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第一部【牧瀬くんは猫なので】

9.王子が二人

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 ◇




 僕は吉良くん目当てでサークルに入ったから、ボルダリングが何なのか、河本に教えてもらうまでよくわからなかった。
 要は壁を登る遊びらしくて、それなら僕はたぶん得意だ。なんてたって猫だからね!
 週末、レオンと一緒に大学から数駅離れた場所にあるボルダリングジムを訪れた。
 中に入ると色とりどりの石が埋め込まれた壁が幾つも並んでいる。この前の飲み会よりはだいぶ人数が少なかったけど、見覚えのあるサークルメンバーと莉央や河本もすでに来ていた。
 僕が入り口付近できょろきょろと吉良くんを探していたら、莉央と河本がこちらに気づいて近づいてきた。

「ひぃっ! 牧瀬くんの従兄弟って、このお方?」

 莉央が変な声をあげて、胸元に手を当てながら僕の隣のレオンを見上げた。
 レオンは僕の従兄弟だけあって、人間になった時の姿も僕と少し似ているらしい。
 だけど人間界の研修先として美容師の専門学校を選んだレオンの髪は、なんだか生意気そうなウェーブがかかって、耳にはいつの間にやらいっぱい飾りが付いている。そして、悔しいけどレオンの方が背が高くてちょっとばかし体格がいい。だから似てるとはいえ、僕とレオンを見間違えるような人間はいなかった。

「そう、レオン、いとこ!」

 僕がレオンを紹介すると、いつのまにか女の子たちが集まってきた。

「え、牧瀬くんの従兄弟なの?」
「すごい……この遺伝子すごいっ……!」
「王子が2人に増えた!」

 レオンは女の子に囲まれて上機嫌だ。

「名前なんて言うの?」
「レオンだよ」
「えー、名前もかっこいいね! めっちゃイケメン」
「ありがとう、みんなも、かわいい!」
「キャー❤︎」

 レオンはどう考えても吉良くんにガツンと言いにきた顔ではないが、とりあえず楽しそうだからいいか。
 僕はレオンを放っておくことにして、ジムの中を見渡しながら吉良くんの姿を探していた。
 するとその様子に気がついた莉央が僕の肩を叩いて、「吉良ならあそこだよ」と少し離れた場所を指差した。
 そこには他のサークルのメンバーに見られながら、壁に向かってカラフルな石に手を掛けている吉良くんの背中があった。
 吉良くんは僕が来たことに気がついていないようだった。もっと近くで吉良くんを見たくて、僕はそこに歩み寄った。
 吉良くんが力を入れると、Tシャツの袖からのぞいた腕の筋肉が筋張って浮かび上がる。ぐっと石を踏みつける脹脛ふくらはぎもその形を浮かび上がらせていた。背中を見ているだけなのに、吉良くんがかっこよくて、僕はその場に立ち尽くして見惚れていた。
 いつのまにかゴールに辿り着いたらしい吉良くんが、手を離した地面に降り立った。手についた白い粉を叩きながら、笑顔を作って近くにいたサークルメンバーに顔を上げた後、僕の姿に気づいたらしく、ぱちりとその目が瞬きをした。

「よお、来てたのか」

 吉良くんが言うと、近くにいた数名の他のメンバーもこちらを振り返った。どうやらみんなも今僕が居ることに気がついたみたいで、「やあ」とか「おっす」とかそんな感じで挨拶の言葉を掛けてくる。

「吉良くん、すごいね! カッコよかった」

 僕が言うと、吉良くんは「だろ」と少し戯けて見せた。

「おまえはやんねぇの?」

 他のメンバーが登るのを僕が見上げていると、吉良くんがそんなふうに尋ねてきた。

「やったことない」

 僕が言うと「あー、なるほど」と吉良くんが呟いた。その後で吉良くんはあたりを見回し、河本を見つけると「こっち」と僕に手招きをした。
 
「河本、牧瀬やったことないんだと。教えてやってくんない?」

 吉良くんは僕を河本の前まで連れてくるとそう言った。

「うん、今、ちょうどレオンくんにも教えるとこだったから一緒にやろう」

 河本は頷いた。
 いつのまにかレオンは壁の前でスタンバイして、その隣の莉央から何か説明を受けている。

「レオン?」

 吉良くんがレオンの方へと顔を向けた。

「牧瀬の従兄弟だってさ」

 僕に変わって河本がそう説明をした。
 



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