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第一部【牧瀬くんは猫なので】
26.そっちか
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街のコーヒーショップの大きなガラス窓に向かって座るカウンター席。
前に吉良くんに連れてきてもらった時は向かい合って座ってお互いの顔が見られるテーブル席だったけど。忙しなく歩道を行き交う人を眺めるこのカウンター席もなかなか楽しい。
僕はレオンの隣で温かいココアを啜った。
『あー、違うなそれ』
僕の話を聞いたレオンは開口一番そう言った。
人間の姿のレオンはまた髪の色が変わっているし、なんだかピアスの数が増えている。
『それはさ、ツナのこと好きになったわけじゃないよ』
『え? そうなの?』
僕らは今人間の姿だ。だけど、肩を寄せて猫の言葉でこそこそと話している。
ケイに猫バレした件は、レオンにも話していない。
今しているのは吉良くんの話だ。
なんでわざわざ外に出て話しているかと言うと、吉良くんに良い印象を持っていなさそうな春日には聞かれたくない話だからだ。
『でもさ、チュッて、人間は普通好きじゃないとしないでしょ?』
僕が言うと、レオンはチッチと舌を鳴らした。上から目線でものを言う時の、得意げな顔をしている。
『それはな、単に自分の承認欲求満たしてくれる奴が離れてくのが名残惜しだけ。繋ぎ止めようとちょっかい出してるだけだよ。でも責任は取りませんよーって、そういうやつ』
僕はレオンの言葉に口を尖らせ、言葉が見つからないままぐうと唸った。
『言っただろ? 吉良は遊び人だって。遊び人は誰にでもそう言うことすんの』
『レオン、なんでそんなこと知ってんの』
『勉強したからな』
レオンはそう言って、ごそごそと鞄から本を取り出した。
僕は『好きな人を沼らせる!恋愛テクニック50選』と書かれた本をレオンの手から受け取りパラパラとページを捲った。
もちろん人間の言葉で書かれているが、大学の授業よりは難しい漢字や言葉は出てこないので、比較的読みやすそうだ。
『貸してこれ』
『まだ途中だから、読み終わったらな』
ストローでミルクティーを吸いながらレオンは僕の手から本を奪い返した。
『いい加減に吉良のことは諦めて、ほかの子探せば? 合コンにだって可愛い子いたんだろ?』
語尾のトーンを拗ねたように上げながら、レオンが言った。誘わなかったことをまだ少し根に持っているようだ。
『可愛い子がいても関係ないよ。僕は吉良くんがいいんだ』
僕が言うとレオンはやれやれと言うように、息を吐いた。
『ツナってさ、ずっと吉良のこと言ってるけど、なんでそんなにこだわるの? 人間研修始まる前からだったよな? 会ったことあるの?』
レオンのその質問に、僕はありきたりなその理由を話した。
子猫の時に、僕と吉良くんは会っている。吉良君は覚えていなかったけど1年ほど前だ。
何度か同じ場所で会うようになって、吉良くんは僕におやつをくれたり、いろんな言葉をかけてくれたり、時々撫でてくれた。
吉良くんのくれるおやつは甘くて美味しかったし、撫でてくれた手はとても温かく優しかった。僕が悪い人間に虐められそうになっていた時も、吉良くんが庇ってくれたんだ。
だから僕は吉良くんが大好きになったし、どうしてもまた会いたかった。
僕の答えに『そんなのただの猫好きなだけじゃん』と、レオンは呆れたように頬杖をついた。
僕はさっきから、レオンに噛みつきたい衝動を抑えている。レオンだって、前に吉良くんの家に行った直後は『オサシミくれていい奴!』だなんて言ってたくせに、今はすっかり否定的だ。
『ねえ、レオン。その本にさ軽いってどうやればいいか、書いてない?』
『軽い? 軽く見られたいってこと? ツナも遊び人と思われたいの?』
『ん? そう言うことになるの?』
僕が聞くと、レオンはしばらく中空を見つめて『たぶん』と首を捻りながら答えた。
『吉良くんがね、軽い付き合いが良いって言ってたんだ。だから僕がそうすればまた吉良くんと恋人になれると思う』
『なるほどな』と呟きながら、レオンは口元に手を当てて考え込んでいる。
レオンがこの仕草をする時は本当に考えている時と、何も考えていない時があるので、僕は注意深くレオンの様子を伺った。
『まあ、あれだな。他にもいっぱい遊んでる雰囲気を出すことだな』
どうやら、ちゃんと考えている方のレオンだったようだ。
『経験ないのはバレてると思う』
『ツナ、経験ないのか』
『どうせレオンもないでしょ』
『それじゃない? たぶん、処女めんどくせーって思われたんだよ』
『ん、めんどくさいの?』
雄も処女というのかはわからないけど、セックスの経験がないという意味でレオンは言ったのだろう。
『ツナ、人間のオス同士がどうやって交尾するか知らないの?』
『そういえば。僕がセックスだと思ってたこと、違うって吉良くんに言われたな』
そもそも吉良くんと仲良くなりたい、パートナーになりたい、という漠然としたフレーズだけを自分の中で目標に掲げていたせいで、僕は具体的なところをあまり考えていなかったかもしれない。
『ツナどっち?』
『ん? どっちって?』
僕が聞き返すと、レオンが僕の腰のあたりに手を回し、猫の姿であれば尻尾の上あたりの、撫でられるとたまらないところに触れた。
『雄同士はここ使うんだって』
しゅるりと撫でられ、僕は思わず肩を揺らした。周囲の女の子たちがチラチラ僕らを見ている気がする。
そして、レオンのその説明で僕はある程度理解した。雌にはある孔が雄にはないからここを使うってことだ。
『吉良くんは、突っ込まれるのは無理って言ってた』
それは最初に吉良くんの家に行った時に言われたことだ。
『あー、やっぱり、ツナそっちか……そっち大変らしいよ?』
『大変?』
『うん、慣らさないと、痛いし上手くできないんだって』
レオンに言われて僕は気がついた。
そっちとは、つまり突っ込まれる方ということだ。
そして大変ということについて考えてみたけど、吉良くんと喧嘩した時、確かに相当痛かったし違和感があった。
吉良くんはあの時僕とセックスしようとして出来なかったということなのだ。それってやっぱり……
『処女ってめんどくさいのかも……』
『だからそう言ってるだろ?』
納得した様子の僕に、レオンはどこか得意げだった。
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