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世界一不幸な少女 ②

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 屋敷の中にある、ありとあらゆる家具や美術品はどれもこれも差し押さえられ、エリィと妹は身一つで放り出された。頭の回転が早いとは言えエリィはまだ10歳。伯爵家を背負うことは難しく、親戚の家へと預けられることとなった。家の存続が危ぶまれたが、フライア伯爵という地位は分家のものが継ぐことになり、その心配は無用になった。そして、エリィは伯爵令嬢という肩書きを失うことになる。
 借金は、屋敷自体を売りに出したり美術品をオークションに流したりすることで完払することが出来た。不幸中の幸いとも言える。

 親戚の家では酷い扱いを受けたりなどはしなかったが、やはりここでも無関心の渦中にあった。フライア伯爵の死により《不幸の呪い》は再度、陰で噂をされるようになる。エリィに関わるものは全て不幸に見舞われるのではないかと、人は口々に噂をしていた。その噂を信じた人間たちは、なるべく彼女らに接触しないことを心がけていたのだろう。

 そんな中、妹は「そんなの嘘よ。私はいつでもお姉様の味方だわ」と、噂話を相手にすることなどなかった。その瞳は真っ直ぐで、やはり羨望の眼差しを宿していた。
 エリィ自身は《不幸の呪い》などに踊らされたくはなかったし、関わったものが不幸になるというのであれば一番身近な妹が健康的に前を見て生きているということはおかしいと考えていた。そして、自分たちはただ単に不幸に見舞われただけなどと自らに言い聞かせた。

 2ヶ月後、噂話は真実となる。エリィたちの住んでいた親戚の家は金銭的トラブルに見舞われ、没落寸前にまで陥った。そんな状況では、エリィたち姉妹を養うことなどできず、彼女らは新たな親戚の家へと向かわされることとなった。

 そしてその家もまたトラブルに見舞われ、次の親戚の家へ。
 ――――次へ次へ次へ次へ。

 二人は親戚中の家をたらい回しにされた。その間にエリィは15歳を迎え、美しく麗しい少女へと成長していった。だが、住みつけば不幸になると言われる彼女らを引き取るものはついに現れなくなる。

 実際、二人の住み着いた家は何かしらの衰退の一途をたどり、それを逃れた家はいまだ一軒もない。

 そうなれば、二人は修道院または孤児院へと行くほかなかった。エリィは15歳であり孤児院へ行く子供というにもギリギリの年齢ではあった。だが、修道院か孤児院を吟味した結果、孤児院の方が自由度が高く手当てが厚いと知り、そちらへと向かうこととなる。

 16になれば、孤児院からは出されるのだとエリィは知っていた。だが、妹はまだ年齢的に大丈夫だ。妹が孤児院を出される前に、何かしら安定の居場所を外で築くための時間が必要である。そのためには、今からでも今後のことを考えねば。
 孤児院へと向かう以前から、エリィは考え続けていた。

 そういう妹はここ数年で家と家を渡り歩く生活にも疲れ、口数も少なくなっていた。以前のようにエリィを羨望する眼差しを向けることはなくなり、たまの際に口を開けば「あんたのせいで」と口々に罵るようになった。
 その言葉はエリィの心を鋭く抉ったが、真実であったために気持ちを押し殺すことしかできなかった。それでもエリィは明るく朗らかに振舞うことを心がけ続けた。体に直接染み付いていることもあったが、やはり昔書物で読んだ、『幸せは人へと伝染する。そして、幸せは優しい心から生まれるのだ。だから、明朗に振舞うことこそが人を幸せに導くための一歩なのである』という言葉がこころに残っていたのだ。

 孤児院は清潔な場所とは言い難かったが、温かな愛に満ち溢れていた。それもこれも、優しく朗らかな院長のおかげであろう。彼は老年で、真っ白なヒゲを生やし皺を多く刻んでいた。
 最初の1ヶ月は緊張感に包まれていた妹も、徐々に凍りついていた心を解きほぐされ、以前のような明るい笑顔を取り戻しつつあった。院長を懸命に慕う妹を眺めている事はエリィの幸せでもある。ここでなら幸せを手に入れることができるかもしれないと思いつつあった。

 だがやはりそんなものは幻想であった。

 2ヶ月だったある日。院長とともに街へ出ていたエリィは、買物の最中に人々が「火事だ!」と騒いでいることに気がついた。流されるまま、エリィと院長は遠くで起こったという火事の現場の方向を見た。皆が指をさす方向は先ほど歩いてきた道なりで、孤児院の方向でもあった。青ざめた顔をした院長が焦った様子で荷物を道端に放り捨て、元来た道を引き返していく。エリィも暑くもないのに背中にじんわりと汗をかきながら院長の後を追った。

――走って走って走り続けて。靴が片方脱げたことも気づかないほど、夢中になって駈けた。心臓が変にばくばくと高鳴り、思わず右耳を触る。それは、不安なときにするエリィの癖であった。

 足をひたすら前へと動かすと、赤と黒が辺りを包み込んでいた。それが炎と黒煙であると思い至るのは容易であったが、現実味は感じられなかった。

 ようやく追いついた院長の背中ごしに、孤児院は燃えている。赤が辺り一面を包み込み、ひどく不快な匂いが鼻につく。暑くて眩しくて、エリィの頭はどうにかなりそうだった。

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