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第一部【牧瀬くんは猫なので】

28.ベンガルの恋心②

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 三毛猫とベンガルと、メイクーン、そしてスフィンクスが、一緒にカウンターに連なっている。
 そんな雰囲気の中、店の扉の鈴が鳴り、誰かの来店を知らせた。
 みんなそちらに顔を向ける。入ってきたのは綺麗なスーツを着た男性だった。年齢は僕らより上に見える。だけど秋山や春日よりは若そうだ。二十代後半くらいだろうか。

「あら、慎さん、いらっしゃい~」

 店員がまた体をくねくねとさせながら、カウンター内を移動した。
 慎と呼ばれた男はネクタイを緩めながら入口近くのカウンター席に座った。コの字型のカウンターのその位置だと、ちょうど僕らから顔が見える。
 慎はやや色素が薄い繊細な顔立ちで、スッと鼻筋が通ったいわゆる美形と言うやつだ。

「ラグドール!」

 僕はずばりそういった。

「ん? なんの話?」

 慎は人当たりの良さそうな柔和な笑顔を浮かべている。

「なんか、この子がみんなを猫に例えてくれててね。アタシはメイクーンだって~」

 店員はそう言った後「慎さん何飲む?」と親しげに尋ねた。慎はビールを頼んだようだ。

「面白い子だね」

 ビールの注がれたグラスを受け取ると、慎は軽く僕らに向けてグラスを持ち上げてから、ぐいとそれを喉に流し込んだ。ネクタイの緩んだ慎の喉元がビールを流し込んでごくりと揺れた。

「てか、久しぶりだね、ケイくん」

 慎が突然僕の隣に視線を向けて、ケイの名前を呼んだ。
 僕がケイを振り返ると、彼は視線を泳がせ「うん、久しぶり」と少し声を吃らせながら答えている。僕の位置からだと薄暗くてもケイの顔が赤らんでいるのが分かった。

「彼、ケイくんのツレ?」

 そう尋ねて、慎は首を小さく傾げた。

「あ、いや、その……友達」

 ケイは一度何か別のことを言おうとしたようだったけど、途中で思い直したようだった。

「そうなんだ? 隣座っていい?」

 今度慎は僕に尋ねてきた。
 僕は頷き、スーツ姿のラグドールのために隣の席のスツールをひいてあげた。

「今日は二人で遊ぶの?」

 グラスを持って移動してきた慎がやや意味深に、ケイに目配せをしてる。

「いや、そのぉ、今日は牧瀬くんの悩み相談を聞いてて」

 僕がなんの話だとケイに顔を向けると、ケイはくっと口元を結んで見せた。さっきの『話合わせて』を思い出して、僕はとりあえず頷いた。
 それにしても、慎が現れてからケイの様子がなんだかおかしい。言葉の歯切れ悪くなり、目があちこち泳いでいて、慎のことをまともに見られないようだ。そのくせ、慎が別のところに顔をむけていると、チラチラと盗み見ている。

「悩み相談って、恋愛関係?」

 慎に顔を覗き込まれて、僕は一瞬固まった。でも、話を合わせなければいけない。なので、また頷いた。

「え~、何それぇ楽しそう! 混ぜて混ぜてぇ」

 そう言って、店員がまたクネクネと身体を揺らした。

「嫌じゃなかったら話してよ。一応君らよりは長く生きてるし、多少アドバイスできるかもよ?」

 慎はそう言って優しく笑んでいる。僕は考えた。
 何か相談できること。しかし、目下僕の悩みといえば吉良くんに関することだけで、相談するとしたらそれを話すしかなかった。

「うわぁ、その男慎さんみたいじゃなーい」

 僕から吉良くんの話を聞いた後、店員がそう言って口元をおさえながら、慎に目配せをしている。それを受けて、慎は少し苦笑いを浮かべていた。
 隣のケイが笑顔を浮かべながらも膝の上でぎゅっと拳を握っている。

「レオンが言うには処女だからいけないんだって、処女めんどくさいらしい」

 僕が言うと、聞いていたみんなが少し驚いたように目を見開いた。

「あんた、だからって適当に捨てようっていうの?」

 店員は眉間に皺を寄せている。
 筋肉質で強そうなので、ちょっと迫力がある。

「捨てる?」
「初めてなのに好きでもない人と、やるつもりかってことだよ」

 ケイが言った。
 僕は言われて初めてそれについて深く考えてみた。
 吉良くんと仲良くなるために、処女じゃなくなると言うことは、誰か別の人としなければいけないと言うことだ。

「俺は、はじめてのこ、嫌じゃないけど?」

 慎がそういうと、僕のスツールの背もたれに片手をおいて体を寄せた。口元に笑みを浮かべて僕の顔を覗き込んでいる。

「俺、優しいよ、ね? ケイくん」

 そう言って視線を上げて慎は僕の向こうに座るケイに声をかけた。
 ケイはびくりと肩を震わせた後、顔を真っ赤にして言葉を濁している。

「どうする? 君がいいなら、この後どう?」

 また僕に視線を戻し慎が尋ねてくる。
 僕が言葉を発しようと口を開いた瞬間、ガタリと椅子をひく音が鳴って、ケイが立ち上がった。

「牧瀬くん、ごめん。俺、帰るね」

 そう言って、ケイは店員にごめんと手を合わせる仕草をした後、そそくさと店の外へ出ていった。声を掛ける隙もなく、僕は取り残されてしまった。

「もう! 慎さん! あんた、ワザとやったでしょ!」

 店員はそう言うと、カウンター越しに慎の肩をペシリと叩いた。
 慎は少し戯けるような、だけど気まずそうな笑みを浮かべている。

「ごめんね、ここ払っとくから、追いかけてあげてくれないかな?」

 慎に言われて僕は頷いた。
 状況がよくわからないけど、ケイは少し様子がおかしい気がした。興奮してうっかり道端で猫になってしまったら、ケイの秘密もバレてしまうかもしれない。
 僕は椅子から立ち上がり、店のドアを開いて外に出た。
 
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