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第一部【牧瀬くんは猫なので】
19.オシタリ! ヒイタリ!
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◇
週明けになって、僕は大学へ行った。
講義が始まるより少し早めの時間だったけど、僕は莉央と河本がもういる気がして講義室に向かった。
思った通り、2人はこの講義を受ける時の定位置となりつつある前方の隅の方の席に並んで座っていた。莉央の隣にカバンを一つ置いていて、僕の席を取ってくれている。
僕は後方のドアから2人の背中に近寄った。
「嘘でしょ⁉︎ どうしたの⁉︎」
だいぶ良くなってきたけど、僕の口元にはまだ傷が残っていて、痣は時間が経って治りかけなせいか少し変な色になっている。
僕の顔が好きだと言っていた莉央は、すぐに僕の頬に残った傷に気がついたようだ。
莉央は荷物をどかして僕の手を引き、隣に座らせると、不安げに僕の傷の様子を伺っている。
「殴られたのか? 誰かに絡まれた?」
河本も心配そうに莉央の向こうから僕の様子を覗き込んできた。
僕は河本の言葉に首を横に振った。
「吉良くんと喧嘩した」
「はっ⁉︎ これ、吉良がやったの⁈」
いつも可愛い莉央の顔が、ギュッと眉を寄せて目を釣り上げた。口元が歪んでいる。僕は莉央のその表情に驚いて、次の言葉を失った。
「あいつ、みんなの王子に何してくれとんじゃ、許せんっ!」
莉央は聞いたことないほど低い声でそう言った。喋り方はまるで男の人みたいだ。
僕は胸元で拳を握った莉央を見て、吉良くんの身の安全が心配になり、慌ててことの次第を説明した。
「えっと、つまりそれって、ツナくんと吉良って付き合ってたってこと?」
莉央が辿々しかった僕の説明を確認するようにそう言った。
「うん、そう、お試しだった!」
僕は莉央の言葉にそう言って頷いた。
「そんで、一週間でフラれたのか」
と、河本。
「ゴホンッ」
「イテッ!」
莉央の咳払いと同時に、莉央の肘が河本の腹に食い込んだ。
「僕、フラれたの?」
僕が尋ねると、莉央は眉を下げた。
「フラれたって言うか……まあ、そうだね…そう言うことになっちゃうか……」
僕はある日の秋山を思い出した。
秋山は教卓の前でチョークを握り、黒板に矢印を描いていった。その矢印が一方通行だと、向けている方は思いを告げてもフラれてしまう。
矢印を向けているのが僕で、吉良くんからは何も返ってこない、それが今の現状だ。
「ツナくん……大丈夫?」
一瞬放心していた僕を心配するように顔を覗き込んだ莉央の声が呼び戻した。
「うん、大丈夫」
僕は座り直し、鞄から授業で使う資料を取り出し机に並べた。
「フラれたけど、嫌いは言われてない、だから大丈夫」
「すげぇポジティブ……!」
河本がメガネを直しながら声を上げた。
「僕のこと、アホだけどかわっ…あれ? アホで、アホなのに……アホだから、んっと……とにかく、可愛いって言ってたから大丈夫!」
「うわぁ、フッた相手に可愛いって言うのとか……吉良のやつ……」
莉央が両手で顔を覆って机に肘をついた。
それがなんだか嘆いているように見えたので、僕は莉央のその背中をさすってあげた。
「ねぇ、莉央、河本、軽いってどうやるの?」
「え?」
「ん? なにそれ?」
「吉良くんが、軽いのが良いって! 僕もできるって言ったんだけど、お前には無理って言われた」
「「あー……(察し)」」
「無理じゃないと思うんだよね、僕って器用な方だし」
「「う、うーん……(ソウカナ?)」」
あ、う、しか言わなくなった二人に、僕はどうしたのかと顔を向けて首を傾げた。
「ちなみにさ、牧瀬は吉良を諦めるって選択肢はないのか?」
「む? 諦めるの、なんで?」
河本がまた変なことを言ったので、僕は問い返した。
「え、だって、一回付き合って無理ってなったんだろ?」
「うん」
「普通は自信無くして諦めたりとか、他の人好きになろうとか、そういうふうに気持ち切り替えてくものじゃないのか?」
「うーん?」
河本の言っている意味が、やっぱり僕にはわからなかった。
「なんで、切り替えるの? 他の人?」
僕は首を振って、理解できないと示して見せる。
「いや、だから……」
「まあ、いいじゃん!」
何か言葉を続けようとしていた河本を莉央が明るい調子で遮った。
「正直さ、私から言わせてもらうと一週間でも吉良が誰かと付き合ったってのがなかなかの奇跡だと思うのよ」
「まあ、確かに……あいつしばらくそういうの避けてたしな」
莉央と河本は吉良くんと同じ高校だと言っていた。きっと今二人はその頃からの吉良くんのことを言っているのだろう。
「でしょ? てことはさ、ツナくんのことけっこう気に入ってたってことじゃない?」
「うーん、まあ、そうなるか」
「なるよ!」
莉央はそういうと、その手で僕の両手を握り胸元に持ち上げた。
「ツナくん、こっからは駆け引きが大事! 吉良はああ見えて寂しがりやで、そこが可愛いだなんて女の子に言わせちゃうタイプだよ? そのくせ、近づきすぎると逃げっちゃうからもう本当めんどくさくて、変なやつで、何回あいつがフッた子慰めたんだか、もう数え切れないっての、ほんとなんなのあいつ、まじで今度バイト代請求してやろうかな……」
「おい、莉央、話の趣旨がズレてる」
「おっ、ごめん」
咳払いをして、莉央は続けた。
「とにかく、駆け引きだよ! 推したり引いたりして、吉良の気持ちを揺さぶるのよ」
「オシタリ、ヒイタリ……!」
まるで魔法の言葉みたいだ。僕の目の前に光明がさした。
「どうやるの⁈ オシタリ! ヒイタリ!」
「まずね、ツナくんは今まで吉良のこと好き好き~って本人にも言ってたでしょ?」
「うん、言った!」
「それを我慢して」
「えっ⁈ がまん⁈」
「それから、吉良がいても、嬉しそうに話しかけるのは無し、ちょっと素っ気ないくらいにするの」
「ソッケナイ……ま、まって! 書く!」
僕は慌ててノートとペンを取り出して、そこに莉央が言った「オシタリ、ヒイタリ」「ソッケナイ」を書き出した。
「まずは、そこからね。別に無視する必要はないから、あくまでクールにちょっとだけ素っ気なくだよ? わかった?」
「うん! わかった!」
僕の答えを聞いて、莉央は得意げだ。
だけと、その向こうで河本が少しだけ不安げな表情を浮かべていた。
週明けになって、僕は大学へ行った。
講義が始まるより少し早めの時間だったけど、僕は莉央と河本がもういる気がして講義室に向かった。
思った通り、2人はこの講義を受ける時の定位置となりつつある前方の隅の方の席に並んで座っていた。莉央の隣にカバンを一つ置いていて、僕の席を取ってくれている。
僕は後方のドアから2人の背中に近寄った。
「嘘でしょ⁉︎ どうしたの⁉︎」
だいぶ良くなってきたけど、僕の口元にはまだ傷が残っていて、痣は時間が経って治りかけなせいか少し変な色になっている。
僕の顔が好きだと言っていた莉央は、すぐに僕の頬に残った傷に気がついたようだ。
莉央は荷物をどかして僕の手を引き、隣に座らせると、不安げに僕の傷の様子を伺っている。
「殴られたのか? 誰かに絡まれた?」
河本も心配そうに莉央の向こうから僕の様子を覗き込んできた。
僕は河本の言葉に首を横に振った。
「吉良くんと喧嘩した」
「はっ⁉︎ これ、吉良がやったの⁈」
いつも可愛い莉央の顔が、ギュッと眉を寄せて目を釣り上げた。口元が歪んでいる。僕は莉央のその表情に驚いて、次の言葉を失った。
「あいつ、みんなの王子に何してくれとんじゃ、許せんっ!」
莉央は聞いたことないほど低い声でそう言った。喋り方はまるで男の人みたいだ。
僕は胸元で拳を握った莉央を見て、吉良くんの身の安全が心配になり、慌ててことの次第を説明した。
「えっと、つまりそれって、ツナくんと吉良って付き合ってたってこと?」
莉央が辿々しかった僕の説明を確認するようにそう言った。
「うん、そう、お試しだった!」
僕は莉央の言葉にそう言って頷いた。
「そんで、一週間でフラれたのか」
と、河本。
「ゴホンッ」
「イテッ!」
莉央の咳払いと同時に、莉央の肘が河本の腹に食い込んだ。
「僕、フラれたの?」
僕が尋ねると、莉央は眉を下げた。
「フラれたって言うか……まあ、そうだね…そう言うことになっちゃうか……」
僕はある日の秋山を思い出した。
秋山は教卓の前でチョークを握り、黒板に矢印を描いていった。その矢印が一方通行だと、向けている方は思いを告げてもフラれてしまう。
矢印を向けているのが僕で、吉良くんからは何も返ってこない、それが今の現状だ。
「ツナくん……大丈夫?」
一瞬放心していた僕を心配するように顔を覗き込んだ莉央の声が呼び戻した。
「うん、大丈夫」
僕は座り直し、鞄から授業で使う資料を取り出し机に並べた。
「フラれたけど、嫌いは言われてない、だから大丈夫」
「すげぇポジティブ……!」
河本がメガネを直しながら声を上げた。
「僕のこと、アホだけどかわっ…あれ? アホで、アホなのに……アホだから、んっと……とにかく、可愛いって言ってたから大丈夫!」
「うわぁ、フッた相手に可愛いって言うのとか……吉良のやつ……」
莉央が両手で顔を覆って机に肘をついた。
それがなんだか嘆いているように見えたので、僕は莉央のその背中をさすってあげた。
「ねぇ、莉央、河本、軽いってどうやるの?」
「え?」
「ん? なにそれ?」
「吉良くんが、軽いのが良いって! 僕もできるって言ったんだけど、お前には無理って言われた」
「「あー……(察し)」」
「無理じゃないと思うんだよね、僕って器用な方だし」
「「う、うーん……(ソウカナ?)」」
あ、う、しか言わなくなった二人に、僕はどうしたのかと顔を向けて首を傾げた。
「ちなみにさ、牧瀬は吉良を諦めるって選択肢はないのか?」
「む? 諦めるの、なんで?」
河本がまた変なことを言ったので、僕は問い返した。
「え、だって、一回付き合って無理ってなったんだろ?」
「うん」
「普通は自信無くして諦めたりとか、他の人好きになろうとか、そういうふうに気持ち切り替えてくものじゃないのか?」
「うーん?」
河本の言っている意味が、やっぱり僕にはわからなかった。
「なんで、切り替えるの? 他の人?」
僕は首を振って、理解できないと示して見せる。
「いや、だから……」
「まあ、いいじゃん!」
何か言葉を続けようとしていた河本を莉央が明るい調子で遮った。
「正直さ、私から言わせてもらうと一週間でも吉良が誰かと付き合ったってのがなかなかの奇跡だと思うのよ」
「まあ、確かに……あいつしばらくそういうの避けてたしな」
莉央と河本は吉良くんと同じ高校だと言っていた。きっと今二人はその頃からの吉良くんのことを言っているのだろう。
「でしょ? てことはさ、ツナくんのことけっこう気に入ってたってことじゃない?」
「うーん、まあ、そうなるか」
「なるよ!」
莉央はそういうと、その手で僕の両手を握り胸元に持ち上げた。
「ツナくん、こっからは駆け引きが大事! 吉良はああ見えて寂しがりやで、そこが可愛いだなんて女の子に言わせちゃうタイプだよ? そのくせ、近づきすぎると逃げっちゃうからもう本当めんどくさくて、変なやつで、何回あいつがフッた子慰めたんだか、もう数え切れないっての、ほんとなんなのあいつ、まじで今度バイト代請求してやろうかな……」
「おい、莉央、話の趣旨がズレてる」
「おっ、ごめん」
咳払いをして、莉央は続けた。
「とにかく、駆け引きだよ! 推したり引いたりして、吉良の気持ちを揺さぶるのよ」
「オシタリ、ヒイタリ……!」
まるで魔法の言葉みたいだ。僕の目の前に光明がさした。
「どうやるの⁈ オシタリ! ヒイタリ!」
「まずね、ツナくんは今まで吉良のこと好き好き~って本人にも言ってたでしょ?」
「うん、言った!」
「それを我慢して」
「えっ⁈ がまん⁈」
「それから、吉良がいても、嬉しそうに話しかけるのは無し、ちょっと素っ気ないくらいにするの」
「ソッケナイ……ま、まって! 書く!」
僕は慌ててノートとペンを取り出して、そこに莉央が言った「オシタリ、ヒイタリ」「ソッケナイ」を書き出した。
「まずは、そこからね。別に無視する必要はないから、あくまでクールにちょっとだけ素っ気なくだよ? わかった?」
「うん! わかった!」
僕の答えを聞いて、莉央は得意げだ。
だけと、その向こうで河本が少しだけ不安げな表情を浮かべていた。
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