月歌(げっか)

坂井美月

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揺れる想い…真実と想いのはざまで…③

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そんな事を考えていた閉店間際。
「ちょっと店員さん!」
明らかにヒステリックな声。
「はい」
必死に笑顔を作り振り返ると
「なんで〇〇が無いの!どこに行っても『売り切れ』って……。客を馬鹿にしてんの!」
叫ばれて、
「申し訳ございません。人気がありますので、朝1番に売り切れてしまいました」
謝罪の言葉を口にした瞬間
「納得出来ない。本当は隠してるんじゃないの!」
激昂したお客様が、ストック置き場へ入ろうとするので
「すみません。ここから先は、従業員以外は立ち入り禁止です」
慌ててお客様を制止する。
するとお客様は益々怒り出し
「退きなさいよ!そうやって隠すって事は、中にあるんでしょう!出せ!出しなさいよ!」
ドアの前に立ちはだかる私を、お客様は肩を掴んでドアへと叩き付ける。
私は頭をドアにぶつけながら、必死にお客様を止めていると
「お客様。それ以上騒ぐようでしたら、警察を呼びますよ」
休みの筈の大好きな声に、私をドアに叩き付けていたお客様の手が止まる。
その隙を見て、声の主は私の前に立ちはだかった。
黒いスーツを着ていたけれど、後ろ姿でも森野さんだって直ぐに分かった。
森野さんの姿に気が緩み、涙がこぼれそうになる。
森野さんがお客様と話をしている間に、騒ぎを聞きつけた店長が飛んで来た。
「そんなに言うんやったら、見てもらえばええやん」
店長はそう言うと、お客様を連れてストック置き場から倉庫と案内した。
私はお客様が倉庫に行った瞬間、腰が抜けてしまう。すると、森野さんの逞しい腕が私を抱き留めてくれた。
「大丈夫か?」
森野さんの広い腕に抱き留められて、益々腰が抜ける。上手く立てないで居ると
「お前、少しは反抗しろよ」
と、森野さんは心配そうに言うと、杉野チーフが持って来てくれた椅子に座らせてくれた。
何となく森野さんから離れるのが名残り惜しい気持ちになりながら、椅子に座りホッと一息吐く。
その瞬間、突然、森野さんが私の後頭部に触れて
「大丈夫か?コブ、出来てないか?」
そう尋ねて来た。
「ははは…はい、大丈夫です」
珍しく優しい森野さんにドキマギしていると
「これ以上馬鹿になったら、大変だからな」
って言いながら笑っている。
「ちょ!これ以上ってどういう意味ですか!」
「そのままの意味ですが?」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんですからね!」
「お前…小学生か!」
軽くデコピンされて私と森野さんが言い争っていると、お客様が納得いかない顔して戻って来た。
「あれで全部です。隠して無いって分かって頂けました?」
関西訛りが混じった言葉で、店長がお客様に質問した。
「信じないから!絶対、隠してるのよ!」
そう捨て台詞を残して帰ろうとしたお客様に、森野さんが
「待ってください!こいつに何か無いんですか?」
って、怒った顔でそう言い出した。
「えっ!あの、私は大丈夫ですから……」
と慌てて言うと
「せやな。言い掛かり着けて、うちの社員を怪我させる所やったんやし…」
そう言って、店長が私の言葉を遮った。
「はぁ?商品を置いてないあんたらが悪いんでしょう!」
そのお客様は吐き捨てるように言うと、子供の手を引いて帰ってしまった。
「おい!」
追い掛けようとする森野さんの腕を掴み
「もう、良いですから!」
そう言って、私は必死に止めた。
「せやけど……ホンマに酷い客やったなぁ~」
溜息混じりに店長は呟くと
「で…、何でお休みの森野君がお店におるの?」
ニヤニヤした顔で森野さんに聞いている。
「売り出し最終日なんで、気になって来ただけですよ」
顔色一つ変えず、森野さんが店長の言葉に答える。その時、さっきは気付かなかったけど、森野さんの左薬指に指輪があるのに気が付いた。明らかに古い物で、昨日今日の品物では無い。その瞬間、私の心臓がバクバクと嫌な音を立てた。
「葬儀の帰りやろう?喪服が汚れるから、今日は帰った方がええ」
店長の言葉に、私は弾かれたように森野さんを見る。確かに、黒いスーツに黒いネクタイをしている。
「早いなぁ~。もう、16年か……」
呟いた店長に、森野さんは視線だけでそれ以上の言葉を止めた。
店長は私を見て苦笑すると
「なぁ、もうええんやないか?」
ポツリと呟いた。
「充分、苦しんで来たんやから、もう自分を解放したらどうや」
店長の言葉に、森野さんは無表情の顔のまま
「何年経とうが、俺の罪は消えない」
その一言だけ残して歩き出した。
「帰るんか?」
気遣う店長の声に、森野さんは振り返らずに
「制服に着替えて来るだけです」
とだけ答えて階段を降りて行った。
店長はやれやれ……という顔をして私を見ると
「まぁ、今年はあいつが正常で居られたんは、柊ちゃんのお陰かな?」
そう言って微笑んだ。
言葉の意味が分からないで居ると
「今日な……、森野君の高校時代の彼女の命日やねん。」
店長はポツリと呟くと
「詳しい事は言えへんけど、森野君の目の前で交通事故で亡くなったらしいんや。目撃者はたくさんおって、明らかに事故やったらしいけどな……。目の前の恋人を助けられへんかった事を、16年間ずっと責めて生きてるんや。」
そう続けた。
「なんで……その話を私に?」
思わず疑問を口にすると
「俺の勘やけど、森野君を救えるのは柊ちゃんのような気がしてな」
『俺の勘は当たるんやで』って付け加えながら店長が笑った。
「亡くなった彼女かて、まるで自分を戒めるように指輪をはめて生きてるあいつを見たら悲しむで…」
ポツリと呟き、私の頭をポンポンって優しく叩いた。
森野さんの過去を少しだけ知り、心が傷む。
ずっと誰も受け入れず、誰も求めず1人で生きて来たんだろう。
だから、森野さんの瞳は何も映さないんだと知った。
それはきっと、これからもずっと……。
私はいつか屋上で見た、何処か遠くを見ているような、何も写して居ないような森野さんの悲しい瞳を思い出して、届く事の無い自分の想いを再確認させられたような気持ちになっていた。
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