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終章─夢の灯火が照らす未来─

ヴァンズブラッド─夢の灯火─

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 半年後──

「おーいソラトー! [ダメだよジェシカ! 走ったら危ないって!!]」

 天まで届くかと思われる大樹の下、座って空を見上げるソラトの元にジェシカが駆けてくる。勢いよく走るジェシカをヨーコが窘め──

「走ってはだめですよ? 母体に響きます」

 ソラトが駆けてきたジェシカの、少しだけ張り出した腹部に優しく触れる。

「もう安定期だから大丈夫……なはず! [ジェシカは動きすぎなんだって! 赤ちゃんびっくりしちゃうじゃない!!] この子には強くなって貰いたいからな。それよりソラト、もうそろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」

 そう言ってジェシカがソラトを見つめ、「この子の父親が誰なのか……」と呟く。

「大丈夫ですよジェシカ。あなたが彼を思い出すことは決まっている。彼が全てを背負い、憎んだ相手を許し、そうして進んだことで未来は確定した。あなたが彼を思い出し、名を呼ぶ時がもう間もなく訪れる」
「また難しいことを言って煙に巻くつもりか?」
「そんなつもりはありませんよ。ですがあなたはすでに彼の名を呼んでいる」
「私が?」
「そうです。ジェシカとヨーコ、二人で決めた名です」
「私と姉さんで? [んー、つまりこの国の名前ってこと?]」
「そうです。ここはかつて日本Nihonと呼ばれていた。そうして日本が辿った未来を、同じ過ちを犯さないようにとあなた達が決めた名です。過去のレイラと同じように」
Nohinノヒン…… [なんだか心が暖かくなる響きだよね]」

 ジェシカが空を見上げる。半年前、気付けばここにいた。どうしてここへ来たのか記憶は朧気で、覚えていることといえば──

「ラグナス……」

 こことは違う世界で、白銀の鎧を纏った英雄と戦場を駆けていた思い出。ヨーコは幼い時分に奴隷として捕らえられていた以降の記憶が朧気だ。そうして二人共に形容し難い喪失感を持ち、朧気な過去の記憶は夢のように感じられる。何か忘れてはいけない光。ゆらゆらと揺らめく灯火のような──

「ジェシカ、君はラグナスを愛していますか?」
「どう……だろう。ラグナスのことを考えると胸が苦しくなる。ラグナスと共に戦場を駆けたあの記憶は本物……なんだよな?」
「そうです。あなたは確かにラグナスを愛していた」

 ソラトの言葉にジェシカが胸を抑える。ラグナスを思い出すと胸が苦しくなる。そうしてジェシカが「私が愛しているのは──」と口にしたところで、唐突に空に異変が起きる。ビキビキとヒビが入るように空が割れ、黒い霧が溢れ出した。

「な、なんだ!? [あれは魔素? 凄く濃い魔素だ……]」
「どうやら始まったようですね。終わりであり、始まり。始まりの咎の宿願」

 空から溢れ出した魔素がジェシカ達の目の前に集まり、人の形となっていく。そうして現れたのが──

「久しぶりですね? 楽しめましたか?」
「くく……、なんとか停滞者を規定値まで弱らせることは出来た。あとはユグドラシルに食わせれば終いだ」
「言っておきますが、私はあなたが嫌いです。吐き気がするほどの嫌悪感しかありませんが……亜樹アキとまた会えるからこそ協力しているのです」
「貴様も愛に生きるか。がらんどうの中身が愛で満たされたというわけなのだな?」
「茶化さないで頂けますか?」

 ソラトとロキ、二人のやり取りを呆然と眺めていたジェシカが、「貴様はロキ……」と口にする。

「くく……思い出したか?」
「いや……名前だけだが……」

 「貴様は敵だ!!」と、ジェシカの手にニヴルヘイムで構築したロングソードが握られる。

「そう、私は敵だ。敵がいてこそ多様な進化は促され、そうして先へと進んでいく。皆が皆、素晴らしい変化と進化を遂げた。強さを求めたムスペルも、守りたい想いが時間にすら干渉を齎すアマトも、己を省みて汎用兵装へとなったヨルムンガンドも……」

 「全て素晴らしい進化だ」と、ロキが笑う。

「本来であれば私は私で別の進化を目指そうとは思ったのだが、の目指す先が見たくなったのだ。ひとまず私は準備に入る。後は頼んだぞガランドウ」

 そう言うとロキは黒い霧となり、天高くそびえる大樹──ユグドラシルを包み込んで消えた。

「なんだ? 何が起きているんだソラト? [説明してよソラト!!]」
。そうして。彼が……あなた達の愛した彼が停滞者を否定したからこそ訪れる未来。ですが安心して下さい? これから私達は

 ソラトがそう言ったところで再び空が割れ、割れた空からはズルりと異形の者が這い出す。身長は三メートルほどだろうか、人間の皮を剥いだような見た目で、多眼に無数の口。全身に無秩序に配置された眼と口は不気味に蠢き、その口からは「明日でしょうか」「少し小さいですね」「おやすみなさい」「楽しみですね」と、不気味に掠れた声で意図不明の言葉を漏らす。そうして顔の下に配置された、本来の人間と同じ位置にある口からは「ユグドラシルの魂を私にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」と、美しい女性の声がした。

 そうして這い出た異形の者──シェーレがユグドラシルへ向け、凄まじい速度で進む。そこへ──

「アラガネの戦士ミシェリー見参! ダイレクトシールド直接防御壁最大展開!!」

 ミシェリーが現れてシールドを展開。シェーレの進行を阻む。

「状況は分からないけどジェシカさんは下がってて! 私との子供じゃないけど……お腹の子は守る!! ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 なんとかミシェリーがシェーレを抑えるが、 展開したシールドにはビキビキとヒビが入る。そこへ──

「私達もいるぞ!! いくぞみんな!!」

 ルイスやマリル、セリシア、セティーナ、ファムが駆けつけて加勢し、シェーレを押し返す。さらに──

「僕もいるぞ! カタリナはジェシカと後ろにいてくれ! 僕とカタリナの子供は絶対守る!!」
「私もランド兄とカタリナ姉の赤ちゃん見たいんだから!! [僕もやるぞ!!]」

 ランドにカタリナ、ヨルムンガンドを兵装として纏ったアルも駆けつける。見れば周囲には人が溢れ、ガイやルカス、バランガの姿も見える。そうして各々が魔術や武器、己の持てる力を駆使してシェーレを押し返す。だが──

「邪魔よぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 シェーレを完全に押し返すことは出来ず、ジリジリと押される。ここにいる者は皆が皆、記憶は朧気だ。なぜこうなったのかも分からない。突如訪れた災厄に、訳も分からず立ち向かう。

 そう教えてもらった。

 そう示してもらった。

 理不尽には立ち向かえと、背中で語ってもらった。

 それは誰に?

 そう──

 それは──


「「「「「「「「「「「ノヒンッ!!」」」」」」」」」」」


 皆の口から自然と同じ名前が漏れる。それと同時──

「逃げてんじゃぁぁぁ……ねぇぇぞシェーレェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!」

 バリンッ! と空が大きく割れる。中からは燃え盛る翼と紅玉ルビーの瞳を輝かせ、皆の心に朧気に揺らめいていた灯火──

 ノヒンが叫びを上げながら現れた。

「うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 そうして現れたノヒンが凄まじい勢いのまま、シェーレを殴りつける。殴った場所にはブンッと魔法陣が浮かび、シェーレが「これ以上減らさないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」と叫びながら吹き飛ばされ、ユグドラシルに体を叩き付ける。

「うぅ……ぐ……嫌よ……存在ごと消えるなんて嫌よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 ユグドラシルに叩きつけられたシェーレが、縋るようにユグドラシルに触れる。
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