71 / 77
第二部(スピンオフ)【レオンくんのしっぽ】
25.もう一度、はじめまして④
しおりを挟む
コーヒー一杯で悠人とは別れ、俺は家路についた。
週末だったがハトちゃんのところに行く気分にはなれなかった俺が、今思い出すのは数日前の一夜のことだ。
楽しむつもりで声を掛けたどタイプの年下ネコちゃん……レオンくんに、つまり、まあ、掘られてしまったわけだ。
普通だったら強く咎めても良い案件だが、とにかく見た目がタイプ過ぎて怒る気になれず、加えて何でか知らんが、めちゃくちゃ気持ちよかったのだ。
「俺、そっちはないと思ってたんだけどなぁ……」
マンションに近づき人気の少なくなった住宅街で俺は一人呟いた。
それにしても、レオンは俺のこと知ってたみたいな口ぶりだったし、初めてとは思えないほど触れ合った瞬間にしっくりきた。
「もしかして、前世で恋人だったり」
柄にもなくそんなことを口にしながら、何言ってんだと、俺はニヤける口元をおさえた。
もし、悠人の奥さんのことがうまく解決したら、あの子のしっぽのことも解決できるかもしれない。ハトちゃんに店に来たら教えてもらうように頼んでみるか。
そこまで考えて俺は首を振った。
――いや、やめておこう。
誰しも同じように都合よく病気が見つかるかもわからないし、もし解決できなかった時のことを考えると、深入りして情が移ってしまっては、辛くなるのは目に見えている。
マンション前に辿り着き、ふと顔を上げた。
エントランスへの入り口、オートロックの手前の自動ドアの脇に、フードをすっぽり被って寒さを凌ぐように蹲ってしゃがみ込んだ男がいた。
不審者かと一瞬ヒヤリとしたが、誰かを待っている可能性もあるなと思い、俺は気にせず通り過ぎることにした。
だけど俺の気配に気づいた男が、伏せていた顔を上げた瞬間、俺は思わず「あ」と声を漏らしてしまった。
「慎さん、おかえりなさい」
琥珀の瞳が瞼で潰れ、繊細な口元が笑みを作った。
俺は、「めっちゃ可愛い……」とついつい惚けた後で、「なんで?」と頭に浮かんだ言葉を口にしていた。
「レオンくん、だよね? え? なんで、ウチがわかったの? 教えてないよね?」
どういうことだ。
ハトちゃんだってうちの住所は知らないし、知ってても教えるようなことはしないはずだ。考えられるのは、あの時俺が見てない隙に、荷物を漁られて免許証を見られたとか?
「あ、ちがう」
レオンは俺の問いに、慌てて首を振った。
「あの、友達が、ここに住んでるけど、留守みたいで」
「えっ? そうなの⁈」
ーーそんな偶然あるかっ?
俺はレオンの言葉を信じきれずにいる。だからと言ってこんな綺麗な男に「ストーカーかっ⁈」と問い詰めるのも自意識過剰な気がして、とにかく俺は受け流そうと決め込んだ。
「そっか、そんな偶然もあるんだね。じゃあ、行くね」
「えっ」
レオンの肩がピクリと揺れたが、俺は見なかったフリで、エントランスの中に入った。
オートロックを開錠しながら、視界の隅にはガラス戸の向こうで肩を下げる切な気なレオンの姿が見えている。
十二月、今夜はここ最近で一番冷える夜だった。
俺は深く息を吸って、鼻と口の両方からそれを全部吐き出した。
「何時から待ってたの」
気がついたら、俺はガラス戸を出て、俯いていたレオンの首に自分のマフラーをかけていた。
レオンは琥珀の瞳を潤ませながら、俺を見ている。
「五時くらい」
その答えに俺は腕時計を見た。三時間は経っている。
「友達、連絡つかないの?」
「連絡先、知らない」
これは多分嘘だなと流石にわかった。
その上でもう一言だけ、俺は自分自身に保険をかけた。
「寒いし、帰りなよ、風邪ひいちゃうよ」
「……うん」
レオンはまた俯き、鼻を啜った。
動こうとする気配はなく、その姿が健気で可愛らしくて、俺はやっぱり折れてしまった。
「おいで、あったかい紅茶入れてあげる」
そう言って、俺は冷え切ったレオンの手を握った。
週末だったがハトちゃんのところに行く気分にはなれなかった俺が、今思い出すのは数日前の一夜のことだ。
楽しむつもりで声を掛けたどタイプの年下ネコちゃん……レオンくんに、つまり、まあ、掘られてしまったわけだ。
普通だったら強く咎めても良い案件だが、とにかく見た目がタイプ過ぎて怒る気になれず、加えて何でか知らんが、めちゃくちゃ気持ちよかったのだ。
「俺、そっちはないと思ってたんだけどなぁ……」
マンションに近づき人気の少なくなった住宅街で俺は一人呟いた。
それにしても、レオンは俺のこと知ってたみたいな口ぶりだったし、初めてとは思えないほど触れ合った瞬間にしっくりきた。
「もしかして、前世で恋人だったり」
柄にもなくそんなことを口にしながら、何言ってんだと、俺はニヤける口元をおさえた。
もし、悠人の奥さんのことがうまく解決したら、あの子のしっぽのことも解決できるかもしれない。ハトちゃんに店に来たら教えてもらうように頼んでみるか。
そこまで考えて俺は首を振った。
――いや、やめておこう。
誰しも同じように都合よく病気が見つかるかもわからないし、もし解決できなかった時のことを考えると、深入りして情が移ってしまっては、辛くなるのは目に見えている。
マンション前に辿り着き、ふと顔を上げた。
エントランスへの入り口、オートロックの手前の自動ドアの脇に、フードをすっぽり被って寒さを凌ぐように蹲ってしゃがみ込んだ男がいた。
不審者かと一瞬ヒヤリとしたが、誰かを待っている可能性もあるなと思い、俺は気にせず通り過ぎることにした。
だけど俺の気配に気づいた男が、伏せていた顔を上げた瞬間、俺は思わず「あ」と声を漏らしてしまった。
「慎さん、おかえりなさい」
琥珀の瞳が瞼で潰れ、繊細な口元が笑みを作った。
俺は、「めっちゃ可愛い……」とついつい惚けた後で、「なんで?」と頭に浮かんだ言葉を口にしていた。
「レオンくん、だよね? え? なんで、ウチがわかったの? 教えてないよね?」
どういうことだ。
ハトちゃんだってうちの住所は知らないし、知ってても教えるようなことはしないはずだ。考えられるのは、あの時俺が見てない隙に、荷物を漁られて免許証を見られたとか?
「あ、ちがう」
レオンは俺の問いに、慌てて首を振った。
「あの、友達が、ここに住んでるけど、留守みたいで」
「えっ? そうなの⁈」
ーーそんな偶然あるかっ?
俺はレオンの言葉を信じきれずにいる。だからと言ってこんな綺麗な男に「ストーカーかっ⁈」と問い詰めるのも自意識過剰な気がして、とにかく俺は受け流そうと決め込んだ。
「そっか、そんな偶然もあるんだね。じゃあ、行くね」
「えっ」
レオンの肩がピクリと揺れたが、俺は見なかったフリで、エントランスの中に入った。
オートロックを開錠しながら、視界の隅にはガラス戸の向こうで肩を下げる切な気なレオンの姿が見えている。
十二月、今夜はここ最近で一番冷える夜だった。
俺は深く息を吸って、鼻と口の両方からそれを全部吐き出した。
「何時から待ってたの」
気がついたら、俺はガラス戸を出て、俯いていたレオンの首に自分のマフラーをかけていた。
レオンは琥珀の瞳を潤ませながら、俺を見ている。
「五時くらい」
その答えに俺は腕時計を見た。三時間は経っている。
「友達、連絡つかないの?」
「連絡先、知らない」
これは多分嘘だなと流石にわかった。
その上でもう一言だけ、俺は自分自身に保険をかけた。
「寒いし、帰りなよ、風邪ひいちゃうよ」
「……うん」
レオンはまた俯き、鼻を啜った。
動こうとする気配はなく、その姿が健気で可愛らしくて、俺はやっぱり折れてしまった。
「おいで、あったかい紅茶入れてあげる」
そう言って、俺は冷え切ったレオンの手を握った。
1
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
黒い春 本編完結 (BL)
Oj
BL
幼馴染BLです。
ハッピーエンドですがそこまでがとても暗いです。受けが不憫です。
DVやネグレクトなど出てきますので、苦手な方はご注意下さい。
幼い頃からずっと一緒の二人が社会人になるまでをそれぞれの視点で追っていきます。
※暴力表現がありますが攻めから受けへの暴力はないです。攻めから他者への暴力や、ややグロテスクなシーンがあります。
執着攻め✕臆病受け
藤野佳奈多…フジノカナタ。
受け。
怖がりで臆病な性格。大人しくて自己主張が少ない。
学校でいじめられないよう、幼い頃から仲の良い大翔を頼り、そのせいで大翔からの好意を強く拒否できないでいる。
母が父からDV受けている。
松本(佐藤)大翔…マツモト(サトウ)ヒロト。
攻め。
母子家庭だったが幼い頃に母を亡くす。身寄りがなくなり銀行頭取の父に引き取られる。しかし母は愛人であったため、住居と金銭を与えられて愛情を受けずに育つ。
母を失った恐怖から、大切な人を失いたくないと佳奈多に執着している。
追記
誕生日と身長はこんなイメージです。
高校生時点で
佳奈多 誕生日4/12 身長158センチ
大翔 誕生日9/22 身長185センチ
佳奈多は小学生の頃から平均−10センチ、大翔は平均+5〜10センチくらいの身長で推移しています。
社会人になったら+2〜3センチです。
幼稚園児時代は佳奈多のほうが少し身長が高いです。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
αなのに、αの親友とできてしまった話。
おはぎ
BL
何となく気持ち悪さが続いた大学生の市ヶ谷 春。
嫌な予感を感じながらも、恐る恐る妊娠検査薬の表示を覗き込んだら、できてました。
魔が差して、1度寝ただけ、それだけだったはずの親友のα、葛城 海斗との間にできてしまっていたらしい。
だけれど、春はαだった。
オメガバースです。苦手な人は注意。
α×α
誤字脱字多いかと思われますが、すみません。
名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~
沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。
巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。
予想だにしない事態が起きてしまう
巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。
”召喚された美青年リーマン”
”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”
じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”?
名前のない脇役にも居場所はあるのか。
捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。
「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」
ーーーーーー・ーーーーーー
小説家になろう!でも更新中!
早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!
sweet!!
仔犬
BL
バイトに趣味と毎日を楽しく過ごしすぎてる3人が超絶美形不良に溺愛されるお話です。
「バイトが楽しすぎる……」
「唯のせいで羞恥心がなくなっちゃって」
「……いや、俺が媚び売れるとでも思ってんの?」
お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。
雪桜
キャラ文芸
✨ 第6回comicoお題チャレンジ『空』受賞作
阿須加家のお嬢様である結月は、親に虐げられていた。何もかも親に決められ、人形のように生きる日々。
だが、そんな結月の元に、新しく執事がやってくる。背が高く整った顔立ちをした彼は、まさに非の打ち所のない完璧な執事。
だが、その執事の正体は、幼い頃に結婚の約束をした結月の『恋人』だった。レオが執事になって戻ってきたのは、結月を救うため。しかし、そんなレオの記憶を、結月は全て失っていた。
これは、記憶をなくしたお嬢様と、恋人のためなら何でもしてしまう一途すぎる執事(ヤンデレ)が、二度目の恋を始める話。
「お嬢様、私を愛してください」
「……え?」
好きだとバレたら即刻解雇の屋敷の中、レオの愛は、再び結月に届くのか。
一度結ばれたはずの二人が、今度は立場を変えて恋をする。溺愛執事×箱入りお嬢様の甘く切ない純愛ストーリー!
✣✣✣
カクヨムにて完結済みです。
毎日2話ずつ更新します。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※第6回comicoお題チャレンジ『空』の受賞作ですが、著作などの権利は全て戻ってきております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる