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第一部 第六章 夢の残火─継承編─

獄炎の再来 1

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 ──半年後、プレトリア南部の岩石地帯

 プレトリア近辺は自然豊かな土地であり、南東は草原地帯、南西は砂漠と岩石地帯となっている。天岩戸あまのいわとは南西の岩石地帯にあり、数千年の間ムスペルを封じてきた。

「これが天岩戸か? ただの大きい魔石に見えるけど……」

 ランドの目の前に、黒く輝く大きめの魔石がある。魔石は人の頭程の大きさだろうか、岩で出来た祠のようなものに安置されていた。

「そうです。この魔石が天岩戸ですね」
「こんな不用心に置いてていいものなのか? もし仮に誰かが使用していたら……」
「天岩戸はカグツチ家などの十二の咎の血族、もしくは三英雄にしか使用出来ないようになっているので大丈夫ですよ?」

 言いながらセリシアが魔石の前まで行き、手を触れる。

「この魔石にイメージしながら手を触れ、魔素を流すことで中規模次元干渉が発動します。新たに使用するには、現在構築されている次元を解除──元に戻さなければなりません」
「解除とともにムスペルやムスペルの軍勢が現れるってことだよな?」
「そうなりますね」
「いよいよだな……」
「はい……」

 プレッシャーからか、二人の間に流れる空気は重い。

「とりあえず作戦の確認いいか?」
「お願いします」
「まずは……」

 作戦は単純なものだ。まずはセリシアがランドに炎耐性の魔術と飛行魔術を施す。その後に天岩戸の封印を解除。それによってムスペルとムスペルの軍勢が溢れ出すと予想されるので、フリッカー大陸中から集めた戦える魔女や半魔で構成された部隊『カグツチ』をムスペルの軍勢に当てる。隊長はカタリナだ。また、ランドに対しては身体強化系魔術が施してあり、施した術者が戦闘不能にならない限りは効果が切れることはない。

 ムスペルが使う無詠唱特殊魔術「破滅の進軍」は、セリシアの「魅惑の調べ」を歌に乗せることで無効化。ファムは歌を歌うことで無防備となるセリシアの護衛。場合によっては持ち前の機動力を活かし、カグツチの援護。

 ランドはノヒンの形見でもある呪具、大戦斧を使用し、ムスペルの心臓部にある魔石の破壊を担当する。もちろんこれはムスペルが山をも超える程の巨人だったとしての作戦。もし仮にフリームスルスのようにムスペルも変化を遂げていたとしたら……

 考えても仕方がない。フリームスルスは小型化して機動力が上がっていたが、ムスペルも同じように変化しているとは限らない。これに関しては出たとこ勝負で、臨機応変に対応するほかないという結論に至った。

「ランド様はやり残したことなどありませんか?」
「何言ってるんだよセリシア。これからだろ? やり残したことがあるんなら、これからやればいい」
「ランド様……。カタリナさんとご結婚なされて変わりましたね」
「そうか?」
「ええ。とても前向きになられました」
「はは! カタリナが前向きすぎるくらいに前向きだからな」
「ふふふ。私も暗い顔をしていてはダメですね。では準備の方をさせていただきます」
「ああ」

 ランドに向かい合うようにセリシアが立つ。そのまま祈るように胸の前で両手を握り、目を閉じる。それと同時──

 セリシアの周囲にゆらゆらと炎が立ち上り、真っ赤な髪が燃えるように逆立っていく。

「お願いします……『大気に満ちし火の精霊よ──その熱く燃え盛る炎を我が眼前に──顕現せし火の奔流……』……ランド様に加護を!『纏い護る炎の鎧! 焔鎧フレイムアーマー!』さらに行きます!『天へ登りし炎の揺蕩い! 昇炎アップフレイム!!』」

 ランドの周囲に魔法陣が展開され、体が炎に包まれる。

 特訓で何度も炎を身に纏っていたが、やはり不思議な感覚。熱くはなく、イメージをすることで体が浮く。セリシアが言うにはNACMOによるエネルギーのベクトルコントロールということらしいのだが、理解は出来ていない。

「セリシアー! ランドー!」

 ランドの準備が整ったところで、ファムが飛びながら向かってくる。

「そっちは準備出来たのか?」
「うん! ばっちりだよ! ランド愛しのカタリナがしっかり指揮を執ってくれてる!」
「よし! ムスペルの軍勢に関してはカタリナとカグツチのみんながいれば大丈夫そう……だはっ! な、なんで殴るんだよファム!」
「なんかムカつくから? メソメソしてたランドはどこ行ったのかなぁー? セリシアにドキドキしてたランドはどこ行ったのかなぁー?」
「うるさいなぁ。僕だって少しは成長してるさ」
「本当にぃー?」

 そう言いながらファムがセリシアの背後に回り、服をずり下ろして胸を露出させた。

「ば、ばか! なにをしてるんだ! だ、大丈夫かセリシア? 僕は何も見てないから早く服を直してくれ」
「ほほう……この状態のセリシアに近付こうとしないとは……」

 ファムがしげしげとランドを見る。

「な、なんだよ……」
「合格! 合格だよランド!」
「はあ? 何がだよ」
「実はねぇ……ちゃんと無詠唱特殊魔術に耐えられるか最後に試そうってセリシアと話してたんだ! セリシアはずっと魅惑の調べを発動してたんだよ?」
「そうなのか? まあ確かにいつもよりセリシアが魅力的に見えてたけど……って早く! 早く胸をしまってくれないかな!」
「ぷぷぅ! なんだかんだまだまだ初心だねぇ? じゃあセリシア! 最後の仕上げやっちゃって!」

 そう言われ、セリシアがランドをしっかりと見つめる。

「ふ、服を……直して貰ってもいいですか?」
「ええ!? なんで僕が?」
「無詠唱特殊魔術は近付けば効力が上がります……。なので私に近付いて……耐えて安心させてみせてください……」
「なんなんだよカグツチ家は……。絶対他にやり方あるだろ……。と、とりあえず後ろからでいいか?」

 ブツブツと文句を言いながら、ランドがセリシアの背後に回る。

「は、はい……。出来れば抱きしめるくらい近付いて……そう……そうです……んん……あ……」
「な、なんで変な声出してるんだよ……。わ、悪いけど僕はもう惑わされないぞ……? 僕にはカタリナが……カタリナがいるんだ……。大丈夫……大丈夫だランド……。正直ちょっと触りたくなってる自分がいるけど……」

 ランドが魅惑の調べに何とか耐えつつ、服を胸の辺りまで持ってきたところで……

「な、何してるのランド……? え? な、なんでセリシアの胸を揉んで……?」

 何故かランドの視線の先にはカタリナがいた。

「え!? カ、カタリナ!? ち、違うんだカタリナ!! こ、これには深い訳があって!!」
「あぁ……ん……ラ、ランド様……そんなに強く揉まれては……んん……」

 驚いたランドがセリシアの胸を強く掴んでしまう。

「ぷぷぷぅ! 修羅場だ修羅場! いいねぇー! 盛り上がってきたねぇー!」
「あぁ……ん……ランド様……つままないで……んん……」
「ひ、酷い……あんまりだよランド……。セリシアとそういう関係……だったんだ……。うぅ……」

 煽るファム。

 喘ぐセリシア。

 泣き崩れるカタリナ。

「なんなんだよ……なんなんだよカグツチ家はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 プレトリア南西の岩石地帯に、ランドの心からの叫びが響く。
 
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