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第二部 第二章 闇の咎─淫獄の魔女─
四面闇歌 1
しおりを挟む「ん……んん……ここ……は……? な、なんだこれは! これはどういうことだ!?」
イルネルベリ円形処刑場──現在は「ヴァンヘル孤児院」という施設に変わっているが──で、ジェシカが十字架に磔にされていた。
目の前は円形広場に収まりきらない人で溢れ、城壁の上も人で溢れている。ジェシカからは見えないが、円形広場の外にも人は集まっていた。
その全ての人々がジェシカに冷たい視線を向け、先頭にはマヤとセティーナの姿。
「お、おいマヤ! セティーナ! なぜ私は捕まっているんだ!? 確か昨日は……」
昨夜ジェシカは抗いようのない眠気に襲われ、いつもより早く就寝していた。
「私は止めたんですが……あなた達のせいでイルネルベリが危機に陥っていると皆さんが言い出して……」
白々しいマヤのセリフ。この状況はマヤによるものなのだが、ジェシカには理解出来ない。なぜならジェシカはマヤの魔術で操られた状態のままだからである。ジェシカを操って眠らせ、十字架に磔にした。記憶すらも改竄されている。
操られた状態のジェシカを処刑するなど簡単なことのはずだが、なぜマヤはこれほど面倒なことをするのか……
それは、そっちの方が楽しいからである。信じていた住民達に捕らえられ、糾弾される。もし仮にマヤが主犯だと分かれば、住民達は何がしかの魔術で操られていると、察するだろう。そうなれば、自分はマヤの魔術によって追い込まれていると理解してしまう。
それでは楽しくない。あくまでこれは住民達の総意だと思い込ませたい。追い込まれるジェシカを想像し、マヤの下腹部が熱くなる。
「そ、それは……分かっている。何度もここから出ていこうとも考えたが……」
ジェシカが縋るようにセティーナを見る。
「ごめんなさいジェシカさん……私が出ていくのを止めなければこんなことにはならなかったですよね……」
「い、いや、止められたからと言って、ここに留まったのは私の判断だ。セティーナにはなんの否もな……つうっ!!」
ガツンッと、ジェシカの顔に石が投げ込まれた。見れば住民達が、「セティーナ様は悪くない!」「悪いのはこの魔女だ!」「魔女がセティーナ様とマヤ様を誑かしたんだ!」「死ね! 死んで詫びろ!」と口々に罵り、石を投げつける。その中には……
「嘘……だろ……? コブス……メイリー……」
冷たい視線で石を投げつけるコブスとメイリー。マヤの魔術のせいだとは気付けないジェシカが、その姿を見て涙を溢れさせる。
圧倒的な茶番。
セティーナの言葉も、もちろん住民達の言葉もマヤによって誘導されている。だがここで重要なのが、無理やり言わされているのではなく、あくまで誘導されているということだ。
無理やり言わされた言葉には重みがない。ここに到達するために、マヤはゆっくりとセティーナや住民達を誘導し、洗脳していたのだ。この日のことを考え、自身の指で何度も果てた。
「死んで詫びろ……か……そうだな…… [なにを言ってるのジェシカ!? こんなの……こんなのおかしいって!] 姉さん……でも私達のせいでイルネルベリの人達が大変な目に遭ってるのは確かだから…… [なら逃げよう! 誰もいないところで二人で頑張ろうよ! そのうち……そのうちノヒンにも会えるって!] ……会ってどうするんだ……? ロキも言っていた……。私の体に仕込まれた神器を解除するには、死ぬかロキに頼むかのどちらかだと……。ロキに頼むとなれば、ラグナスに抱かれなければならない…… [で、でもノヒンならなんとか……ってだめだよね……。これ以上ノヒンに迷惑……かけたくないなぁ……] ……私も……だ…… [でも……とりあえず逃げよう? お姉ちゃんが何とかするから! ね?]」
「や、やっぱりおかしいんだよ! み、みんな見たか!?」
会話をするジェシカとヨーコの姿を見た住民の一人が叫ぶ。
「あれは神器が生成した人格だ! 呪いの人格だ! ヨーコなんて嘘っぱちなんだ!!」
その声を聞いた住民達がざわつき始めた。
「お、俺もおかしいと思ったんだ! 一人で会話してるし……気持ち悪ぃんだよ!!」
「そ、そうだそうだ! どう考えてもおかしいだろ!」
「わ、私も変だと思ってました!」
「も、もう殺すしかないだろ! やれ! 魔女を殺せ!!」
徐々に住民達が殺気立ち、次々と石が投げ込まれる。
「ぐぅ……くそ…… [や、やめて……やめてよみんな……]」
二人の声も虚しく、投げ込まれる石によって体は血まみれだ。そんな中でマヤとセティーナが二人に歩み寄り、投げ込まれる石が止む。
「ご、ごめんなさいジェシカさん……ヨーコさん……。もう私達には皆さんを止められなくて……」
「い、いいんだセティーナ……悪いのは私達……だから…… [ごめんねセティーナ……迷惑かけたよね……]」
「マヤさん……なんとかならないですか? 確かにジェシカさんとヨーコさんは神器で呪われていますが……」
セティーナがマヤに意見を求める。もはやこれが誘導されての言葉なのか、操られての言葉なのか……この場で分かるのはマヤだけだ。
「私も皆さんに『せめてイルネルベリから出ていくということで手打ちに出来ませんか?』と提案したんですが……」
チラりとマヤが住民達を見る。すると……
「お、俺の妹はゴブリンに犯されかけたんだぞ! ここでこの魔女を逃がしたら他の街でも同じ目に遭うやつが出てくる! ここで殺すしかないんだ!!」
「わ、私は住む家がなくなりました!!」
「お、俺なんて足を大怪我した! 一歩間違えれば死んでたかもしれねぇ!! こ、殺せ! 殺しちまえ!!」
マヤが一通り住民達の声を聞いた後で、ジェシカとヨーコに向き直る。
「ジェシカさん……ヨーコさん……。私は二人に死んで欲しくなんてない。今の私に出来るのはこれくらい……『永劫たる黒き精霊よ──始まることを許さぬ虚無を我が眼前に──顕現せし黒の波動……』逃げて……『分け隔つ黒き刃……暗刃』」
マヤが魔術を発動。ジェシカとヨーコが捕らえられた十字架を闇の刃で破壊する。そのままマヤとセティーナが住民達の前に立ちはだかり、「行って」と叫んだ。
「す、すまないマヤ! [ありがとうマヤさん!] ……あ、あれ? 死の女神が使えない! [う、嘘!?] くそっ! こうなったら走って逃げるしかない! 行くぞ姉さん! [う、うん!!]」
ジェシカが門に向かって駆け出す。だが門の前にも住民達が立ち塞がり──
「す、すまない! 許せ! [ご、ごめんね?]」
ジェシカが行く手を阻む住民達を押し倒して進む。死の女神が使えないとはいえ、やはりジェシカの身体能力は高い。押し倒し、払い除け、くぐり抜け……
瞬く間に門の外へと飛び出した。
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