上 下
14 / 41
ユリウス王子

14.

しおりを挟む
 カイルの問いに、ユリウスはまた口を開く。

「王宮医術師たちの反発の動きについては陛下から聞いたな?」
「ああ、陛下やお前が、ラバール家にご心酔なのが気に入らないとかなんとか」
「そうだ。それを利用して私や陛下を陥れようとする者がいるのだ」

 自分を落ち着かせようとしているのか、ユリウスはたおやかな動きでティーカップを持ち上げ口をつけた。
 カイルは「いったい誰が」と言いかけて、一考したのち、「王弟ハウエル殿下?」と、ユリウスに向けて問いかけた。
 ユリウスはティーカップを置きながら、カイルの言葉に頷いた。

「叔父上はおそらく、この催事に乗じて、国民の目の前で私や陛下を背教者として王位から引き摺り下ろす算段をしている」
「どういうことだ?」

 カイルが眉を寄せた。

「叔父上は私たちが暗躍を察してラバール家の人間を呼び寄せることを予想している。むしろそうさせるために、王宮医術師たちの反感が高まっていることや、暗殺計画の噂を流したのだ」
「狙われて怪我をするかもしれない状況で、近くにいる医術師達が自身に反感を抱いているのだとしたら信用できないからか……」

 先ほどハイネル王も同じことを言っていた、と、カイルは言葉の後に付け加えた。

「しかし、私たちが王宮医術師を差し置いてラバール家のササル式医術で治療をうけたとしても……」
「邪教に穢された……と、するつもりか」

 カイルの言葉にユリウスは頷いた。

「お母様……マラル王妃の治療の際は、自分たちが治せなかった病をササル式医術が完治させた事実を、王宮術師たちも隠したかった。だから、公にはなっていない。私の療養に関しては、穢れとされる治療はなかったし、表向きは留学だったから言及されなかった」
「だが、それらのことがきっかけで、王宮医術師たちは俺たちラバール家に反感を抱くようになった」

 また、ユリウスは頷く。

「叔父上が具体的に何をするつもりなのかはわからない。しかし、出血すれば他者の血を体内に継ぎ足し、毒が回れば獣の血から作り出した薬を投与するササル式医術を、王宮医術は神の教えに背いた穢れた医術として強く否定するはずだ」
「だから祭を利用してあえて国民の前で事を起こして治療をさせて、邪教に穢された王族と、王族を穢したラバールの医術師をどちらも排除しようというのか」
「たとえ血を穢すような治療を避けられたとしても、何かと言いがかりをつけるつもりだろう。おそらく、叔父上はその算段を王宮医術師に持ちかけて、お互いの利害を一致させた」

 カイルとユリウスはしばしテーブルの上を眺めながら沈黙した。

「それで……ユーリであれば、怪我をして、ラバール家の穢れた治療を受けたとしても、本物の王族ではないのだから、問題にはならない……と?」

 ユリウスはカイルの問いに、少し気まずげに、でも真っ直ぐにユーリとカイルの顔を交互に見たのち頷いた。

「私はハイネル王とマラル王妃の間に生まれた唯一の男児だ。そして、我が子もまだ産まれたばかりの幼子。王と私が同時に失脚するわけにはいかないのだ」
「……わかるが……」

 カイルは吐く息に混ぜるようにそう絞り出すと、テーブルに肘を置いて頭を抱えた。

「もちろん、私もユーリに怪我はさせたくない。手厚い護衛もつけるし、事が起こらないように細心の注意をはらうつもりだ」
「……わかってる……わかってるよ……」
「頼む、カイル」
「ちょっと待ってくれ! 今、考えてるから!」

 唐突にカイルが声を荒げ、脇に控えた騎士達が条件反射で身構えた。カイルは直ぐに「すまない」と溢したが、その様子はまだ俯いたまま次の言葉を探している。
 長く沈黙が続き、紅茶から立ち上っていた白い湯気はすっかり消えてしまっていた。

「あ、あの……カイル、ユリウス……僕……」

 緊迫した二人の空気を割って、ユーリは口を開いた。ユーリはもともとユリウスの役に立ちたくて、罪滅ぼしをしたくてここに来たのだ。だから身代わりを引き受けたいと、そう言うつもりだった。

「ダメだ」

 ユーリが続きを言う前にカイルがユーリの言葉を遮った。
 「えっ」とユーリが喉を詰まらせると、カイルは椅子から立ち上がり「いくぞ」とユーリを見ないでそう言った。

「カイル、待ってくれ!」

 立ち去ろうとするカイルの背中にユリウスも椅子から立ち上がり声をかけた。

「ダメだ。ユーリを巻き込むなんて、俺は許さない」

 振り返らないままカイルはそう言って、一人温室の外に出て行ってしまった。
 残されたユリウスは息を吐くと、ゆっくりとまた椅子に腰を下ろし、ユーリの方を向いた。

「悪かったなユーリ、酷く冷酷なことを言っているのは私もわかっている。どうか気にしないで、お茶とお菓子、食べて行ってくれ」

 ユリウスはそう言って微笑んだけれど、その表情には落胆と何故か安堵の両方が混ざっているように見て取れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

愛され副団長の愛欲性活

彩月野生
BL
マウウェル国の騎士団、副団長であるヴァレオは、自国の王と騎士団長、オーガの王に求婚されてしまう。 誰も選べないと話すも納得されず、3人が結託し、誰も選ばなくていい皆の嫁になれと迫られて渋々受け入れてしまう。 主人公 28歳 副団長 ヴァレオ 柔らかな栗毛に黒の目 騎士団長を支え、王を敬愛している。 真面目で騎士である事に誇りをもっているため、性には疎い。 騎士団長 35歳 エグバート 長い赤褐色の髪に緑の目。 豪快なセックスで言葉責め。 数多の男女を抱いてきたが、ヴァレオに夢中になる。 マウウェル国の王 43歳 アラスタス 長い金髪に青の目。紳士的だがねちっこいセックスで感想を言わせる。 妻がいるが、愛人を作ったため追い出した。 子供がおらずヴァレオに産ませようと目論む。 イール オーガの若い王だが一番の巨漢。180歳 朱色の肌に黒髪。シャイで優しいが、甘えたがりで乳首を執拗に吸う。 (誤字脱字報告不要)

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

処理中です...