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第二部(スピンオフ)【レオンくんのしっぽ】

25.もう一度、はじめまして④

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 コーヒー一杯で悠人とは別れ、俺は家路についた。
 週末だったがハトちゃんのところに行く気分にはなれなかった俺が、今思い出すのは数日前の一夜のことだ。
 楽しむつもりで声を掛けたどタイプの年下ネコちゃん……レオンくんに、つまり、まあ、掘られてしまったわけだ。
 普通だったら強く咎めても良い案件だが、とにかく見た目がタイプ過ぎて怒る気になれず、加えて何でか知らんが、めちゃくちゃ気持ちよかったのだ。

「俺、そっちはないと思ってたんだけどなぁ……」

 マンションに近づき人気の少なくなった住宅街で俺は一人呟いた。
 それにしても、レオンは俺のこと知ってたみたいな口ぶりだったし、初めてとは思えないほど触れ合った瞬間にしっくりきた。

「もしかして、前世で恋人だったり」

 柄にもなくそんなことを口にしながら、何言ってんだと、俺はニヤける口元をおさえた。
 もし、悠人の奥さんのことがうまく解決したら、あの子のしっぽのことも解決できるかもしれない。ハトちゃんに店に来たら教えてもらうように頼んでみるか。
 そこまで考えて俺は首を振った。

 ――いや、やめておこう。

 誰しも同じように都合よく病気が見つかるかもわからないし、もし解決できなかった時のことを考えると、深入りして情が移ってしまっては、辛くなるのは目に見えている。
 マンション前に辿り着き、ふと顔を上げた。
  エントランスへの入り口、オートロックの手前の自動ドアの脇に、フードをすっぽり被って寒さを凌ぐように蹲ってしゃがみ込んだ男がいた。
 不審者かと一瞬ヒヤリとしたが、誰かを待っている可能性もあるなと思い、俺は気にせず通り過ぎることにした。
 だけど俺の気配に気づいた男が、伏せていた顔を上げた瞬間、俺は思わず「あ」と声を漏らしてしまった。

「慎さん、おかえりなさい」

 琥珀の瞳が瞼で潰れ、繊細な口元が笑みを作った。
 俺は、「めっちゃ可愛い……」とついつい惚けた後で、「なんで?」と頭に浮かんだ言葉を口にしていた。

「レオンくん、だよね? え? なんで、ウチがわかったの? 教えてないよね?」

 どういうことだ。
 ハトちゃんだってうちの住所は知らないし、知ってても教えるようなことはしないはずだ。考えられるのは、あの時俺が見てない隙に、荷物を漁られて免許証を見られたとか?

「あ、ちがう」

 レオンは俺の問いに、慌てて首を振った。

「あの、友達が、ここに住んでるけど、留守みたいで」
「えっ? そうなの⁈」

 ーーそんな偶然あるかっ?

 俺はレオンの言葉を信じきれずにいる。だからと言ってこんな綺麗な男に「ストーカーかっ⁈」と問い詰めるのも自意識過剰な気がして、とにかく俺は受け流そうと決め込んだ。

「そっか、そんな偶然もあるんだね。じゃあ、行くね」
「えっ」

 レオンの肩がピクリと揺れたが、俺は見なかったフリで、エントランスの中に入った。
 オートロックを開錠しながら、視界の隅にはガラス戸の向こうで肩を下げる切な気なレオンの姿が見えている。
 十二月、今夜はここ最近で一番冷える夜だった。
 俺は深く息を吸って、鼻と口の両方からそれを全部吐き出した。

「何時から待ってたの」

 気がついたら、俺はガラス戸を出て、俯いていたレオンの首に自分のマフラーをかけていた。
 レオンは琥珀の瞳を潤ませながら、俺を見ている。

「五時くらい」

 その答えに俺は腕時計を見た。三時間は経っている。

「友達、連絡つかないの?」
「連絡先、知らない」

 これは多分嘘だなと流石にわかった。
 その上でもう一言だけ、俺は自分自身に保険をかけた。

「寒いし、帰りなよ、風邪ひいちゃうよ」
「……うん」

 レオンはまた俯き、鼻を啜った。
 動こうとする気配はなく、その姿が健気で可愛らしくて、俺はやっぱり折れてしまった。

「おいで、あったかい紅茶入れてあげる」

 そう言って、俺は冷え切ったレオンの手を握った。

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