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彼の奥様 ①

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    その日の朝の目覚めは、非常に心臓に悪いものだった。

 ふと眩しさに目が覚めたエリィは、いつもよりベッドが柔らかいことに違和感を覚える。だが、心地よい羽毛に包まれて「そんなことどうでもいいか」と、薄く開けた瞳を再び閉じ、微睡みに体を委ね用としていた。
 だがそこに、コンコンッと部屋の扉がノックされ驚いてベッドから跳ね起きた。エリィの意識は徐々に覚醒していく。

「あれ……ここ…………どこ?」

 心臓がばくばくと音を立て、周囲を確認する。
 自分の住んでいた古い森の外れの木の家とは程遠い、全てのものが高級品だと一目でわかった。宝石の類が埋め込まれたドレッサーに、年代物のサイドテーブル。なんとも言い難い不思議な壁はいかにも貴族が好みそうなもので、極め付けに天井には小さいながらもシャンデリアが吊るされているのだ。

 同様の隠せないエリィは、部屋の扉が叩かれたことなど記憶から抜けてしまったようで、使用人らしき女人が入ってきたときは内心悲鳴を上げた。

「あの……お嬢様?」

 使用人の女がエリィを心配そうな顔で見つめてくる。歳は同年代くらいであろうか。茶色い髪を三つ編みにした、そばかすのある愛らしい女の子だった。
 エリィは恐る恐る自分の中の疑問を口にした。

「えっと……ここはどこかしら?」

 使用人の彼女は不思議そうな表情で答える。

「……? レヴィアン子爵邸にごさいます」

 ――レヴィアン子爵邸……?
 頭の中で反芻する。すると、昨日の記憶が鮮明に蘇ってきた。
 昨日の痴態。鋭い快楽に溺れてしまった自分と、それを見つめるフランツ。あれは非現実ではく、現実で起こったことなのだ。唐突に、冷や汗が吹き出し口がカラカラに乾く。勢いはあったとは言え、なんてことだ。

 動揺を悟ったのか、使用人の女はコップに水を注ぎ、青ざめたエリィに渡す。それを一気に飲み干し大きく息を吐くと、ようやく心がけ落ち着いてきたように感じた。

「あの……大丈夫でございますか」

「えぇ、少し落ち着いたわ。ありがとう」

 エリィはお礼を言い、そのあと自身の体を確認する。

 ――大丈夫だ。服は着ている。

 昨日は上半身裸のまま、寝落ちてしまったのだ。その場にいたフランツがそれを元に戻してくれるとは考えにくい。
 だが、現実は服をきちんと着ているどころか、豪奢な部屋のベッドで寝ていたのだ。客室だろうか。

「そう言えば、あなたはここの使用人?」

 疑問に思ったことを口にすると、相手は柔らかな口調で質問に答えてくれた。

「私、レヴィアン子爵家で使用人をさせて頂いておりますイリーナと申します。本日より、お嬢様のお世話を担当させていただくこととなりました。えっとえっと、その……よろしくお願いしますっ!!」

 ……彼女はとても元気な人らしい。勢いに圧倒されつつも、可愛らしさに思わず頰を緩めた。だが、なにか聞き逃せない言葉が聞こえたような気がし、眉を寄せる。

 本日よりとは一体どういうことだろうか。

「えっと、そのこちらこそよろしくね」

 戸惑いながらもエリィは言葉を返すと、イリーナはホッとしたように肩を下ろした。
 その様子を目で確認したあと、先ほど持った疑問をぶつけようと口を開こうとした。しかし、目の前の彼女は何かを思い出した様子で、焦りだした。

「そうでしたっ! 要件を忘れておりました、申し訳ございません。フランツ様がお呼びになっております」

 その名前を聞いた瞬間、エリィは息を飲み込んだ。

 そうである。ここでイリーナにすべて尋ねても、答えられることなどほとんどないだろう。直接あって、話を聞けば済む話だ。

 納得を覚え、よろよろと身の支度を始めた。……いつもよりも体がすっきりとしているのに、恥辱を感じたのはいうまでもない。


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