月歌(げっか)

坂井美月

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揺れる想い…真実と想いのはざまで…⑨

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三日間の休みの間、店長の奥様が私の食事を作りに通ってくれて、3日目頃からすっかり元気になっていた。
森野さんからはあれ以来電話が来ることが無く…、会いたさが募ってしまう。
そんな中、毎日、毎日、出勤できる日を指折り数えていた。
4日目にやっと出勤すると、木月さんや他の売り場の人から物凄く心配したと声を掛けられた。心配してくれる気持ちは有難いけど、私の心は森野さんに会いたい気持ちでいっぱいだった。
心配してくれる人達への報告が終わり、私はやっと森野さんに会えると売り場に小走りで向かう。ストック置き場に着くと、森野さんがいつものように本店からの書類に目を通していた。
「おはようございます」
声を掛けると、森野さんがゆっくりと視線を私へと向ける。
「おはよう」
そう答えると、森野さんはいつものように視線を書類へと戻す。
「三日間、すみませんでした。それから…色々とありがとうございました。」
お辞儀した私に、森野さんは視線も向けずに
「嫌、気にしないで…。それより、売り場掃除…して来てくれる?」
って、いつも通りの態度だった。
(優しかったのはあの日だけか…)
がっかりした気持ちで売り場へ行き、掃除を始める。
でも…森野さんの態度はこの日からガラリと変わってしまう。
「もう、一人で仕事出来るよな」
と言われて、私は半ば強引に一人立ちさせられてしまったのだ。
今までずっと、なんだかんだと世話を焼いてくれていたのに、急に私に距離を置くようになってしまった。私にはそれが辛くて悲しくて…。
(何で?私…何かしたの?)
グルグルと毎日毎日悩んでいた。
森野さんに話しかけようとしても、その背中は私を拒否しているかのように見えた。森野さんと会話をしなくなって一週間が経過した頃
「ねぇ、森野君と何かあった?」
杉野チーフに声を掛けられる。
「分からないんです。ただ、あの日から急に避けだして…」
落ち込んで答えた私に
「直接、森野君に聞いてみたら?」
杉野チーフの言葉に胸が痛くなる。
「嫌われたのかもしれないって悩んでるより、直接聞いて答えをもらったら?
言わない後悔より、言って後悔した方が良いよ」
杉野チーフはそう言うと、私の背中をそっと押す。
「この時間、森野君はいつもの場所で休憩取ってる筈だから」
そう言って杉野チーフは軽くウインクした。
(うじうじ悩む位なら…当たって砕けるしかない!)
覚悟を決めて、私は倉庫の屋上へと駆け上った。
すると屋上から声が聞こえて来る。
誰かと話してるのかな?と、私は声が聞こえた場所からゆっくり階段を上るようにして屋上のドアをそっと開けた。
そこには、夕暮れに色が変わり始めた空を見上げて歌を唄う森野さんの姿があった。私はその歌を聴いて、足が震え始める。
(この声は…この歌は…)
聞き間違える筈が無い。
CDにも入っていないBlue Moonの楽曲。
あの日、初めて心を鷲掴みにされたあの歌だった。
(何で?どうしてあの歌を…森野さんが歌ってるの?しかもこの声…歌い方は…)
愕然とする私の耳に
「もう…歌わないって決めたのにな…」
自嘲するような森野さんの声が聞こえた。
空に手を伸ばし
「なぁ…どうしてあいつなんだよ。どうして今更…。」
苦しそうに呟く森野さんの声が聞こえて来る。私はその声に胸が苦しくて、切なくなってしまった。
そして気が付くと、自分の瞳から涙が溢れていた。
(やっぱり…森野さんがカケルさんだったんだ)
今となっては、別人であって欲しかったと思う。カケルさんは…あのスポットライトの中に居るべき人。
私が幼心に惹かれたのは、あの神々しいまでの美しオーラを纏った彼の姿と、まるで神様から授かったような美しい歌声。
森野さんがカケルさんだとしたら…私の手の届かない人だと思い知らされた気持ちになった。そしてその時、やっと私は気が付いた。
あの日、私の部屋でCDを見た森野さんが動揺した理由(わけ)を…。
漏れそうになる嗚咽を堪え、私は森野さんに気付かれないように、そっとその場を後にした。
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