上 下
48 / 77
第二部(スピンオフ)【レオンくんのしっぽ】

2.もう一度、はじめまして②

しおりを挟む
 俺が、「やめておきなよ」と言う隙もなく、マコはとことこ反対側の席に回ると突っ伏した男の隣にちょこんと座り、不躾にも肩をつんつん指でつついている。

「お兄さーん、おーい」

 マコの呼びかけに、派手な髪がもそもそ動くが、男が起きる気配はない。
 俺は食べ終えたピラフの皿をカウンターの上におき、「ごちそうさま」とハトちゃんに告げるとおしぼりで口元を拭った。
 マコが突っ伏した男に気を取られている間に次の店に移動するかと頭をよぎる。

 ――と、その前にちょっとトイレへ。

 俺は立ち上がり店の奥のトイレに向かった。
 丁度マコの後ろを通った先の通路の隅にある。
 用を済ませてトイレから出ると、マコがまだ突っ伏した男の肩を揺らしていた。
 少し進展があったのは男がむくりと体を起こしたことだが、それでも顔は伏せていて髪の毛が表情を隠している。
 "ものすんごいイケメン"なのかどうかをどうしても確かめたいらしいマコは、カウンターに頭を乗せるほど体を伏せて、男の顔を覗き込んだ。

「わ! ほんとだ、すっごいイケメン!」

 マコが色めきだった声を上げた。

「ね、慎さんみてみて! この人ハーフかな?」

  マコは手をひらひらと降って、トイレから戻ろうとしていた俺を呼んだ。
 そんなに言われたら流石に気になる。俺は呼ばれるまま彼らの席へと近寄った。

「……慎……さん?」
「しゃべった!」

 突然名前を呼んだのは、酔って顔を伏せていた男だった。マコが被せるように声を上げたせいでよく聞き取れなかったが、確かに男は俺の名前を呼んだ。
 そして直後、男に突然腕を掴まれ、俺の心臓が跳ね上がった。
 男の手のひらは大きく、長い指はスーツ越しでも伝わるほどの熱をはらんでいた。でも、俺の心臓を揺らしたのはそれが理由じゃない。
 驚いた。
 こんな瞳の色を、俺は見たことがない。
 琥珀色の虹彩がまっすぐ俺に照準を合わせるように煌めいた。睫毛の色が薄く、マコが言う通り、日本人ではなさそうだ。もしかしたら銅食器のような魅惑的な色の髪は地毛なのかもしれない。アーモンド型の目元は女神のように美しく、しかし、二つの瞳の間を通る鼻筋からはしっかりと雄々しい印象を受けた。
 確かにすんごいイケメン。

 ――そして、俺のドストライク。

 長い時間見つめあっているように錯覚したが、周りにとっては一瞬の出来事だったらしい。

「え、慎さん知り合い?」

 とマコに問われて俺は我に帰った。

「い、いや。初めまして……だよ……ね?」

 こんな子見たら絶対忘れない。
 だから俺はほとんどわかりきっていたが、一応確かめるように男にそう尋ねた。
 男は少し長めの間を開けた後、コクリとどこか寂しげに頷いた。

 ――なんか、そのちょっと寂しげな感じ……めちゃくちゃそそる!!

 あまりにも好みど真ん中すぎて、俺の思考は彼の一挙手一投足に対して、全肯定モードに入ってしまった。

「お兄さん大丈夫? けっこう飲んだの? 名前は? 彼氏いる?」

 マコは声を弾ませて矢継ぎ早に尋ねている。俺はさりげなくマコの隣の椅子に腰を下ろし、マコ越しに好みの彼を観察した。
 顔が抜群にイイ! それに、体つきもしっかりしてそうだ。足も長そうだし、下手したら俺より背が高いかも、180とかあるのかな。若く見えるが大学生か、もう少し年上か? まあ、俺よりは下だろうな。
 あー……でも……

 ――まだ若いのに、見えるな。

「ねーねー、名前は? 名前くらい教えてってぇ!」

 マコは彼の膝に手を置き足をばたつかせながら、またあの媚びるような上目遣いをしている。マコは間違いなく、今夜の相手に彼を狙っている。
 俺は人知れず唾を飲んだ。
 この子がネコかタチか。この界隈の比率で言うとネコの可能性の方が高い。つまり、マコより俺が優勢だ。

「もしかして、日本語わからないの? ネームだよ! ユアネーム!」
「こらこら、寝起きでぼっとしてるんだろ? あんまり矢継ぎ早に聞いたら可哀想だよ。ハトちゃんお水あげたら?」

 俺が言うと、ニヤニヤ彼の顔を見ていたハトちゃんがはっと我に帰ってグラスにレモン水を注いで出した。
 彼はそれを手に取ると、ぐっとグラスを傾け一気に飲み干している。

「うーん、どこの国の人だろ? スマホの翻訳つかってみる?」

 マコがポケットからスマホを取り出した。すると彼はその動きを止めるようにマコの腕に手を当てた。

「ワカルヨ、日本語、だいじょぶ」

 カタコトだ。めちゃくちゃ可愛い。
 俺は勝手ににやける口元をごまかすように唇を結んだ。

「良かったあ! ねえ、お兄さん、お名前は?」

 マコがあざとくこ首を傾げた。

「ナマエ……名前は、レオン……レオンだよ」

 そう言って、レオンと名乗った彼は視線を上げた。
 何か言いたげに俺の顔をまっすぐ見ている。
 悪いなマコ。これは多分俺の勝ちだ。

「うわぉ、名前もカッコいい! ね、レオンくん酔っ払っちゃったんなら、俺とホテルで一緒に休む?」

 マコはこの機を逃すまいと、ガッチリとレオンの腕を掴んでいる。

「……ホテル?」
「そ、行こうよ一緒に、ね?」

 マコに言葉を返しながら、レオンはずっとまっすぐ俺を見ている。
 こんなにアピールされて、何もしないわけにはいかない。というか、俺だってこの機を逃したくはない。

「マコ、彼はたぶん……タチじゃないよ」

 俺はややおさえめな声で、マコに囁きその肩に手を置いた。

「えー? 俺のレーダーはタチだって言ってるけど」

 マコは口を尖らせている。
 このマコのレーダーはかつて俺にも反応したわけだけど、多分好みの男を都合よくタチだと思い込んでるだけの気もする。

「いや、違うと思う」

 俺はきっぱりそう告げた。

「じゃあ、本人に確かめてみようよ」

 マコの言葉に多少不躾だと思いつつも、俺はレオンに尋ねることにした。

「レオンくん、君って、ネコ、だよね?」

 少々遠慮がちに言うと、レオンはその琥珀色の瞳を揺らした。

「うん、そうだよ、慎さん」

 その言葉を聞いて、俺は小さく拳を握り、マコがカウンターの上で項垂れた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

処理中です...