上 下
6 / 77
第一部【牧瀬くんは猫なので】

6.門限破り

しおりを挟む






「さぁさぁ、聞いてやろうじゃねえか言い訳ってやつをよ!」

 僕は人間の姿のまま玄関に正座させられ、その前を右に左に秋山が腰に手を当て行き来している。
 正面に見える二階に続く階段の踊り場には、こっそりとこちらの様子を伺い顔を覗かせる他の三毛猫たちがいた。

「吉良くんと仲良くしてたら遅くなった」

 僕が膝に手を置きそう言うと、秋山は眉をぴくりと揺らして立ち止まった。

「仲良くだ? こんなに酒臭くて、まさか酔っ払って猫だってバレちゃいねぇだろうな?」

 酒臭いのは服に溢したからだ。僕は間違えて口に入れたアレ以外は飲んでいない。
 だけど「猫だとバレちゃいねぇだろうな?」の問いに、僕の喉は微かにぐうと音を鳴らした。

 ――一応確認だけど……お前、ネコだよな?

 吉良くんの言葉が頭に浮かんだ。
 だけど、大丈夫だ。なんとか誤魔化せたはず。

「バレてない。だいじょぶ」

 僕は強く頷いて見せた。

「本当だろうな? わかってるだろうが、もし無闇にバレたら危険なのはお前だけじゃない。他の猫たちも危ない目に遭うかもしれねんだからな?」

 他の猫たちと言うところで、秋山はがばりと手を上げ背後の階段で覗き見している猫たちの方を指し示した。秋山の位置からは死角になって見えないはずなのに……猫たちは驚いてびくりと背中の毛を逆立てている。

「わかってる。嘘ついてない」

 うん、嘘はついてない。
 僕は言いながらもう一度強く頷いた。
 秋山は一歩僕に詰め寄り、ずいと顔を近づけて睨むように目を合わせた後、フンと鼻から息を吐いた。

「わかった、それは信じてやろう」

 そう言ってまた元の位置にもどっていく。
 良かった許してもらえた。これで今夜はもう寝られる。と僕が胸を撫で下ろした時だった。

「ただし、門限破りは門限破りだ。お前には罰を与えるぞ」
「にゃんだって⁈」

 僕は声を上げて立ち上がる。

「この土日は外出禁止。そして一週間チューリュなしだ!」
「そ……そんな……」

 僕は膝から崩れ落ちた。
 階段の上から、僕の様子を見ていた三毛猫たちの声がする。

『秋山、厳しすぎるよ』
『そうだ、そうだ、チューリュなしはやりすぎだ』
『この人でなし!』
『短足!』
『おこりんぼ!』
「短足言ったやつ誰だ! 出てこい!」

 秋山が声を荒げると、三毛猫たちの声がぴたりとやんだ。





『まったく、迂闊なヤツだなお前は。門限遅れるなんて初歩的なミスだぞ』

 慰めにきたと思ったら、レオンは猫の姿で僕の寝床に潜り込むなりそう言った。
 ぎゅうぎゅう寄り添いながら、同じく猫の姿の僕の体に顎を乗せて、顔をゴシゴシ擦っている。
 レオンは僕の従兄弟だ。同じ三毛猫の雄で、僕と同じように人間になるための訓練中。
 小さい頃からよく一緒にいるせいか、レオンは僕に対して無遠慮な物言いをする。

『ほんで? 吉良ってやつとはどうだったんだ?』

 レオンに聞かれて僕は吉良くんとの出来事を思い出してガバリと頭を上げて体を起こした。
 僕の上に乗っかっていたレオンはそのせいでクッションの上に背中から転がった。

『すごいよ! 家行った!』
『ほお! そんで?』
『そんで、鼻をくっつけた!』
『ふんふん、そんで?』
『あと、口も、くっつけた!』
『うわぉ! そんでそんで?』
『そんで……』

 僕はその後のことを思い出し、ちょっとばかし恥ずかしくなってしまう。
 この部屋には僕とレオンしかいないけど、レオンの耳にそっと口を近づけて、ごにょごにょと小さな声で昨日の吉良くんとの出来事を説明した。

『まぁじっ! ツナ、やるじゃんか!』
『へへっ、僕もびっくりしたけど、仲良くなっちゃった』
『すごいすごい! そんでそんで⁈』
『そんで……そんで?』

 次の言葉を期待しているのか、目を輝かせたレオンに、僕は二回ほど瞬きをした。

『それで、終わりだよ?』
『は?』

 レオンがぎゅっと目を細めて片方の口の端だけ持ち上げたので、白いお髭が斜めに揺れた。

『その後があるだろ? 付き合うとか、恋人になるとか、結婚するとか!』

 レオンは少し強い言葉尻に合わせて、尻尾でパタパタとクッションを叩いた。

『なってない、恋人……結婚するかどうかも、聞いてない!!』

 僕は大事なことを忘れていたみたいだ。レオンにそのことを気付かされ、焦った僕の背中の毛がぼわりと膨らんだ。

『はぁーあ、まあ、ツナらしいっちゃらしいけどさぁ』
『どーしよ! レオン!』
『どうしようもなにも、その吉良ってやつにもう一回会って聞くしかないだろ』
『結婚しますかって?』
『おうよ』

 そうか、レオンの言う通り、今日は帰りに慌てて聞きそびれてしまったけど、ちゃんと次に会った時に聞けば大丈夫だ。
 あんなに仲良くしたんだし、僕はきっと吉良くんとパートナーになれるはずだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

処理中です...