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第一部【牧瀬くんは猫なので】

23.二日酔い

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 ◇




『むぎゃっ!』

 突然の圧力に僕は眠りから覚めた。
 息苦しさと圧迫感で顔の上に何か乗っているのだと理解した。
 口の中に毛が入る。
 僕は頭の上に乗ったレオンのお尻に猫パンチを喰らわせた。

『まぁた門限破りらしいじゃないか、ゴウコンなんて楽しそうなところに、俺を誘わないからだぞ?』

 レオンは僕の上から退くと、しっぽをぶんぶん振りながらフンと鼻から息を吐いた。
 目覚めてから気がついたけど、僕はひどい状態だった。喉はカラカラだし、頭はなんだかズキズキする。体調が悪いせいか体の毛はなんだかボアボアしているし、目ヤニでまともに目が開かなかった。
 ヨタヨタと起き上がり、僕は吸水機で水を啜った。その後で部屋の中を見渡すと、昨日僕が着ていた服と荷物が部屋の隅に置かれている。秋山が持ち帰ってきてくれたものだ。
 レオンの言う通り、僕はまた門限破りの失敗をしてしまった。だけど、秋山は昨日僕にお説教をすることはせず、僕を部屋に連れてくると、早く寝ろと寝床に放り投げた。

『それにしても、昨日の秋山面白かったな。お前がぜんぜん帰ってこないからって、コロコロ握ったまま家中うろうろしてさ。春日がGPS辿ればって言ったら、一目散に飛び出して行ったんだ』

 僕はレオンの話を聞きながら、ゴシゴシと目元を擦った。そうしたら、やっとちゃんと目が開くようになった。

『あとで謝っとけよ、心配かけてごめんって。春日は……ちょっとわかんないけど、秋山は相当心配してたぞ』
『うん』

 僕はレオンの言葉に素直に頷いた。
 昨日の秋山を思い出す。
 僕の前に現れた秋山は、肩ではあはあ息をしていたし、鼻を体にくっつけたときに汗ばんだ匂いがした。きっと僕を探して走ったのだろう。

『俺も心配したんだからな』

 そう言ってレオンが尻尾でペシリと僕のお尻を叩いた。

『うん、ごめんね、レオン』

 僕は横柄だけど優しい従兄弟の耳の裏をペロペロと舌で舐めてやった。
 少し頭の痛みが落ち着いてきたところで、僕は昨日背負っていた自分の荷物の中身を漁った。
 最初の設定を間違えて、スマホ顔認証は猫の時のままになっている。
 猫の姿のまま、僕がロックを外すと、メッセージの受信を知らせるマークが表示された。
 昨日ゴウコンをした吉良くんの友達からのお礼メッセージ。
 IDを交換した女の子からの遊びの誘い。
 莉央と河本とのグループラインには、河本が飼っているほっぺがまんまるのオカメインコの動画が送られてきている。
 でも、吉良くんからのメッセージはなかった。
 マタタビ状態だったとは言え、昨日猫の僕に手を差し出したのは吉良くんだった。
 あの女の子とは、吉良くんの望む軽い付き合いをしているんだろうか。

『あれ?』

 荷物を漁りながら、僕はがないことに気がついた。
 中身を全部引っ張り出して、リュックの中に潜り込んだがやはりない。そもそも僕はあれをリュックには入れてなかった。大事に手で抱えていたのだ。だけど、僕はそれをいつから持っていなかったのか思い出せない。
 自販機でうずくまっていたときには持っていただろうか。

『どうした、ツナ? そんなに耳寝かせちゃって』

 レオンが動揺する僕の様子に気がついたようだ。

『どうしよう、レオン!』

 僕はあせってレオンに飛びつく。

『なんだよ! どうした⁈』
『なくしちゃった!』
『いったい何を??』
『靴……無くした……』
『靴? 履いてた靴なら玄関だろ?』
『違う!』

 僕は首を振った。

『吉良くんに選んでもらったボルダリングシューズ!』





 茂みの中をいくら探しても見当たらない。
 僕は人間の姿になり、昨日夜に通った道を、明るい昼間の時間にたどっている。

「もう諦めろよー、ゴミと間違えられて持ってかれちゃったんだってきっと」

 狼狽しながら牧瀬家を出て行こうとした僕を心配して、同じく人間の姿になったレオンがついてきてくれている。
 だけど、レオンは一応周りはきょろきょろ見渡すものの、小一時間探しても見つからないこの状況にすでに諦めムードのようだ。

「いいよ、レオンは帰りな。僕はもうちょっと探す」

 昨日秋山に保護されたあたりの茂みを掻き分けながら、僕はレオンの方を見ずにそう言った。ここを探すのは五度目だ。

「おまえな、昨日変な奴に連れてかれそうになったんだろ? また会ったらどうすんだよ」

 レオンはため息混じりに僕の背中にそう言った。
 振り返るとレオンはズボンのポケットに親指を掛けて、まるで人間みたいにだらしなく立っている。
 僕はツンと口を尖らせて、鼻から息を吐いた。

「別に平気、昨日はお酒飲んで、ちょっとふらふらしてたから上手く立ち回れなかったけど、もう大丈夫」

 僕はぶっきらぼうにそう告げると、また目の前の茂みに向き直って、植栽をガサガサと掻き分けた。

「ほーん、じゃ、俺帰るね」

 背後でレオンの声がする。
 僕はぐっと詰まりかけた喉を抑えた。数秒置いて、振り返る。レオンはまだそこにいた。

「帰っちゃうの?」

 僕が尋ねると、レオンはまたため息をついた。

「夕焼けチャイムが鳴るまでな、鳴ったらラーメン食べ行こう」
「うん、わかった」

 結局、チャイムが鳴って、日が暮れるまで粘ったけど、シューズはどこにも見つからなかった。
 僕とレオンは、そのままお店でラーメンを食べて、とぼとぼと牧瀬家へと帰った。


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