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第一部 第六章 夢の残火─継承編─

獄炎の再来 3

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「や、やめろ! 離せ! 離してくれ!!」

 ものの数秒でムスペルが男を抱えて戻ってきた。

『あなたに確認したいことがあります』

 抑揚のないムスペルの声がランドに向けられる。果たしてこの目の前の存在に感情があるのかは分からないが、ランドにはとても冷たく、死の宣告のように聞こえた。

『あなたは先程、この世界には魔女や半魔しかいないと言いました。ですがこの個体はなんでしょうか? 私には人間に見えます』

 考え得る限りで最悪の展開。

 何故この男が近くにいたのかは分からないが、ムスペルに人間の存在がバレてしまった。

「そ、それは……」

 どう返答することが正解なのかが分からず、ランドが言葉に詰まる。

『答えたくないのですか? では尋ねる個体を変えましょう』

 そう言ってムスペルが、抱えた男を乱暴に投げ捨てた。

『あなたに聞きます。この世界には他にもあなたのように、NACMOで満たされていない人がいるのですか?』
「な、なんなんだよおめぇは! ……っておい! な、なにするつも……ひぎぃっ!!」

 男の指が一本、ムスペルによってへし折られた。

『質問に答えて下さい』
「ご、ご、ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃ! ちょっ、ちょっと神話の巨人ってのを見てみたかっただけなんだ! NACMOだのなんだのは知らねぇ! なんのこと言ってんだか分か……んぐうぅっ!! 痛い痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 また一本、男の指がへし折られる。

『質問を端的に変えましょう。この世界にはあなたのような、なんの力もない人間が他にもいるのですか?』
「うぅ……お、俺のような力のない……? ふ、普通の人間ってことか……?」
『そうなりますね』

 ランドが二人の会話を呆然と眺める。完全に詰みだ。ランドに今出来ることは……

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
『なんのつもりですか?』

 大戦斧をムスペルに振り下ろすが、片手で止められる。

「くそっ! やっぱり無理だよな! だけど……ここで諦めたら終わりだ!! 力を貸してくれノヒン!!」

 ランドの大戦斧を握る手に力がこもる。

 ザワザワと青く美しい髪が伸び、メシメシと筋肉が隆起。セリシアの火の魔術を纏った青き人狼ワーウルフへとなる。

「逃げろ! こいつは僕が何とかする!」
「わ、分かった! ほ、本当にすまねぇ!!」
『行かせると思いますか?』
「それはこっちのセリフだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 逃げる男を追おうとしたムスペルに向け、ランドが大戦斧での連撃を放つ。人狼ワーウルフ化したことで全く見えなかったムスペルの動きが見える。が、見えるようになっただけで、もちろん勝てる気などしない。

 勝てる気はしないが……

「お前はここで殺すっ! そこだぁっ! はっ!」
『無駄ですよ。速度はそれなりですが、私の足元にも及ばない。死にたいのですか? もしそうでしたら手を貸しますよ?』

 ムスペルは事も無げに大戦斧での連撃をいなし、ランドの腹部に痛烈な拳を叩き込んだ。

「ぐぼぉっ! ぐふっ……ふぅ……負けられないんだよ……負けてられないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
『先程の男性はあなたの大切な方なのですか? そうは見えませんでしたが』
「知らない奴だ! はあっ!」
『では何故それほど必死に?』
「誓ったからだ! 僕はもう逃げない!! そこっ!!」
『何を誓ったのですか?』

 ムスペルに攻撃を全ていなされる。やはり動きが見えるようになっただけで、手も足も出ない。

「弱い人が蹂躙されない世界をっ! ハッピーエンドを誓ったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ぐぶぅっ……か、かはっ……」

 無情にもムスペルの拳がランドの腹部を貫く。ランドの口からはびしゃびしゃと血が吐き出され、痛みから意識が遠くなる。

『意味が分からない。弱い人が蹂躙されない世界? それは私も目指しているのですよ? 自然進化した生物など脆弱な肉の塊でしかない。だからこそNACMOで満たし、強き存在へと変える』
「な、何を言って……るんだ……? ぐぶぅっ! ……か、かはっ……」

 ムスペルがランドから腕を引き抜き、無造作に投げ捨てる。

『これはあなたがた人間が望んだこと。留まることを知らぬ欲求が生み出した結末。弱い生物は淘汰されるべきなんです』
「全然……言ってることは分からないけど……ぐふっ……はぁ……は……だからって……だからって! ここで僕が引くという選択肢はないっ!!」

 びしゃびしゃと血を吐き出しながらランドが立ち上がる。

『本当に意味が分からないですね。あなたが私に勝てる確率は皆無です』
「うるさいっ! やってやる! やって……ぐぶ……ぅ……」

 ランドは気力で立ち上がったが、もはや立っているだけでやっとだ。半魔であるランドも簡単には死なないが、ノヒンのような超速再生はない。勝負はもはや決している。

『あなたには色々と聞きたかったのですが、しょうがないですね。あの男を追うか、他の人間を探すとしましょう』

 ムスペルがゆっくりと近付き、ランドの首を握って持ち上げる。正に絶体絶命。ここからの起死回生などありはしない。ランドが死を覚悟したところで……

 遠くからランドを呼ぶ声が聞こえた。

「嘘だろ……来るな……来るなカタリナァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
「ランドを離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 後方で待機していたはずのカタリナが、叫びながら走ってくる。どうやら一向に開始されない作戦状況確認のために来たようだ。そこで血塗れのランドと今にもランドを殺そうとするムスペルを見つけ……

『あの個体はあなたのお知り合いですか?』
「た、頼むムスペル……カタリナは半魔だ……目的は普通の人間……なんだろ……? て、手を出さないでくれ……」
『それはあの個体の態度によりますね。私の障害だと判断した場合は対処します』
「た、頼む……や、やめて……」
『私に嘘をついたと思われるあなたの言葉に従えと? 気付いていますか? 私は怒っているんですよ? この数千年で得た、おそらく感情というものです』
「わ、悪かった……だから……」
『そうですか。あなたはあの個体が大切なのですね? では……あなたの嫌がることをしてみましょうか。嘘には罰を……だとデータにはありますので』
「や、やめろ! やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 虚しく響くランドの叫び。

 その叫びを聞いたムスペルの口元が──

 にぃっと、笑ったように見えた。
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