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第二部 第四章 英雄の帰還─虚ろなる樹─

ヴァンガルムとソラト 3

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 このD.ディーユグドラシルの「拒絶」という力が、ユグドラシルによる確率世界の生成(確定事象から生成し得る世界の生成)という力を阻害していた。だが──

 実は今現在ユグドラシルは、既に確率世界の枝葉を無数の次元へと伸ばしている。新しい世界の「種」とでも呼べばいいのだろうか、その「種」が芽吹くためにはD.ディーユグドラシルの「拒絶」という力をなんとかしなければならない。

 また、神話大戦直後にユグドラシルが行った確率世界の観測(確定事象からの分岐未来予知)によれば、神話大戦から遥か未来に

 以前ロキが「数千年待った」という発言をノヒンにしている。つまりロキはこうなることを知っていたということになる。そうしてその先の未来は──

「予知出来ていないということなのだな?」
「そうなりますね。この先の未来は不確定で朧気です。ですがマヤを殺したことで、新たに未来が形を成し始めた。そうして今現在、予知出来ていることはノヒン、ラグナス、シェーレ、そしてロキの激突まで。その先の未来がどうなるのか、ユグドラシルでさえ分かっていません」
「まあだが──」

 「遂に最終局面ということか」と、ヴァンガルムが呟く。

「それで? アース──地球の方は準備が整っているのか?」
「ええ。本来であれば私が同期するべきなのですが……カタリナがユグドラシルと同期して生活圏の確保は進んでいます。ノヒンが手に入れた荒羽場樹アラハバイツキの魔石によって、地球に溢れるアラガネの制御も可能となります。あとは私が希望者の移住を完了させればひとまずは終了ですね」

 実はランドとカタリナだが、ノヒンがマヤを殺したタイミングでソラトによって地球へと転送されていた。どうやらカタリナの魔石には三大咎さんだいこうである天翔結音あまとゆうねのデータが反映されているらしく、それによってユグドラシルへの同期が可能なようだ。そこに目を付けたソラトが強制転送したことにより、ランドとカタリナ(ガイも)は一時音信不通となっていた。※そのことがあったからこそ、ロキはカタリナに興味を示していた。何故データが反映されたのかは不明だが、ソラトによれば「過去、オーディンが世界生成した際、ユグドラシルのNACMOがミズガルズに微量転送されたのではないか」ということである。

「戦いは避けられんのか? 地球とミズガルズ……いや、ジアースで別々の未来を歩む訳にはいかないのか?」
「そうですね。まずシェーレがそれを許さない。シェーレの元になった死穢霊しえれいとは、言ってしまえば半生物となったNACMOのゴースト。まあ幽霊のようなものですね。死穢霊しえれいの活動目的は全ての支配。おそらく本来のNACMO──ユグドラシルの『全てをNACMOで満たして人類を進化させる』という目的が歪み、『全てを支配する』というものへと変わったのでしょう。そうして死穢霊しえれいはヴァンとヘルの子孫へと取り憑き、アウルゲルミル──ユミルを支配し、これまで活動してきた。まあつまり、シェーレは全てを支配するまで止まりません」
「厄介な相手なのだな。だがラグナスやロキはどう動く?」
「ラグナスに関しては、正直な話で言えば分からないですね。D.ディーユグドラシルの『拒絶』の力が私の干渉ですら拒絶し始めている。ただ一つ言えることは、彼は何者にも干渉されない差別のない世界を目指している。つまりユグドラシルとは敵対関係ということになりますね。ロキに関して言えば、おそらくユグドラシル側なのですが……」

 「これもまた分からない」と、ソラトがお手上げとでも言うように両手を小さく上げる。

「ロキはユグドラシルの半魔です。本来の目的はNACMOによる人類の進化であり、彼は外的要因によって進化を促す役目を負っていた。ですが今の彼はユグドラシルの思惑から外れ、更なる外的要因による進化を求めている節がある。まあつまり、彼は彼だけの論理で動いている。もはやユグドラシル側とは言いきれません。ああそれと言い忘れましたが、ラグナスとシェーレも確率世界の観測に近しい力を持っていそうです。そうしたことが作用して未来が不確定なのでしょう」
「ちっ……厄介なやつらばかりではないか。それで? 貴様が肩入れをすることになったノヒンはどうなのだ?」
「ノヒンはユグドラシル側ですね。と言っても完全にではありません」
「どういうことだ?」
「ユグドラシルは既に確率世界の枝葉を無数の次元へと伸ばしています。新しい世界の『種』ですね。それはいまだ芽吹いてはいませんが、新たな命の種を無数に内包しています。本来であればノヒンは、元凶の一つであるユグドラシルを消滅させたい。ですがそれをすれば罪なき多数の命の種も消滅する」
「ノヒンにとっては凄まじいジレンマだろうな」
「まあそこで私が提案したんですよ。──とね」

 ソラトの言葉を聞いたヴァンガルムがしばらく考え込み、しばらくして「そういうことか」と声を出す。

「今現在ユグドラシルは十二の咎を取り込み、それによって逆に十二の咎にコントロールされている。つまり十二の咎だけを残し、ユグドラシルの人格……とでも言うべき概念を消滅させるということだな?」
「そういうことになりますね。今現在ユグドラシルは、その魔石に十二の咎や自身を含む無数の人格が存在しています。そのユグドラシルの人格のみを消滅させることが出来れば──ということですね」
「理論は分かるが、そんなことが可能なのか?」
「現状では不可能です。なぜなら十二の咎はいまだ完全にユグドラシルをコントロールしてはいない。複雑に混ざりあった状態と言えばいいでしょうか? ですが完全にコントロールさえ出来れば、ユグドラシルの人格のみを孤立させることが出来る」
「それに必要なことは?」
「時間さえかければいずれ完全なコントロールは完了するでしょう。ですがそれにはどれほどの時間を要するのか分かりません。それに加え、ラグナス、シェーレ、ロキがどう動くかも分からない。いや……ユグドラシルの確率世界の観測によって四人の激突は確定している。まあつまり、結局ノヒンはラグナスやシェーレ、そしてロキを打ち倒さなければならない」
「その激突とやらはすぐに訪れるのか?」
「四人の激突に関しては無数に分岐しています。確定事項ではありますが、『いつ』『どこで』『どの順で』などは不確定です」
「なるほど。ではなんにせよ我らは一度、地球へと本拠地を移して備えねばならんということなのだな」
「そうなりますね。まあその辺は私が色々と対応しますから心配しないで頂きたい」
「やれやれ、これから大変になりそうではあるな。どれ、我は少しノヒンの様子でも見てこよう。貴様はこの後どうするのだ?」
「私は一度地球へ行ってカタリナの様子を見て来ましょう。ユグドラシルへ同期出来ると言っても、カタリナの負担は大きい。まあすぐに戻ってきますよ」

 そう言うとソラトは黒い霧となって霧散した。

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