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第二部 第三章 異界の客人神
NACMOウイルス
しおりを挟む──ナカラまで残り四キロ地点
死の女神によって、ものの数分で現場に到達したジェシカの目の前──
目を覆いたくなる光景が繰り広げられていた。
右腕と右足首を切断されたミシェリーが、人型のアラガネ二体に陵辱されていたのだ。二体の人型は片方がかなり大きく、うつ伏せで倒れているミシェリーの上に覆いかぶさり、ギシギシと金属が軋むような音を響かせて動いている。
人型の厄介なところは魔女や半魔を殺さずに陵辱し、ゆっくりとアラガネ化させることだ。簡単に死ぬことはない魔女や半魔だからこその地獄。朦朧とした意識の中で繰り返される、耐え難い苦痛。
「何……を……何をしているんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ジェシカが二体の人型に向かってクナイを投げ、表面に現れるシールドを粉砕。人型は基本的に間接攻撃、直接攻撃の順でシールドを粉砕し、最後は間接攻撃で撃破。
一枚目のシールドを粉砕し、ジェシカが二体の人型に向けて「シャムシールだ姉さん」と叫びながら飛び込む。
ヨーコが生成したシャムシールによる神速の剣閃。それによって二枚目のシールドを粉砕。二体の人型が剣閃の衝撃で吹き飛ぶ。
そこへすかさず導術を発動し、無数の鉄の槍を放って撃破。
……のはずが、撃破出来たのは通常サイズの人型一体のみ。残る一体の人型が吹き飛びながらジェシカに向けて腕を向けると、ジェシカの耳に虫の羽が擦れるような「ジジジ」という音が響く。それと同時、脇腹を襲う激痛。
「ぐうぅ……」
見ればジェシカの脇腹が抉れ、血が吹き出す。おそらく人型の攻撃はディザスタードラゴンの放つ光の筋──レーザーに似た攻撃なのだろう。
「[だ、大丈夫ジェシカ!?] ああ……ギリギリで躱したのでこれぐらいで済んだが……」
明確にジェシカの動きが鈍る。躱したとは言ったが、内蔵に達しないまでも脇腹は抉れている。間接攻撃で倒せなかったということは、残る一体は間接攻撃、直接攻撃、直接攻撃の順だったようだ。
つまり動きが鈍った状態で、相手の懐に潜り込まなければならないということになる。そう考えているところに再度「ジジジ」という音。それと同時、ジェシカの左手首を襲う激痛。
左手首から先が切断された。逡巡している暇などない。
「ぐぅっ! ふざ……けるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ジェシカが脇腹と左手首から血を吹き出しながら人型に向かって突撃。「ジジジ」という音と共に、今度はジェシカの左膝から下が切断。だがそれも構わず突撃し、残った片手によるシャムシールの連撃で人型を撃破。撃破の瞬間に人型が何事かを呟き、黒い霧となって霧散した。
「ぐうぅ……ミシェリー……ミシェリー…… [ジェシ……カ……なんだ……か……変な……感じ……が……]」
大量出血と激痛からジェシカの意識が朦朧となる。ヨーコが何かを言った気がするが、そんなことにかまっている余裕などない。そうして血を吹き出しながらもミシェリーの元へと這って進み……
何とか辿り着いてミシェリーの顔を覗き込む。
ミシェリーの目は虚空を見つめ、焦点が定まっていない。「うぅ……ぁ……」とくぐもった呻き声をあげ、正気を失っていると一目で分かる。
ただ理由は分からないがアラガネ化は始まっておらず、ジェシカは何度もミシェリーの名前を叫びながら──
気を失った。
---
──三日後
「ミシェ……ミシェリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」
ジェシカがミシェリーの名を叫びながら目を覚ます。人型のアラガネにやられてから三日。気を失っていたジェシカからすれば先程起きた惨事である。
目を開けたジェシカの視界に飛び込んで来たのは、ガラス越しに心配そうにこちらを見るルイスの顔。今ジェシカはNACMOカプセルの中にいた。
「ジェシカ……よかった……」
ルイスがNACMOカプセルの蓋を開け、ジェシカに抱きつく。
「わ、私のことなどどうでもいい! ミシェリー! ミシェリーは!?」
「ミシェリーなら……」
ルイスが部屋の奥にあるベッドに視線をやる。そこには眠っているのだろうか、静かに横たわるミシェリーの姿。腕と足は再生しているように見えるが、少し違和感がある。
ジェシカがNACMOカプセルから飛び出し、ミシェリーが横たわるベッドへと向かう。だが足がもつれて転倒し、そのまま這ってベッドへと辿り着く。
「ミシェ……ミシェリー? なんで……なんで……だ? これはなんなんだ……なんなんだルイスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!! なんで……なんでミシェリーの体にアラガネの管が!!」
ミシェリーの足と腕、這うように機械的な管が蠢く。そのうえミシェリーは目を見開いて涎を垂らし、小さく呻いていた。
「落ちついてくれジェシカ。ミシェリーは完全にアラガネ化はしていない。だから……」
「落ちついて……落ちついていられるわけがないだろ! ミシェリー! ミシェリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」
「大丈夫……大丈夫だから……な? とりあえず落ち着こうかジェシカ……」
そう言ってルイスがジェシカを抱きしめ、優しく背中をさする。
しばらくして落ち着きを取り戻したジェシカが、「状況を説明してくれ。私はナカラの手前で気を失ったはずだが……」と、ミシェリーの手を握りながらルイスに問いかける。
「君にも遠話器を渡しているだろう? 何度問いかけても応答がなかったので、セリシアとマリルに様子を見に行ってもらったんだ。そこで負傷して倒れている君とミシェリーを見つけた」
「そうか……マリルとセリシアが……。後で礼を言わなければな」
「そうしてくれたら二人も喜ぶ。それより……話しを続けてもいいか?」
「ああ頼む」
「君がNACMOカプセルで眠っている間、申し訳ないが、ヴァン君に頼んでミシェリーと君の記憶を読ませてもらった。それでやはり確信したんだが、アラガネ化とは……」
「ウイルスによるものだ」と、ルイスがミシェリーの顔を覗き込みながら心配そうに言った。
「ウイルスだと?」
「ああ。アラガネはNACMO……魔素が変化したウイルスのようなものが体を流れている。攻撃されて負傷することで、ウイルスが侵入してアラガネ化。まあここまではある程度分かっていたが……人型は、そのウイルスを自在に操れるようだ。君がミシェリーの元に辿り着く前、アラガネは一人の男性を抱えて弄んでいた。だがその男性はアラガネ化しておらず、その後にアラガネが『まだNACMOを流していない』と発言して……」
「男性を陵辱しながらアラガネ化させた……」と、ルイスが苦しそうに話す。おそらくヴァンガルムが共有した記憶を映像で見たのだろうか、「あんな悍ましい行為……」と声を震わせている。
「じゃあ……じゃあミシェリーは……? ミシェリーの状態は……?」
今の説明では、人型のアラガネは人間を陵辱して好きなタイミングでウイルスを流し、ウイルスを流された人間はアラガネ化する……ということしか分からない。
「君のおかげだよジェシカ? 君のおかげでミシェリーは助かったんだ」
「助かった……だと? 助かって……助かってなどない! 私が……私がのうのうと寝ていたばかりに!」
ジェシカが涙を流し、悔しそうに自身の膝を叩く。
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