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前夜祭

21.

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     ◇

 ユーリは扉の前に立ち、今一度髪を撫で付け襟を正した。頭を隠せるように、きちんとローブも羽織っている。
 背筋をピンと伸ばしてから扉を二回ノックすると、部屋の中から足音がする。
 扉を開けたのはカイルだ。ここはカイルのために用意された客室で、星祭の前夜祭にいくためにユーリはカイルを迎えにこの部屋を訪れたのだ。

「お、なんだ、もう支度できたのかユーリ」

 カイルはユーリが迎えにくると思っていなかったようだ。ちょっと待ってろとだけ言うと、カイルはいつも通り緩やかに束ねたブルネットの髪を肩から垂らし、王城仕様のきちんとアイロンのかかったシャツの上にローブを羽織った。
 ユーリはドアからカイルの部屋に入り込み、後ろ手を組んで足を揃えた。

「カイル、違うぞ、ぼっ……私はユーリではない」

 カイルは肩掛けカバンの中身を確かめていたが、ユーリがそう言うと「は?」と、瞬きながら顔を上げた。

「私はユリウスだ。まさか君が間違えるとはな」

 ユリウスはどんな風にしゃべるっけ。ユーリは必死に頭に思い浮かべた。

「何の遊びだ?」

 カイルに問われ、ユーリはゆっくり首を横に振った。

「遊び? 遊びではないぞ、カイル。ユーリは用があって来られなくなった。だから今夜はぼっ……私と星祭に行こう」

 そう言ってユーリは口角を上げた。
 ユリウスはいつだって穏やかな表情で背筋を伸ばしている。ユーリはそれを真似たつもりだ。
 本当はユリウスに、カイルと星祭に行ってくれないかと頼みたかったのだけど、残念ながらユリウスは当日まで忙しいのだとデレクから聞かされた。
 だから今夜はユーリがユリウスになって、カイルと星祭にいくのだ。カイルはユーリを誘ってくれたけれど、ユリウスと一緒に行ける方がきっと嬉しいはずだから。

「なんか、よくわからないが、まあいいか」

 カイルは首を傾げながらも、納得した様子だ。どうやらうまく騙せたらしい。ユーリはひとまず胸を撫で下ろし、「では、行くぞ」とカイルの部屋の扉を開けた。

「ひゃうっ!」

 不意にぞくりと背筋が泡立ち、ユーリは背中を逸せて悲鳴を上げた。ユーリは急に尻尾を触られるとこうなってしまうのだ。

「王子様、なんか出てますけどこれ」

 振り返ると、カイルがローブからはみ出てしまっていたユーリの尻尾をもふもふ握っている。

「あ、ああ……こ、これは、最近城下で流行っている装飾品だ」

 ユーリはひょいとカイルの手から尻尾を取り返し、ローブの中に仕舞い込んだ。念の為に頭を触ってみたが、幸い三角耳はちゃんと隠せていたようだ。
 城門を出て外堀にかけられた跳ね橋を渡ると、すぐに城下の街並みが目に入る。家々の壁や窓辺には星祭にちなんだ装飾品が飾られていて、煌々と光を放って祭の夜を彩っていた。
 行き交う人々の足音に、楽しげな笑い声、どこからかする甘い香りに、ユーリは胸を弾ませた。
 カイルはユーリのフードが少しずれるたびに何度も引っ張り下ろしたり、ついついはしゃいであちこち視線を向けるユーリが人並みとすれ違うたびに「前見て歩け」と手を引いた。

「わっ、カイルあれ見て! あれは何だろ!」

 立ち並ぶ商店は、店先に簡易的な天幕を張っている。行き交う人々はその前でゆるりと足を止めたり、なにか商品を買ったりしていた。
 ユーリは繋いだカイルの手を引っ張って、その一つに近づいた。

「いい匂いだな。魚のすり身で作ったソーセージか」
「星型になってる!」

 串に刺して焼かれたそれは、芳ばしい焦げ目をつけている。
 店主はユーリとカイルを見ると、「いらっしゃい」と愛想よく笑って両手のひらを擦り合わせる仕草をした。

「食べたいのか?」

 そうカイルに問われてユーリが頷くと、カイルは鞄から硬貨を取り出し店主に渡した。
 一本の串に刺さった星型のソーセージを、ユーリはカイルと分け合って食べた。
 今度は違う出店が目に入る。女の人が多く足を止めているその場所を覗き込むと、台座の上に、透明な玉の中に小さな星粒みたいなビーズが入った髪留めや、星の形のネックレスやイヤリングが並べられていた。

「カイルこれはどう? 髪を結ぶのに」
「いや、これは女の子のつけるやつだろ?」

 ユーリが示した髪留めを覗きこみながら、カイルは笑った。

「こっちならまだいいが」

 そう言ってカイルが指差したのは青銅色の小さな星形の装飾のついたシンプルな結い紐だった。

「うん、いいね、カイルにとても似合いそう」
「揃いで買うか。すみません、これを二つ」
「えっ!」

 ユーリが物言う暇もなく、カイルは店主に硬貨を渡してその髪留めを受け取った。一つを自分の束ねた髪に引っ掛けてから、もう一つをユーリの前に差し出してくる。

「で、でも、ぼっ……私は髪が長くないから」
「しっぽにつければいいだろ」
「しっ……ぽ、そっか、しっぽに……はっ!」

 ユーリはピンと姿勢を正し、大きく被りを振ってみせた。

「わ、私に尻尾はないぞ!」

 そう声を荒げたユーリを見て、「まだやるのかそれ」とカイルは何やら眉を下げて苦笑している。

「んじゃ、ここにつけておけばいい」

 カイルはそう言ってユーリの左手を取ると、手首に巻きつけてくれた。
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