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第二部 第一章 誘うは闇の咎

奈落の檻─ヨーコ─

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「……ごめん……ごめんねジェシカ……」
「何を謝る? 貴様が同化に同意せねば、私はジェシカの魔石を砕いていた。もはや貴様さえいればジェシカはいらないのでな。仮にも貴様は妹を救ったのだぞ?」
「あ、あなたには分からないよ! 自分が自分じゃなくなっちゃうなんて嫌に決まってるじゃない! それに……それに私はノヒンの元恋人だし……」
ではない。貴様とジェシカは同化したのだ。今現在、貴様がノヒンと恋仲ということにもなるだろう?」
「そんなの屁理屈だよ……そ、それより……」

 ヨーコが真剣な顔でロキと向かい合う。

「何をさせるつもり? 同化させるだけが目的じゃないでしょ? なんでこんな面倒なことを……」
「ジェシカにも言ったが、私は欲望の到達点が見たいのだ。私の作り出したNACMOがどこまで行けるのかをな」
「え……? 何を言って……るの? NACMOって魔素……だよね? それをあなた……が……?」
「そうだ。そのことに関しては本体と同期するまで忘れていたがな」
「本体……? よく分からないけど……あなたが黒幕……なの……?」
「この物語に黒幕など存在せん。欲望がアウルゲルミルを産み、オーディンを産み、世界は分断され、また変化を遂げようとしている。まあ私は観測者とでも言えばいいのだろうか? いや、干渉者でもあるか」
「言ってることが分からないよ……」
「分からなくてもいい。貴様は黙ってラグナスの子を孕め。孕んだ子がどんな変化をみせるか……」

 「くくく……」と、ロキが楽しそうに笑う。

「でも……私が……私たちが協力すると思う? 私たちはノヒン以外に抱かれるなんてことはないよ」
「なぜそれほど嫌がる? 一時はラグナスのことを愛していたのだろう? ああ……貴様ではなくジェシカがな」
「同化して分かったけど……ジェシカがラグナスに抱いていた想いは確かに愛情だった。でも今はノヒンのことしか考えてないよ? 愛してるのはノヒンだけ。私だってそう。知ってる? 愛した人に抱かれるのって……とっても幸せなんだよ?」
「貴様らの想いなどどうでもよい。力尽くで股を開かせてもいいのだぞ?」
「最低だね……」
「感情などどうでもいいのでな。……と言いたいところだが、貴様らは感情の爆発でも成長するようだ。そういう場面を何度も見てきた。さて……」

 ロキがなんの感情もこもっていない目で、ヨーコを見る。

「貴様はどうしたいのだ?」
「え?」
「ノヒンに会いたいのか?」
「会える……の? で、でもノヒンにはもう会えない可能性が高いって……」

 ジェシカとヨーコの魂は同化している。現状では完全な記憶の共有まで至ってはいないのだが、ある程度であれば共有出来ている。それもあってヨーコはロキとジェシカの会話を朧気ながらも理解している。

「ああ、あれは嘘だ。『仲間は全員死んだ』『ノヒンにはもう会えない』『ラグナスの子を孕む』という情報があれば、ジェシカが自死を選ぶかもしれぬと思ったのでな。楽に話を進めるために嘘をついた。まさか本当に自死を選ぶとは思わなかったが……貴様の妹は心が弱いのだな?」

 再び「くくく」と、ロキが笑う。

「まあラグナスは元の次元に戻すだろうさ。やつの望みはミズガルズを魔女や魔人の生きやすい世界に変えることなのでな。それがラグナスの願いなのか、はたまたオーディンの願いなのかは知らんが……くく……」

 心底楽しそうなロキの表情。ヨーコにはこの世界の現状がどうなっているのかは全く分からないが……

「会えるなら……会いたい! ノヒンに会いたい! ラグナスなんかじゃなく! ノヒンにたくさん抱かれたい!」
「くく……では協力してやろうか? ラグナスはそろそろ動けるようになるが、逃げるなら今だぞ?」
「え……?」

 「本当に何がしたいの……?」と、ヨーコが困惑の表情を浮かべる。

「さっきと言ってることが違うし、理解できないよ……」
「どちらでも面白いと思ったのでな。それで? どうするのだ?」
「行く……ノヒンに会いに行く!!」
「了解した。ではイルネルベリ辺りまで逃げるがいい。あの辺りまでは安全だ」
「他は安全じゃないの?」
「ソールから離れれば離れるほどラグナスも対処が難しいのだ。おそらく次元崩壊の端の方は酷い有様だろうな」
「酷い有り様?」
「制御出来ない魔素が荒れ狂い、命ある者達の体をズタズタに引き裂いているだろう」
「そんな……」
「貴様らは本当に面白いな。関係の無い他者の死を悲しむ」
「それが普通なんだよ?」
「まあそんなどうでもいいことで問答するつもりはない。だが一つだけ貴様に忠告してやろう。これから貴様には過酷な運命が待っている。まさか私がただで逃がしてやるなどとは思っていないだろう?」
「やっぱりただで逃がすわけじゃないんだね……」
「くく……楽しみだな。貴様が苦しんで出す答えが。では逃がす前に少しジェシカとも話そうか。少し細工もしたいのでな」
「え? 細工……? ちょ、ちょっと待ってロキ! な、何をするつも……」

 ヨーコの言葉を最後まで聞かず、ロキが黒い霧を滲ませながらヨーコに触れる。するとヨーコが頭を抱えて苦しみだし、髪がざわざわと黒く染まっていく。そのままロキは黒い霧をヨーコの体の中へと侵入させ、何事かを呟いた。

「ぐうぅ……なん……だ……? 今のは姉さんの……夢?」
「たった今まで貴様の姉のヨーコと話していたのだ。ふむ……」

 ロキがジェシカの顔を覗き込み、黒く染まった髪を触る。

「いい傾向ではあるな。同化した魂で個別の意思。なかなかに面白い」
「なんなんだ……なんなんだ貴様は!!」
「騒ぐな。貴様に伝えることは三つ。まず一つはここから逃がしてやるということだ。イルネルベリ辺りまで逃げろ。二つ目はあと二月ふたつき程で次元崩壊は収まる。さすればノヒンにも会えるだろう。そして三つ目は、貴様の体に神器を仕込んだということだ」
「な、何を言ってるんだ? 神器を仕込んだ? 逃がす……? い、いや……ノヒンに……ノヒンに会えるのか!?」
「そう言っている。貴様はヨーコと比べて記憶の同期が弱いようだな? まあそれもそのうち馴染むだろう」
「わけが……わけが分からない! なんだ! どういうことなんだ! なにがしたいんだ貴様は!!」
「『なにがしたいんだ』しか言えないのか貴様は? まあとりあえず神器についてだけ軽く教えておいてやろう。貴様に使用した神器はだ。必ず貴様は逃げたことを後悔する。必ずだ。貴様のせいで周囲の者が不幸になる」
「どういう……意味だ?」
「くく……いずれ分かるだろう。だが貴様に仕込んだ神器、解除するには自死するか私に頼むかのどちらかだ。解除したければいつでも戻ってきていいのだぞ? まあその時は……無理やり股を開かせるがな。せいぜい悩め。悩み、苦悩し、足掻き、苦しみ……その全てを観測させてもらう。……っとそろそろ時間のようだ」

 ロキがそう言ったところで、部屋の中に黒い霧が集まり始める。

「どうやらラグナスが少し動けるようになったようだ」
「ラグナスがここに来るのか!?」
「いや、まだ来ることは出来ん。ユグドラシルから離れるわけにはいかんのでな。虚像を紡いで会話する程度であろう。とりあえず……」

 言いながらロキがジェシカの装備を取り出す。ロングソードにシャムシール、クナイにナックルダスター、特製のグリーブなど。

「魔素で少し鍛えておいた。かなり強度は上がっているはずだ。それを持って逃げるがいい」
「くそ……まったく理解も納得も出来ないが……私を逃がしたことを後悔するなよ! ノヒンがいれば……ノヒンにさえ会えれば!」
「くく……弱くなったものだな? 貴様は一人では何も出来ないのか? それに例えノヒンに会えたとて、万全な状態へと成ったラグナスには勝てんだろうさ。それほどにラグナスは強い」
「ああ私は弱い! そんなものはとっくに思い知った! だが……だがそんな『弱い存在』を私やノヒンは救いたい! 私では無理だが……ノヒンであればラグナスだろうと打ち倒すだろうさ!」
「くく……ではラグナスにそう伝えておこう。それより……もう時間のようだぞ?」

 そう言ってロキが顎でくいくいと部屋の隅を見るように促す。部屋の隅には黒い霧が渦巻き、徐々に人の……ラグナスの形を成していく。

「ラグナスには私から適当に説明しておく。早く行け」
「くぅ……感謝はせんぞ!」

 ジェシカがロキを睨みつけ、部屋の外へと出ていった。それから間もなくして、部屋の中にラグナスが姿を現す。

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