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第二部 第一章 誘うは闇の咎

余話─ファムノヒン─

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 ──翌日、エロラフ東のタジュラ港

「お、おいおいおい……こりゃデカすぎねぇか?」
「わ、私も聞いてはいたが、これはすごいな……」

 ノヒン達の眼前に、凄まじい大きさの船が迫っていた。おそらくミズガルズに現存する船の三、四倍はあるだろうか。二百人程が乗船可能な船だとは聞いていたが、それにしても大きい。魔素による駆動機関や蒸気機関、その他諸々の機関を設置するために大きくなったということだが……

 船首の方に船の名前だろうか、古ミズガルズ語で『Famnohin』と刻まれている。

「す、凄い舟ですねノヒンさん!!」
「す、凄いよ凄いよノヒン! 僕達これからこれに乗るの!?」

 船を見たマリルと愛玩モードへとなったヴァンガルムがはしゃぐ。そのまま船はゆっくりと港へ着岸し、乗降用のタラップが下りた。

「うえぇ……げほっ……げほ……き、気持ち悪い……」
「だ、大丈夫ランド?」
「だ、大丈夫……うえぇ……や、やあ……ノヒンじゃない……うえぇ……」

 まず初めに船から降りて来たのはランドとカタリナだ。どうやらランドは船酔いしているらしい。

「情けねぇなぁランドさんはよぉ?」
「し、仕方ないだろ……う、海の上とか初め……うえぇ……」
「もう! 本当にランドは情けない! そんなんでガイさんとちゃんと話せるの!?」

 どうやらランドはガイと会う約束をしているようだが……

「ご、ごめんなさいノヒンさん! ちょっとランドのこと休ませてくるね! ほら! 行くよランド! ガイさんには私から言っておくから!」

 カタリナがランドを抱き上げ、街の方へと駆けて行く。

「ノヒンさぁーん!」
「うぐぅっ! おいファム! とんでもねぇ速さで突っ込んで来るんじゃねぇよ!」
「えー? 嬉しいくせにぃ!」

 続いて船から飛んできたファムがノヒンに抱きつき、当然のように唇を重ねる。

「ちっ……もう怒る気もしねぇ……」
「え!? じゃあこれからはキスし放題!? やったぁ! ……って痛ぁい!!」

 恒例のようにファムが頭を叩かれ、嬉しそうにしている。

「つーかおめぇのその格好はなんだぁ?」
「これ? これは失われし東方の国の正装……『JKの制服』だよ! かわいいでしょー? NACMO端末にデータがあったから自分で作ったんだ!」
「いちいちスカート捲って見せてんじゃねぇっ!」

 ファムがJKの制服のスカートをぴらぴらと捲る。

「ファム? あまりノヒンさんを困らせたらダメですよ? ねぇノヒンさん?」
「……なんでおめぇはすぐに絡みつくかねぇ? 顔が近ぇんだよ」

 最後にセリシアが船から降り、ノヒンに絡みつく。セリシアは一度ノヒンと関係を持ってから、さらに距離が近くなっていた。

「だって……ようやくノヒンさんに会えたんですよ? 一人でするのは寂しくて……」
「はぁ……ったく、頭が痛くなるぜ」

 ノヒンがセリシアに絡みつかれながら、やれやれと頭を搔く。

「それで? すぐに出発すんのか?」
「そうですね。必要な物資を積んだら出発になります。ファム? 物資の調達をお願いしますね?」

 「はーい」と返事をし、ファムが街へと向かった。

「だとよルイス? とりあえず船に乗り込んで待ってようぜ?」
「おいおい二人とも……何故普通に話しているんだ? 距離感がおかしくないか? え? おかしいと思っているのは私だけなのか?」

 至極真っ当なルイスの問い。微動だにしないノヒンと、しつこく絡みつくセリシアの姿はどう見ても異常である。

「気にしたら負けだぜルイス? こいつぁ相手にすればするほど興奮しやがるからよ。話が進まなくなんのが嫌なら無視しとけ」
「冷たいですね? ノヒンさん。あの夜はあんなに激し……って痛ぁい! でもこの痛みもまた……」

 頭を叩かれたセリシアが、恍惚の表情で自身の指を咥える。

「な?」
「『な?』じゃないぞノヒン! あの夜とはどういうことだ!? ま、まさか……」
「あ、ああ。セリシアの無詠唱特殊なんちゃらってやつにやられてよ」
「ぐぅ……おいセリシア! この間連絡した時はそんなこと言ってなかったじゃないか!?」
「それは大人同士のことですから……ね? ノヒンさん?」
「くそっ! それを言ったら私が仕事を引き受けないと思って言わなかったんだろ!?」
「そ、それは……」
「仕事だぁ? そりゃなんのことだ?」
「セリシアに仕事を頼まれたんだ! フリッカー大陸に残って神器の開発をして欲しいとな!」
「は? ってことはおめぇは一緒に来ねぇのか?」
「かなり悩んで出した答えだ! 私だってお前と一緒に行きたいさ! 一緒にジェシカを助けたい! だが私が神器開発に携われば救われる人が増える! 天之尾羽張あめのおはばりだって修復しなければならない! だから!」

 どうやらルイスはセリシアに頼まれ、フリッカー大陸で神器開発をすることに決めていたようだ。現状ではNACMO端末を所有するセリシア、もしくはヴァンガルムとデータ共有したルイスがもっとも神器や魔素NACMOに対する知識を有している。

 くわえてフリッカー大陸には過去ランドが使用していた、真経津鏡まふつのかがみがある。現在は割れて使い物にならないが、修復することが出来ればまた前のように、魔獣を退けることが出来るようになるだろう。さらに言えば真経津鏡のデータを使用し、量産することが出来るようになれば──

「くそ……引き受けはしたが……」

 ルイスが苦々しい表情で考えこむ。もちろん多くの人の役に立つのならば、神器開発には携わりたい。だがノヒンとセリシアが関係を持ったと知ってしまい、心は揺れる。無詠唱特殊魔術、魅惑の調べによるものだとは分かっているが、それでも不安になる。目下のライバルはジェシカだけだと思っていたが……

「ちっ……おいセリシア! 約束しろ! ノヒンにはもう魅惑の調べを使わないとな!」
「そ、それは……善処します!」
「善処するじゃあないだろ! そんな力を使って無理やり関係を持つなんて最低だ! そんなのノヒンがもっとも嫌……」

 そこまで言うと、ルイスが言葉に詰まる。

「どうしたルイス? 顔色悪ぃぜ?」

 ルイスはノヒンがマルタへと向かう前日のことを思い出していた。そう、使のだ。その前にもお互いに同意のうえで関係を持ってはいたが、幻術を使ったのはよくなかったなと後悔している。
 
「い、いや……すまない。なんでもない。と、とりあえずセリシア。君も今日からライバルだ。正々堂々と戦うぞ?」
「ふふ。私は特に順番には拘っていませんよ? たとえ何番目だろうと、愛したノヒンさんに抱いてもらえさえすれば……」
「わ、私だって! い、いや、出来れば私は一番が……」
「さっきからおめぇらなんの話をしてやがんだ? なんか競ってんのか?」
「黙れノヒン!」
「お、おう……悪ぃ……」

 ルイスのあまりの剣幕にノヒンがたじろぐ。その上ルイスとセリシアが睨み合い、なんとも言えない気まずい空気になってしまう。

「ノヒンさーーーーーーーん! セリシアーーーーーーーー!」

 そんな気まずい空気を打破するように、ファムが戻ってくる。

「物資は調達できましたか?」
「うん! これで暫くは水と食料の心配がないと思う……ってセリシア! いつまでノヒンさんに絡みついてるのよ! 離れて離れて!」

 ファムがノヒンに絡みつくセリシアを無理やり引き剥がし、代わりにノヒンにしがみついた。

「よし! それじゃあ私とノヒンさんの愛の巣! 『ファムノヒン』でイルネルベリを目指すよ!」
「ファムノヒンだぁ?」
「そう! ほらほら! 船首の方を見て! 古ミズガルズ語で『Famnohinファムノヒン』って刻んであるでしょ?」
「おいおいマジかよ……」

 ノヒンが船首を見ると、そこにはしっかりと二人の名前が刻み込まれていた。

「この船でいーっぱいしようね?」

 ファムがノヒンの耳元で囁く。

「ノヒンさん……久しぶりなんですから今夜は……」

 セリシアもノヒンの体をまさぐりながら囁く。

「お、おいノヒン! 私のことを忘れたらダメだからな!」

 一連の流れでおかしくなったルイスもノヒンに抱きつく。

「あ! み、みなさんずるいですよ! わ、私も!」

 船を見てはしゃいでいたマリルが異常事態に気付き、ノヒンに飛びついて噛み付く。

「兄貴ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 そこへガイが見送りに訪れ……

「あ、兄貴……? やっぱりあの『英雄好色の殲滅鬼』って噂は本当だったんですね! さすが兄貴です!」
「ちっ……マジでなんなんだよ……賑やかすぎんだろ……」

 この後、フリッカー大陸ではノヒンの性豪伝説が語り継がれることとなった。


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