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物語の開幕 ②

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 ――――綺麗な男。彼女が初めて抱いた印象はそうだっだ。
 キラキラと輝く金髪は少しウェーブがかかっており、触り心地が良さそうだ。細身に見えるが、よくよく見てみると軍に所属しているためか肩幅もしっかりしており、着痩せするタイプなのだろうと思った。少々神経質そうな茶色の瞳は冷たさが垣間見え、スッと通った鼻梁と薄めの唇が綺麗に配置されている。院長が中々のハンサムだと言っていたことは十分に納得できた。中性的な顔立ちは、まるで物語から出てきた王子様のようだった。

 エリィは美しいものを目の前にし、小さく心臓を高鳴らせた。だが動揺を表に出さぬよう軽く息を吸い、心を落ち着かせる。恐らく婚約相手であろう目の前の男に「はじめまして」と声をかけるため口を開こうとしたそのとき。

「ふんっ。まだ帰っていなかったのか」

「……っ」

 低すぎる訳でもなく、かと言って高い訳でもない中性的な声が耳に届く。目の前の男は傲慢な態度で、エリィをジロリと睨んでいた。その視線の鋭さに一瞬身を構えた。

 彼は典型的な貴族の男らしい。プライドが山のように高いのは、すぐわかることだった。
 貴族というものは、目上の相手にはぺこぺこと頭を下げることは厭わないが、目下の者となると人として扱わぬものも多い。彼らにとって使用人はものであり、金で買った女はペットなのだ。
 エリィはこれまでの人生経験からそう考えていた。エリィは仮にも貴族であるがそんなことを思うことなど出来ず、彼らの考えは全く理解することができない。だが親戚の家をたらい回しにされていた頃によくよく思い知り、誰よりも多く書物を読んだのだ。無駄に知識は幅広い。

 このような貴族の男を相手にすることは久しぶりとも言える。院長は貴族というよりも祖父のような男であったし、ここ3年は1人暮らしだったのだ。
 だが、相手にすることが久しぶりだからと言って下手に出るのは得策ではないだろう。

「ええ。帰る必要がどこにあるのでしょうか」

 エリィは高圧的な物言いをするフランツに少しばかり慄きながらも、負けじと自らの意見を伝えた。
 フランツは、ずけずけ言い返す目の前の令嬢に対し、片方の口角を上げ嫌味げに鼻で笑う。美丈夫がやると、なんとも憎たらしく見えることか。内心そう思った。

「俺が来るまでじっと待っていたことだけは褒めてやろう」

 そう言ってフランツは、ずかずかと大股で歩き、目の前のソファへと腰を下ろした。そしてゆっくりと視線をエリィへと向けて来る。そして視線で全身を舐めるかのように、彼女を不躾に眺めたのち、口を開いた。

「どんな女が来るかと思えば…………ふんっ。まぁ、多少なりとも外見の美しさは評価してやる。だが、外面だけだ。中身が伴っていなければ、なんともならない」

 嫌味攻撃の連発だ。エリィは呆れながらも、目の前の男に質問する。

「それは、一体どういう意味ですか」

「言葉通りの意味だ。なぜ、この俺がお荷物女を引き受けねばならなかったのだ。……公爵殿の遺言でなければ絶対にありえなかった」

 ――お荷物女。それはおそらく《不幸の呪い》のことを言っているのだろう。
 彼にとって私との結婚はさぞかし不愉快なものらしい。言葉の節々から読み取ることは容易であった。

「それは申し訳なくなる思っております。………しかしお言葉を返すようで申し訳ない様ですが、レヴィアン子爵家にとって公爵家と繋がるを持てることは絶好の機会とも言えませんか」

「そうとも言える。だが、お前は所詮養子だろう。いざとなったら切り捨てられることは容易い」

 フランツの言うことは真実とも言えた。
 雇われ令嬢の身では、地に足がついているとはいえない。宙ぶらりんな状態では、エリィにとっても心もとない。

「ですから、協力をして頂きたいのです」

 フランツは黙ったまま、見下す様な目で見つめてくる。エリィは自身の手にじんわりと汗をかいていることを感じながら、言葉を続けた。

「いま、公爵令嬢という肩書きを携えられながらもなんとも地に足がついていない状態です。私はこの肩書きにはなんの拘りもございませんが、公爵家とのつながりの欲しいあなた様にとっては一番重要なもののはず。そして、私は《不幸の呪い》という毒を抱えてはいますが、あなたは私の対となる解呪体質をお持ちになってらっしゃる。いわば《治療薬》とも言えます」

 フランツはその言葉を聞くと嫌そうに顔をしかめる。エリィは言葉を続けた。

「私の願いはただ一つ。この体に巣食う呪いをといて欲しい、ただそれだけなのです。それさえ叶うならば、私はあなたに協力を惜しまない。公爵令嬢としてい続けるための努力は最大限にいたします。そのための協力をお願いしたいのです。私一人の力では到底、権利や金の力に太刀打ちすることはできませんので。…………いわば、この結婚は互いの利益のための契約とも言えます」

 エリィが言い切ると、フランツは煩わしそうに目を逸らした。そして暫く間を置いたあと、言葉を紡いだ。

「ふんっ……まぁいい。こちらとしても、公爵家とのつながりを持てることは十分な利益だ。お前の呪いの事はまあ気がかりとも言えるが、俺のこの《忌まわしい体質》がある限り問題はないだろう。だが一つ問題があることは忘れちゃいないか」

 そう。この解呪に関しては大きな問題点がある。

 解呪体質がどのようなものかは詳しくは分からないが、それが一体どの範囲まで効果をもたらすものなのだろうか。流石に彼と私の距離が1キロメートルでも解呪可能ということはありえないだろう。おそらくは……。


「10メートルだ。俺の解呪体質は10メートル以内のものに影響を及ぼす」

 ――10メートル。レヴィアン子爵邸を見回す。いかにも高級そうなソファやテーブル、絵画などが眼に映る。おそらく彼と同室にいれば、解呪可能ということだろう。それは彼と長い間ずっと同室で過ごさねばならぬということで。

「分かりました。つまり結婚するにあたり、あなたとは常に共に行動するということになるということですね。……この呪いが解けるまで」

「ああ、そうだ」

 フランツは、ひたいに皺を寄せる。今までで一番苦渋に満ちた口調であった。エリィの側にい続けることが不快でたまらないのだろう。まだ知り合って間もない相手とずっと同じ空間にい続けることはやはり苦痛らしい。だが、私の解呪をしなければレヴィアン子爵家に不幸をもたらすことは分かりきっている。なんの不利益のない約束事などこの世には存在しないのだ。

 二人の間を沈黙が貫く。それは双方が合意したということで相違なかった。


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