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第一部 第五章 夢の残火─喪失編─
ディテッラーネウスを目指して 1
しおりを挟む──鍛冶場町エロラフ酒場「シュクラン」
鉄と煙の香りで包まれた鍛冶場町エロラフ。その町の外れにルイス行きつけの酒場、シュクランはあった。
エロラフの建物は外壁が白いものが多く、屋根は丸く、先が尖っている特殊な形状をしているものが多い。それ以外の建物は煉瓦を積み上げただけの四角い建物が多く、ソールやオーシュ連邦とは雰囲気がまるで違う。
シュクランは外壁が白いタイプの建物で、見ようによっては宗教的な寺院のようにも見える。ルイスが教えてくれたのだが、「シュクラン」とは古ラビア語で「ありがとう」という意味らしく、この辺りで感謝の気持ちを伝える時に使ってもいい言葉だそうだ。
「なんつーか異国情緒溢れる酒場だな。いい雰囲気だ」
シュクランの店内へと入った二人はカウンター席に座り、とりあえずバナナを原料としたリラリラという酒を飲む。
「(いつものリラリラと強さや味がまるで違う。マスターが間違えたか?) ……エロラフは特殊な地形のせいで長い間孤立していたからな。独特の雰囲気があるだろう? 私もこの雰囲気は好きだ」
「悪ぃんだけど全然地理を把握してねぇ。そもそもなんでエロラフは孤立してんだ?」
「簡単に言えば、エロラフを中心に北と北東は海流の激しいラビア湾。北西と西はディテッラーネウス。南側はディテッラーネウスが南南東に向けて伸びていてな。南端がダルエスサラームという海岸に面した断崖だ。まあつまり、東側から船で来なければ無理なんだ。長らくイルネルベリが海路を封じていたので孤立していた……といったところだが、どうだ?」
「全っ然分かんねぇ。だけどディテッラーネウスが邪魔なのは分かったぜ?」
「……ちっ、お前聞いておいて興味がないだろ?」
ルイスが塩味の効いた干し肉を齧り、リラリラで胃に流し込んだ。だがやはりいつものリラリラより度数が高く、バナナの香りがしないなと思う。
「興味はねぇが向かわなきゃねぇからな。聞いとかねぇとと思ってよ。海の方の話はいいからよ、ディテッラーネウスのことをもっと分かりやすく説明できねぇか?」
「……こんなことなら紙と筆を持ってくるんだったな。漢字は分かるか?」
「そ、そんなに馬鹿じゃねぇ!」
「……ならば部首はどうだ?」
「それならヴァンヘル孤児院でガキ共と一緒に勉強したぜ? ジェシカが勉強しろってうるせぇからよ」
ミズガルズ語は「ひらがな」「カタカナ」「漢字」という文字で構成されている。だが「Sword」や「Javelin」など、今でも使われる古ミズガルズ語も数多くある。
「……それなら『飞』という部首は分かるか? 九画の『飛』ではなく、三画の『飞』の方だ」
「それなら分かるぜ! シャシャってしてチョンチョンの『飞』だろ?」
「……ちょっと手を貸せノヒン」
そう言うとルイスがノヒンの手を引っ張り、掌に「飞」と書く。
「……どうだ? お前が想像した『飞』と一緒か?」
「一緒だぜ?」
「『飞』の『シャシャってして』と表現した部分がディテッラーネウスだ。右側の『チョンチョン』と表現した上のチョンがエロラフで、下のチョンがアッサル湖という塩湖だな。アッサル湖はヨルムンガンドの地殻変動のせいでグべ湖という湖と一つになり、かなり大きい」
ノヒンが自分の掌を見つめながら、驚いた表情をする。
「す、すげぇな……紙も筆もねぇのに形が伝わった」
「……伝わったようで何よりだ。ついでに言えば上のチョン……つまりエロラフの上と右上が荒れ狂うラビア湾だな。どうだ? 孤立しているだろう? まあ完全に『飞』と同じ形ではないが、だいたい同じだ」
「マジですげぇ……ルイスおめぇ……頭よかったんだな?」
「……お前は私が馬鹿だと思っていたのか?」
「馬鹿っつーか、鍛冶のことしか頭にねぇと思ってたのは確かだ。おめぇが鍛冶してる後ろ姿がめちゃくちゃ楽しそうでよ、ああこいつぁ鍛冶のことしか頭にねぇんだろうなって」
それを聞いたルイスが「やれやれ」と、ため息をもらす。
「……気付いていないのかノヒン? おそらく私が楽しそうだったのは、お前が後ろで見ていてくれたからだぞ? 鍛冶の邪魔にならない程度に話しかけてくれて……ああこいつはなんだかんだと気が使えるやつなんだなと思ったものだ」
「そうなのか?」
「ああ。だいたいみんな、鍛冶中の私のことを怖がっていたな。楽しそうなどと思うのはお前くらいだ」
「ルイスが怖ぇだって? こんなに可愛くて優しいのにか?」
「……ちっ、そういうところだぞノヒン? 思ったことを口にするのはいいことだが……」
「大切なやつにはちゃんと気持ちを伝えねぇとな。好きだぜルイス?」
「……酔っているのかノヒン?」
「このリラリラって酒じゃあ酔わねぇな。まあ多少気持ちよくはなってるけどよ。おめぇは好きじゃねぇのか?」
「好き……だ。というか普通の関係に戻ると言っただろう?」
「普通だぜ? 元から好きだったからよ。あれ? 言わねぇ方がいいのか?」
「……ジェシカに悪いと思わないのか?」
「ああまあ……でも好きなやつに対して嘘付くのもよくねぇだろ?」
「……お前は本当に純粋だな。世の中がお前みたいなやつで溢れたらいい世界になるんだろうな」
「俺みたいなやつで溢れる? ……うへぇ、想像したら暑苦しすぎんだろ」
「……まあ確かに。だが理不尽な争いはなくなりそうだ」
「そういうもんかねぇ? それよりそれはなに食ってんだ? めちゃくちゃ美味そうだな」
ルイスが齧り付いた骨付きの羊肉を、ノヒンが物欲しそうな顔で見る。
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