上 下
211 / 229
第二部 第四章 英雄の帰還─虚ろなる樹─

アルとソラト

しおりを挟む

 急な出来事にアルが固まっていると、「水筒を忘れていたので持ってきたのですが……いらなかったですか?」と、ソラトが相変わらずの冷たい視線で問いかける。

「あ、ありがと」
「アルはしっかりしているようで、どこか抜けていますよねぇ」

 出会ってから三ヶ月、ソラトはアルのことを「あなた」ではなく、名前で呼ぶようになっていた。

「きょ、今日は急いでたから……」
「まあヨルムンガンドが騒いでいましたからね。それより、またそのメモを見ているのですか?」
「うん……いつかノヒン兄の役に立てたらいいなって」
「健気ですねぇ。ですが内容は理解出来ます? アルは最近ようやく蒸気機関以外の動力で動く『機械』の概念を理解したところですし、難しい内容でしょう?」

 アルはソラトから様々なことを教えてもらっている。それこそ神話大戦時代に使われていた電気や、電気や太陽の光を利用して動く機械などについても、ようやく最近理解することが出来た。

「うん……。このNACMO? とかよく分からないかな。初期NACMOとか中期NACMOとか出てくるし……。魔素のことだってことは分かったけど……機械なの? 神話大戦時代には機械とは違うナノマシン? っていうのもあったみたいだし……」
「定義は難しいですが、分類で言えば機械です。荒羽場開発研究所の創始者、荒羽場魯樹アラハバロキが作り出したもので、AI人工知能──」

 話の途中でアルが「ごめん、AI人工知能もよく分からなくて……」と、申し訳なさそうに呟く。

AI人工知能とは……まあ簡単に言えば、人間の脳のような働きをする機械だと思って頂ければ。『そんなことが可能なの?』『信じられない』などと思わず、もはや確定事項として存在していますので、『人間の脳の機械バージョン』だと思ってください」
「う、うん。受け入れ難いけど……何とか受け入れてみる」

 そう言ってアルが目を閉じ、「AI人工知能……脳……機械……」と、呪文のように何度も呟く。

「……では続けますよ? そのAI人工知能を搭載した微小な医療用機械生命体、Nanoナノ automaticオートマチック cureキュア machineマシン organismオーガニズム……微小自動治療機械生命体がNACMOナクモです。これを体内に取り込むことで、自動で様々な疾患を治療することが可能でした」
「な、何となく理解は出来るようになったけど……そこからどうなったらそれが魔素になるの?」
荒羽場魯樹アラハバロキが不老不死を求め、実験を重ねた結果ですね。それによって人間が魔族となり、NACMOにも変化が起きた」
「メモのここの部分?」

 言いながらアルがメモに視線を向ける。

---

・NACMOによる遺伝子操作が可能になり、人類の寿命が飛躍的に向上。

荒羽場魯樹アラハバロキが秘密裏に、NACMOの遺伝子操作による肉体を作り変える実験を始める。

・水面下での遺伝子操作による肉体改造が世界的に流行し、他生物の遺伝子を組み込んだ人類が数多く誕生。狼人間やトカゲ人間など、その見た目から魔族と呼ばれる。

・魔族の一部で脳の変質が起きる。それによって特異な力──超能力を発現。異常な身体強化や、発火現象など、その力は様々。脳の変質による影響からか、徐々に魔族が暴力性に支配され始める。

・魔族が人を襲い始め、魔族軍を結成。人類と敵対。人魔大戦(後に第一次NACMO大戦と呼ばれる)の開戦。

---

「そうです。そしてこの人魔大戦で多数の魔族が死亡しました」
「その時点だとまだ魔素にはなってないの?」
Nanoナノ automaticオートマチック convertコンバート machineマシン organismオーガニズム……まあつまり、微小自動転換機械生命体へと変わるのはこの後です。それによって第二次NACMO大戦が起き──」

 ソラトがそこまで言ったところで、アルが頭を抱えて「うー」と唸る。

「やはり難しいですか?」
「うん……流れを覚えたくても難しい言葉が多くて……頭に入ってこないよ」
「確かにそうですね。大枠も知らずに細部を語られても、理解し難い。アルはまず、大枠を知るべきですね」
「大枠?」
「そうです。大枠を覚えた後で、細部を理解していけばいい。ひとまず理論などを省いてみますね」

 そう言ってソラトが指先から黒い霧を滲ませる。すると黒い霧は、何もない空中に文字を紡ぎ始めた。

---

荒羽場魯樹アラハバロキが思考する小型の治療機械を開発(初期NACMO)』

『初期NACMOが人間の設計図を書き換えられるようになる※他生物の設計図を人間に流用可能(遺伝子操作)』

『他生物の身体的特徴を有した人間が誕生。その見た目から魔族と呼ばれ、数を増やしていく』

『魔族が特殊な力を発現し、それと共に暴力性(時間経過で完全に自我を失う)の発露。魔族と人間での争いへと発展し、人魔大戦へと至る(魔族は自我を失ったとしても、魔族同士での連携は行う)』

『人魔大戦により、多くの魔族が死亡。暴力性解明のために、死体を荒羽場開発研究所で研究』

『複数の魔族の死体(心臓)から、初期NACMO同士が結合、結晶化している物体を採取(初期魔石)』

『初期魔石が、特殊なNACMOを生成していることを発見。これまでは人間の体内だけで活動可能だったが、体外でも活動可能に(中期NACMO)』

『中期NACMOが荒羽場開発研究所内で増殖。職員の体内で初期魔石を生成し、肉体や脳が変質。様々な魔族のような姿になる(初期、中期NACMOがこれまで得たデータを使用)』

『ドライアドのような姿の職員が誕生し、魔族となった他の職員を取り込み、融合と巨大化を始める』

『ドライアドの職員が、魔族となった職員全て(荒羽場魯樹アラハバロキも含む)の取り込みを完了し、一本の思考する樹(ユグドラシル。この時点ではそれほど巨大な樹ではない)へとなる』

『ユグドラシルが三体の人間(三大咎さんだいこうと呼ばれる個体)を生成し、同時に荒羽場魯樹アラハバロキも排出。荒羽場魯樹アラハバロキは自我を失わず魔族となり、特殊な力を行使出来る初の存在(魔族と区別し、半魔と呼称。荒羽場魯樹アラハバロキは不老の存在となった)となる。ユグドラシルが人類進化論を提唱し、三大咎さんだいこう荒羽場魯樹アラハバロキが手足となる(ここからユグドラシルが大樹となるまで二百年)』

三大咎さんだいこうはそれぞれ創樹真夜ソウジュマヤ天翔結音アマトユウネ伽藍堂空人ガランドウソラトと名乗る』

『一連の流れから、NACMOの使用禁止条約が世界で締結(これは表向きで、荒羽場開発研究所では研究が続けられる)』

荒羽場魯樹アラハバロキの魔石やユグドラシルが、更に変質したNACMO(現在の魔素。有機生物の特徴も持ち合わせた機械生命体)を生成し始める。この時点での魔素はユグドラシルによってコントロールされ、人体への影響はない』

荒羽場魯樹アラハバロキが九人の女性に子供を産ませ、半魔の子孫を増やす(カグツチ家、ヒノカミ家、ヤガミ家、ヨツナギ家、イシドウ家、カガミ家、ヒサキ家、カミヤ家などの八大魔術家とアラハバ家の始まり。これに三大咎さんだいこうを合わせて十二の咎と呼称)』

『八大魔術家やアラハバ家の子孫に、半魔ではない個体、魔女や魔人が産まれる(多くの個体にバーコードが刻まれ、強力な力を有する)』

『バーコードを解析し、魔女や魔人が魔術体系を確立』

『二百年かけてユグドラシルが大樹へとなる。大樹へとなったユグドラシルが、人類進化論に基づく計画を進めるために、アウルゲルミルを生成(この時点のアウルゲルミルは人間サイズ。魔素をばら撒き、生物の魔族化や魔獣化を進める)』

『ユグドラシルとアウルゲルミルを対立構造にし、ユグドラシル側とアウルゲルミル側で争うことで更なる進化を促す』

荒羽場魯樹アラハバロキの子孫である荒羽場樹アラハバイツキに、荒羽場開発研究所を任せる』

『荒羽場開発研究所の名称がアースガルズとなり、荒羽場樹アラハバイツキがNACMOを利用した様々な道具(神器)を作り出す。十二の咎を実験体に使い、NACMOを自在に操る力(導術)を得た個体の作成に成功(オーディカガミ家ン、ヘルイシドウ家)』

『アウルゲルミルが進化し、巨大化。神話大戦へと突入。オーディン、ヘルの専用兵装完成。NACMOナクモ typeタイプ.W.M.D.ダブリューエムディー災禍ノ龍ディザスタードラゴンなども完成』

三大咎さんだいこうの一人、創樹真夜ソウジュマヤ荒羽場樹アラハバイツキを自身の生きた淫具(体の半分以上を機械化)にする。代わりに荒羽場樹アラハバイツキの妹、荒羽場亜樹アラハバアキがアースガルズの責任者になる。アウルゲルミルがフリームスルス、ムスペル、ヨルムンガンドなどを生成』

三大咎さんだいこうの一人、天翔結音アマトユウネがユグドラシルの人類進化論に疑問を持つ。天翔結音アマトユウネ荒羽場亜樹アラハバアキが次元干渉型神器、NACMOナクモtypeタイプ.Deviceデバイスユグドラシルの開発に着手』

『専用兵装フェンリルの誕生。フェンリルの使用者としてヴァンが誕生』

『オーディンがNACMOナクモtypeタイプ.Deviceデバイスユグドラシルで、二つに分けられた地球をそれぞれ別次元に生成し、三つの次元に形の違う地球が存在することに。それぞれミズガルズ(ユーラシア大陸、アフリカ大陸、オセアニア州)、アース(アメリカ大陸)、地球であり、日本列島があるのは地球のみ。生成時のエリアごとに生物も転送(地球に残された生物は日本列島のみとなる)し、ヴァン、ヘル、オーディン、アウルゲルミルはオーディンによる任意転送』

『ミズガルズにはオーディン、荒羽場魯樹アラハバロキの分体、創樹真夜ソウジュマヤの分体、カグツチ家の当主、フリームスルス、ムスペル、ヨルムンガンド』

『アースにはヴァン、ヘル(オーディンの任意転送は座標指定だったため、ヘルはオーディンの座標から外れてヴァンやアウルゲルミルの座標へ突入)、伽藍堂空人ガランドウソラト、アウルゲルミル』

『地球には荒羽場魯樹アラハバロキ創樹真夜ソウジュマヤ天翔結音アマトユウネ荒羽場樹アラハバイツキを含む残る十二の咎が残留』

『オーディンの執念がNACMOナクモtypeタイプ.Deviceデバイスユグドラシルを変質させ、何者にも干渉されない次元の壁を生成。ユグドラシルも次元干渉する力を持つが、干渉不可に』

『地球では、荒羽場樹アラハバイツキの魔石から変質したNACMO(生物を機械化させる魔素)が発生。ほぼ全ての生物が機械化。ユグドラシルも暴走し、十二の咎が取り込まれる』

『アースでは、転送されたヴァンとヘルがアウルゲルミルと戦闘を続ける。倒すことは出来ずに全生物がNACMOによって変質。目的を遂げたアウルゲルミルが変質し、世界の構成物質をNACMOへと変換していく』

『数千年後、次元の裂け目からヴァンとヘルの子孫、伽藍堂空人ガランドウソラトがミズガルズへ』

---

 空中に紡がれた文字は一度ここで止まり、ソラトが「どうです? これを元にまた自分なりに纏めてみては?」とアルに問いかける。が……

 アルが困った顔で「前に作ってくれたメモとあんまり変わらないよ」と呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!

KeyBow
ファンタジー
 日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】  変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。  【アホが見ーる馬のけーつ♪  スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】  はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。  出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!  行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。  悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!  一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

処理中です...