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第二部 第三章 異界の客人神
油断
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「[ミシェリー寝た?] ああ。それにしてもとんでもない約束をしてしまったな……」
そう言ってジェシカが脱ぎ散らかされた服を拾う。
「[まあでも……人肌って安心するよね] そうだな…… [ミシェリー……一生懸命で可愛いよね。これからも一緒にいたら楽しいだろうな……] ああ。だけど私は……もう誰かと一緒になるなんて考えられない [そうだよね……あっ! 誰か向かって来てるよ! あれは……]」
ジェシカがヨーコと話しながら着替えていると、極彩色の翼をはためかせたルイスがやって来た。見ればなにやら焦っているようにも見えるが……
「どうしたルイス? そんなに急いで [なにかあったの?]」
「『なにかあったの?』 じゃないだろう? 遠話器はどうした? しばらく問いかけていたが返事がないから、何かあったのかと思ったんだが……」
言いながらルイスが着替え途中のジェシカと、半裸で眠るミシェリーを交互に見る。
「ち、違うんだルイス! これには深いわけがあってだな!」
「君とミシェリーの約束は知っているさ。それよりもそういうことをするんだとしても、遠話器は外さないでくれないか? 連絡が取れないのは困る」
「す、すまない。どうやらいつの間にか遠話器をミシェリーに外されていたようだ。前も指輪をしたままだと痛いって言ってたからそれで……かな……?」
申し訳なさそうにジェシカがルイスを見る。
「『それでかな?』 じゃないだろう? 君たちの情交の話をされても困る」
「そ、そうだな。すまない……」
確かに自分は何を言っているんだろうなと、ジェシカが恥ずかしさから俯く。
「そ、それより遠話器で問いかけていたなら、何か伝えたいことがあったんじゃないのか?」
「ああ。偵察に出していたフギンとムニンから映像が送られてきてな。アメリカ大陸が浮いた」
そう、この日はラグナスとシェーレが代表会談を行った日。アメリカ大陸が天高く浮き上がり、巨大な空中大陸となった日だ。
「何を……言ってるんだ?」
「言葉通り、アメリカ大陸が浮いたんだ。ヴァン君によれば、アメリカ大陸は全てがNACMO──魔素で構成されている。浮かそうと思えば浮かせられるらしいが……」
「……ちょっと理解の範疇を超えてはいるが、こんなことで冗談を言ってもしょうがないよな。それで? 浮いたことによって何か問題が発生しているのか?」
「いや、今のところはこれといって問題はない。攻めてくるということもなさそうだ」
「そういえばヴァン君が言っていたな。アメリカ大陸の人間は争うということをしないと」
「ああ。私は信用していないがな」
「そうなのか?」
「これは確証がなかったのでまだ誰にも話していないが……考えてもみろ。ヴァン君は記憶領域に損傷があった。こちらに来た当初はアースガルズであれば自分を治せると言っていたが……」
「今のヴァン君を見て疑問に思わないか?」と、ルイスがジェシカを見る。
「そう……か……そうだな。ヴァン君はほぼ記憶を取り戻している。アースガルズで修復していないのにも関わらず……ということだな?」
「そういうことだ。ヴァン君があちらで眠りについている間、ヴァン君自身に何がしかの干渉をされた可能性は高い。それがこちらに来ることによって影響力が弱まった……といったところだろう」
「ヴァン君も気付かないレベルのか?」
「ああ。あちらはかなり技術レベルが高いようなのでな。もしかすれば……だが、あちらの人間は全て何がしかの干渉を受けている可能性が高い」
「全てだと? そんなことが可能なのか? いや、そもそも誰がそんなことを……」
「シェーレ……あちらの現在の代表はシェーレという名のヴァンの血族だ。そもそも争いがないなど無理だろう? もちろん私も理想として争いがない世界を求めている。だがヴァン君に聞いた限りでは本当に争いがないんだ。そんなことは現実問題不可能だ。それに……」
「レイラのことでも疑問に思っていた」と、ルイスが手を唇に当てて考え込む。
「レイラも干渉を受けていた……と?」
「ああ。レイラは強い。それも異常なほどにな。そのレイラが山賊ごときに陵辱されたとは思えない。例え争わないにしてもおかしい。逃げようと思えば逃げられたはずだが……おそらくレイラは常軌を逸したレベルで従順にされていたのだろう。それも踏まえて考えると……」
「あちらの干渉は想像以上に強力だ」と、ルイスがアメリカ大陸の方角を見る。
「どういった方法なのかは分からないが、あちらも元は同じ世界。こちらの神器のようなものだとは思うが……いや、無詠唱特殊魔術のようなものか……だがそうなると範囲が……」
ルイスがぶつぶつと独り言を呟きながら考え込む。
「すごいなルイスは。私なんて戦うことで手一杯なのに……」
「いや、得意なことが君とは違うだけだ。君だって寝ずに戦っていたじゃないか」
「私は……」
「ただ暴れていただけだ」と、ジェシカがミシェリーを見る。ミシェリーは無事だったが、陵辱された事実は消えない。悪夢にうなされ、震えながら泣いているミシェリーを何度か見ている。その度にもっと自分がしっかりしていればと思い……
ミシェリーが自分を求めてくることを強く拒むことができない。もちろんミシェリーのことは好きだが、やはり自分はノヒンとでなければ、心が完全に満たされることはない。
「まあここで話していても仕方がない。アラガネの方も変化が起きないようだし、一度プレトリアに戻……」
言いながらルイスがジェシカを見て「なん……だ……?」と絶句する。
「あ……がが……ぐ……ぎ……」
ルイスの目に映ったのは、アラガネ化していくジェシカの姿。いや、アラガネ化とは少し違う。
ジェシカの背後に五メートルはあるだろうか……
かなり大型の人型が現れ、機械的な管でジェシカと繋がっていく。管は無遠慮にジェシカの体を這い回り……
気付けばジェシカは人型に取り込まれ、人型から胴体と顔だけが出ているような状態だ。意識は不明瞭なのか、呻き声を上げている。
さらに眠るミシェリーにも同じ現象が起き、同時にルイスの遠話器にセティーナから連絡が入る。
「突然セリシアが人型に襲われ、取り込まれた」と。
「くそっ! どうなってるんだっ! ジェシカ! おいジェシ……がはっ!!」
ルイスが人型に取り込まれたジェシカに叫んだところで、脇腹に激痛が走る。
撃たれたのだ。
同じくミシェリーを取り込んだ人型がルイスに向けて、あの薄紫色の光の筋──レーザーを撃ったのだ。
あまりの激痛にルイスの意識が遠のくが、背後から何者かに体を掴まれる感覚。がっちりと体を掴まれ、微動だに出来ない。ルイスの視界に背後から伸び、体を這う機械の管が映る。管はルイスの体を這い回り、ミチミチと体内へ侵入する。不思議とそれほど痛くはなく、頭の奥が痺れるような感覚。
気付けばルイスも人型に取り込まれ、頭の中で『オ前ハ違ウガタップリ可愛ガッテヤル』と──
機械的な男の声が響いた。
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