっぱり演技だったのか~…って思いながら彼女の顔を見ていた。
「行きますけど、別に3Fだけじゃないですよ。店長も、他の社員の方も行きますし…」
そう答えると
「いつも3Fの人ばかり森野さんを独占するの、良くないと思うんです」
目を座らせて、横溝さんが言い放つ。
「独占…って…。私は仕事以外、森野さんとは関わって無いですよ」
あまりにも無茶苦茶な言い分に頭痛がして来た。
「大体、ずるいじゃないですか!社員だからって、教育係が森野さんなんて!」
そう言われて、私は固まる。
(それ…私がお願いした訳じゃないんだけどな…。私はむしろ、杉野チーフを希望したんだけど…)
って心の中で呟いて苦笑いを浮かべていると
「前から思ってたんだけど、ブスな癖に森野さんに色目使ってるんじゃ無いわよ!」
と、怒鳴りつけて来た。
(え?横溝さんが私に敵意剥き出しだったのって、そんな事?)
驚いて彼女の顔を見ると
「大体、あんたみたいなブスが、森野さんと釣り合うとか思ってるわけ?だとしたら、マジウケるんですけど」
そう、鼻で笑って言って来た。
「有り得ない!」
「己を知れだよね~」
「ブスの厚顔無恥って怖~」
横溝さんの一言をきっかけに、彼女の取り巻き達が、口々に私を罵る言葉を一斉に投げ付けて来る。
「美嘉みたいに可愛い人が、王子に相応しいのよ!王子にあんたみたいなブスがくっついてること事態、許せない!」
の横溝さんの一言に、他の人達の私に対する悪口がエキサイトして来る。
「大体、なんで王子があなたに優しいと思う?あんたみたいなブスを、邪険にしたら可哀想だと思って優しくしてくれてんの!王子の優しさなの。分かってる?」
「あ~、でもほら。柊さんってブスなくせに自分に自信があるみたいだからさ。案外、王子に相応しいのは自分っとか思ってるんじゃない?」
「ヤバい!それ、マジでヤバいから」
と、口々に私を罵って来る言葉の数々。
でも私は、森野さんを表す言葉が全員「王子」になっていて、自分への悪口よりも森野さんを王子と呼んでいる事が衝撃的過ぎて
(本当に王子って呼んでる!)
って驚いていたので、正直、悪口に対して特に何の感情も湧かなかった。
(身の程は…充分承知してますよ)
彼女達の罵声を聴きながら、そう思っていた時だった。
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