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第一部【牧瀬くんは猫なので】
6.門限破り
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◇
「さぁさぁ、聞いてやろうじゃねえか言い訳ってやつをよ!」
僕は人間の姿のまま玄関に正座させられ、その前を右に左に秋山が腰に手を当て行き来している。
正面に見える二階に続く階段の踊り場には、こっそりとこちらの様子を伺い顔を覗かせる他の三毛猫たちがいた。
「吉良くんと仲良くしてたら遅くなった」
僕が膝に手を置きそう言うと、秋山は眉をぴくりと揺らして立ち止まった。
「仲良くだ? こんなに酒臭くて、まさか酔っ払って猫だってバレちゃいねぇだろうな?」
酒臭いのは服に溢したからだ。僕は間違えて口に入れたアレ以外は飲んでいない。
だけど「猫だとバレちゃいねぇだろうな?」の問いに、僕の喉は微かにぐうと音を鳴らした。
――一応確認だけど……お前、ネコだよな?
吉良くんの言葉が頭に浮かんだ。
だけど、大丈夫だ。なんとか誤魔化せたはず。
「バレてない。だいじょぶ」
僕は強く頷いて見せた。
「本当だろうな? わかってるだろうが、もし無闇にバレたら危険なのはお前だけじゃない。他の猫たちも危ない目に遭うかもしれねんだからな?」
他の猫たちと言うところで、秋山はがばりと手を上げ背後の階段で覗き見している猫たちの方を指し示した。秋山の位置からは死角になって見えないはずなのに……猫たちは驚いてびくりと背中の毛を逆立てている。
「わかってる。嘘ついてない」
うん、嘘はついてない。
僕は言いながらもう一度強く頷いた。
秋山は一歩僕に詰め寄り、ずいと顔を近づけて睨むように目を合わせた後、フンと鼻から息を吐いた。
「わかった、それは信じてやろう」
そう言ってまた元の位置にもどっていく。
良かった許してもらえた。これで今夜はもう寝られる。と僕が胸を撫で下ろした時だった。
「ただし、門限破りは門限破りだ。お前には罰を与えるぞ」
「にゃんだって⁈」
僕は声を上げて立ち上がる。
「この土日は外出禁止。そして一週間チューリュなしだ!」
「そ……そんな……」
僕は膝から崩れ落ちた。
階段の上から、僕の様子を見ていた三毛猫たちの声がする。
『秋山、厳しすぎるよ』
『そうだ、そうだ、チューリュなしはやりすぎだ』
『この人でなし!』
『短足!』
『おこりんぼ!』
「短足言ったやつ誰だ! 出てこい!」
秋山が声を荒げると、三毛猫たちの声がぴたりとやんだ。
『まったく、迂闊なヤツだなお前は。門限遅れるなんて初歩的なミスだぞ』
慰めにきたと思ったら、レオンは猫の姿で僕の寝床に潜り込むなりそう言った。
ぎゅうぎゅう寄り添いながら、同じく猫の姿の僕の体に顎を乗せて、顔をゴシゴシ擦っている。
レオンは僕の従兄弟だ。同じ三毛猫の雄で、僕と同じように人間になるための訓練中。
小さい頃からよく一緒にいるせいか、レオンは僕に対して無遠慮な物言いをする。
『ほんで? 吉良ってやつとはどうだったんだ?』
レオンに聞かれて僕は吉良くんとの出来事を思い出してガバリと頭を上げて体を起こした。
僕の上に乗っかっていたレオンはそのせいでクッションの上に背中から転がった。
『すごいよ! 家行った!』
『ほお! そんで?』
『そんで、鼻をくっつけた!』
『ふんふん、そんで?』
『あと、口も、くっつけた!』
『うわぉ! そんでそんで?』
『そんで……』
僕はその後のことを思い出し、ちょっとばかし恥ずかしくなってしまう。
この部屋には僕とレオンしかいないけど、レオンの耳にそっと口を近づけて、ごにょごにょと小さな声で昨日の吉良くんとの出来事を説明した。
『まぁじっ! ツナ、やるじゃんか!』
『へへっ、僕もびっくりしたけど、仲良くなっちゃった』
『すごいすごい! そんでそんで⁈』
『そんで……そんで?』
次の言葉を期待しているのか、目を輝かせたレオンに、僕は二回ほど瞬きをした。
『それで、終わりだよ?』
『は?』
レオンがぎゅっと目を細めて片方の口の端だけ持ち上げたので、白いお髭が斜めに揺れた。
『その後があるだろ? 付き合うとか、恋人になるとか、結婚するとか!』
レオンは少し強い言葉尻に合わせて、尻尾でパタパタとクッションを叩いた。
『なってない、恋人……結婚するかどうかも、聞いてない!!』
僕は大事なことを忘れていたみたいだ。レオンにそのことを気付かされ、焦った僕の背中の毛がぼわりと膨らんだ。
『はぁーあ、まあ、ツナらしいっちゃらしいけどさぁ』
『どーしよ! レオン!』
『どうしようもなにも、その吉良ってやつにもう一回会って聞くしかないだろ』
『結婚しますかって?』
『おうよ』
そうか、レオンの言う通り、今日は帰りに慌てて聞きそびれてしまったけど、ちゃんと次に会った時に聞けば大丈夫だ。
あんなに仲良くしたんだし、僕はきっと吉良くんとパートナーになれるはずだ。
「さぁさぁ、聞いてやろうじゃねえか言い訳ってやつをよ!」
僕は人間の姿のまま玄関に正座させられ、その前を右に左に秋山が腰に手を当て行き来している。
正面に見える二階に続く階段の踊り場には、こっそりとこちらの様子を伺い顔を覗かせる他の三毛猫たちがいた。
「吉良くんと仲良くしてたら遅くなった」
僕が膝に手を置きそう言うと、秋山は眉をぴくりと揺らして立ち止まった。
「仲良くだ? こんなに酒臭くて、まさか酔っ払って猫だってバレちゃいねぇだろうな?」
酒臭いのは服に溢したからだ。僕は間違えて口に入れたアレ以外は飲んでいない。
だけど「猫だとバレちゃいねぇだろうな?」の問いに、僕の喉は微かにぐうと音を鳴らした。
――一応確認だけど……お前、ネコだよな?
吉良くんの言葉が頭に浮かんだ。
だけど、大丈夫だ。なんとか誤魔化せたはず。
「バレてない。だいじょぶ」
僕は強く頷いて見せた。
「本当だろうな? わかってるだろうが、もし無闇にバレたら危険なのはお前だけじゃない。他の猫たちも危ない目に遭うかもしれねんだからな?」
他の猫たちと言うところで、秋山はがばりと手を上げ背後の階段で覗き見している猫たちの方を指し示した。秋山の位置からは死角になって見えないはずなのに……猫たちは驚いてびくりと背中の毛を逆立てている。
「わかってる。嘘ついてない」
うん、嘘はついてない。
僕は言いながらもう一度強く頷いた。
秋山は一歩僕に詰め寄り、ずいと顔を近づけて睨むように目を合わせた後、フンと鼻から息を吐いた。
「わかった、それは信じてやろう」
そう言ってまた元の位置にもどっていく。
良かった許してもらえた。これで今夜はもう寝られる。と僕が胸を撫で下ろした時だった。
「ただし、門限破りは門限破りだ。お前には罰を与えるぞ」
「にゃんだって⁈」
僕は声を上げて立ち上がる。
「この土日は外出禁止。そして一週間チューリュなしだ!」
「そ……そんな……」
僕は膝から崩れ落ちた。
階段の上から、僕の様子を見ていた三毛猫たちの声がする。
『秋山、厳しすぎるよ』
『そうだ、そうだ、チューリュなしはやりすぎだ』
『この人でなし!』
『短足!』
『おこりんぼ!』
「短足言ったやつ誰だ! 出てこい!」
秋山が声を荒げると、三毛猫たちの声がぴたりとやんだ。
『まったく、迂闊なヤツだなお前は。門限遅れるなんて初歩的なミスだぞ』
慰めにきたと思ったら、レオンは猫の姿で僕の寝床に潜り込むなりそう言った。
ぎゅうぎゅう寄り添いながら、同じく猫の姿の僕の体に顎を乗せて、顔をゴシゴシ擦っている。
レオンは僕の従兄弟だ。同じ三毛猫の雄で、僕と同じように人間になるための訓練中。
小さい頃からよく一緒にいるせいか、レオンは僕に対して無遠慮な物言いをする。
『ほんで? 吉良ってやつとはどうだったんだ?』
レオンに聞かれて僕は吉良くんとの出来事を思い出してガバリと頭を上げて体を起こした。
僕の上に乗っかっていたレオンはそのせいでクッションの上に背中から転がった。
『すごいよ! 家行った!』
『ほお! そんで?』
『そんで、鼻をくっつけた!』
『ふんふん、そんで?』
『あと、口も、くっつけた!』
『うわぉ! そんでそんで?』
『そんで……』
僕はその後のことを思い出し、ちょっとばかし恥ずかしくなってしまう。
この部屋には僕とレオンしかいないけど、レオンの耳にそっと口を近づけて、ごにょごにょと小さな声で昨日の吉良くんとの出来事を説明した。
『まぁじっ! ツナ、やるじゃんか!』
『へへっ、僕もびっくりしたけど、仲良くなっちゃった』
『すごいすごい! そんでそんで⁈』
『そんで……そんで?』
次の言葉を期待しているのか、目を輝かせたレオンに、僕は二回ほど瞬きをした。
『それで、終わりだよ?』
『は?』
レオンがぎゅっと目を細めて片方の口の端だけ持ち上げたので、白いお髭が斜めに揺れた。
『その後があるだろ? 付き合うとか、恋人になるとか、結婚するとか!』
レオンは少し強い言葉尻に合わせて、尻尾でパタパタとクッションを叩いた。
『なってない、恋人……結婚するかどうかも、聞いてない!!』
僕は大事なことを忘れていたみたいだ。レオンにそのことを気付かされ、焦った僕の背中の毛がぼわりと膨らんだ。
『はぁーあ、まあ、ツナらしいっちゃらしいけどさぁ』
『どーしよ! レオン!』
『どうしようもなにも、その吉良ってやつにもう一回会って聞くしかないだろ』
『結婚しますかって?』
『おうよ』
そうか、レオンの言う通り、今日は帰りに慌てて聞きそびれてしまったけど、ちゃんと次に会った時に聞けば大丈夫だ。
あんなに仲良くしたんだし、僕はきっと吉良くんとパートナーになれるはずだ。
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