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その30「禁止エリアとウヅキの思い出」
しおりを挟むヒカリ
「そりゃ、恋人が他の女と抱き合ってたらね」
ヨーイチ
「恋人じゃねーし、抱き合ってもいねーっての」
チナツ
「……ごめんなさい」
ヨーイチ
「いちいち謝るな。面倒くせえ」
アキラ
「進入禁止って、何が有るんだ? この先に」
ヒカリ
「稀なる獣。ユニークモンスターが居る」
ユニークモンスターとは、迷宮から1体ずつだけ湧く、特別な魔獣だ。
同じ個体は2度と出現しない。
その強さも凶暴性も、通常の魔獣とは、比べ物にならない。
アキラ
「…………!」
どこか油断が有ったアキラの顔から、緩みが消えた。
これが本当の非常事態だと、ようやく理解したようだ。
チナツ
「どうしよう……」
ヨーイチ
「俺は行く。お前らは好きにしろ」
ヨーイチ
「ユニークモンスターは、今の時代でも冒険者を殺す」
ヨーイチ
「チンタラしてたら、ウヅキが殺される」
バリア技術の進歩で、ダンジョンでの死者は、大幅に減った。
それでも死者がゼロにならないのは、ユニークモンスターによるところが大きい。
ダンジョンは、飼い慣らされた。
それでもその全てを、人類がコントロール出来ているわけではない。
ユニークモンスターは、ダンジョンの支配不能な領域の、代表だと言えた。
アキラ
「俺も行く」
アキラ
「仲間のピンチを、黙って見てられるか」
ヒカリ
「兄さんが行くなら、私も行かなきゃダメだよね」
ヨーイチ
「死ぬぞ?」
それは、安い脅しでは無かった。
見習い冒険者が、ユニークモンスターと出会えば、生還出来る確率は低い。
ヒカリ
「君よりは、生き残る可能性が高いと思うよ」
ヨーイチ
「そうかよ」
ヨーイチ
「とっとと行くぞ」
チナツ
「あっ……! ボクも……!」
4人は走り出した。
やがて、通路が行き止まりになっているのが見えた。
アキラ
「行き止まり……?」
ヒカリ
「その突き当たりに、転移陣が有る」
ヒカリは、地図を見ながらそう言った。
ヒカリ
「転移した先で、ユニークモンスターが待ってる」
ヒカリ
「初見殺しのトラップだね」
ヨーイチ
(ゲームだと笑って済ませられたが、リアルだと悪質だな)
ユニークモンスターに敗れれば、死ぬ。
ゲームダンプラにおいても、設定上はそういうことになっている。
シナリオ上でも、ユニークモンスターの恐ろしさは、何度も語られている。
だが、死んでもキャラクターがロストするわけでも無く、自室から冒険を再開出来る。
夢オチのような描写になっている。
だからプレイヤーたちは、何度でも、ユニークモンスターに挑むことが出来た。
だが、今は違う。
敗れれば、本当の死が待っている。
ヨーイチ
「転移したら、もう引き返せねーぞ」
ヨーイチ
「敵を倒すか、死ぬかだ」
アキラ
「ああ。分かってる」
アキラは真剣な顔で、そう答えた。
彼の顔に、怯えは無かった。
だが、若者特有の無鉄砲のようにも、見えなかった。
覚悟が決まっている。
大切なモノのために、命を賭ける覚悟が。
ヨーイチには、そう見えた。
ヨーイチは、アキラの過去を知らない。
今までに、修羅場をくぐってきた経験が有るのだろうか。
一瞬そう考えたが、今はそれどころでは無い。
ヨーイチにとっては、アキラよりもウヅキの方が大切だった。
ヨーイチは、必要の無い思念を断ち切った。
ヨーイチ
「行くぞ」
チナツ
「うん!」
ヨーイチ
「カゲトラ。お前は……」
カゲトラ
「みゃーご!」
ヨーイチ
「好きにしろ」
カゲトラ
「みゃふ!」
4人と1匹が、前に出た。
そして、隠された転移陣に、足を踏み入れた。
……。
その少し前。
ウヅキはヨーイチから逃げるように、ダンジョンを走っていた。
ウヅキ
(嘘つき……)
ウヅキ
(嘘つき嘘つき嘘つき……!)
激情が、ウヅキの体を走らせていた。
だが、やがて終点が見えた。
ウヅキの前方に、突き当たりが有った。
道はそこで終わりだ。
もう、どこにも向かうことは出来ない。
ウヅキは走るのを止めた。
そしてとぼとぼと、壁の方へと歩いていった。
ウヅキ
「ヨーイチ……」
ウヅキ
「私のこと……守ってくれるって言ったのに……」
……。
8年前。
ミカガミ家の本邸に有る、応接室。
座布団の上に、ウヅキたちの姿が有った。
ウヅキの隣には、父であるムラクモが座っていた。
そして対面には、オーカイン=ヨーゾーと、ヨーイチの姿が有った。
4人とも、和装であり、正装だった。
ヨーゾー
「…………」
ムラクモ
「ウヅキ」
ムラクモが、娘のウヅキに話しかけた。
ムラクモ
「彼はオーカイン=ヨーイチ。ミトオーカイン家の長男だ」
ムラクモ
「今日からお前の婚約者となる。仲良くするように」
ウヅキ
「はい。よろしくお願いします。ヨーイチ様」
ヨーイチ
「そんな堅苦しくすんなよ」
ヨーイチ
「ヨーイチで良いぜ」
ウヅキ
「分かりました」
大人は大人同士、話しをすることになった。
ウヅキとヨーイチは、庭で2人になった。
とはいえ、2人きりというわけでは無い。
ミカガミ家の使用人が、2人のことを見守っていた。
ヨーイチ
「何する?」
ヨーイチ
「女って何が好きなんだっけ? おままごととか?」
ウヅキ
「そろそろおままごとは、卒業する歳だと思いますよ」
ヨーイチ
「思いますよって、それじゃ、何するんだよ?」
ウヅキ
「私が通う学校の女子は、おしゃべりを好む傾向にあるようです」
ヨーイチ
「傾向ってお前……」
ウヅキ
「なんですか?」
ヨーイチ
「変なヤツだなぁ」
ウヅキ
「そうですか。あなたは失礼な方のようですね」
ヨーイチ
「む……」
ヨーイチ
「結局、何するんだよ?」
ウヅキ
「ヨーイチのお好きなように」
ヨーイチ
「何か無いのかよ? やりたいこと」
ウヅキ
「特には」
ヨーイチ
「普段は何してるんだ?」
ウヅキ
「普段は……鍛錬をしていることが多いですね」
ヨーイチ
「鍛錬?」
ウヅキ
「私はミカガミの娘ですから」
ヨーイチ
「どういうことだ?」
ウヅキ
「ダンジョンから湧く、ユニークモンスターを討ち滅ぼすのが、ミカガミの使命です」
ウヅキ
「ユニークモンスターは、恐ろしい化け物だと聞いています」
ウヅキ
「それに打ち勝つには、鍛錬を欠かすことは出来ません」
ヨーイチ
「大変だな。けど……」
ヨーイチ
「それはお前のやりたいことなのか?」
ウヅキ
「いえ。使命ですから」
ヨーイチ
「それじゃ、やりたいことは?」
ウヅキ
「……お茶を飲むのが好きです」
ヨーイチ
「そうか」
ヨーイチ
「一緒にお茶でも飲むか」
ウヅキ
「はい」
使用人が、すぐにお茶を持ってきた。
2人は縁側で、ゆっくりとお茶を飲んだ。
……。
数日後。
ヨーイチは、ミカガミ邸を訪れた。
そして、使用人に案内され、庭にまでやってきた。
庭には、ウヅキの姿が有った。
彼女は庭で、武器を振っていた。
子供用のオモチャでは無い。
立派なダンジョンメタル合金の、長剣だった。
ウヅキはまだ、小学2年生だ。
小柄な少女だ。
だがそれでも、彼女は軽々と、メタルソードを振っていた。
武士の闘気が、それを可能にしていた。
ヨーイチ
「よっ」
ヨーイチが声をかけると、ウヅキは素振りをやめた。
そして、ヨーイチに向き直った。
ウヅキ
「ヨーイチ。いらっしゃい」
ヨーイチ
「また鍛錬か?」
ウヅキ
「はい。使命ですから」
ヨーイチ
「そんなマジメにやらないとダメなのか?」
ウヅキ
「当然です」
ウヅキ
「毎年、ユニークモンスター相手に、幾人もの討ち手が命を落としています」
ウヅキ
「そうならないためにも、鍛錬は欠かせません」
ヨーイチ
「死……?」
ヨーイチ
「死ぬのか? お前……」
ウヅキ
「そういう者も、居るという話です」
ヨーイチ
「やめろよ」
ウヅキ
「はい?」
ヨーイチ
「そんな危ないこと、するなよ」
ウヅキ
「そういうわけにはいきません」
ウヅキ
「誰かが戦わねば、大勢の人々が、魔獣の毒牙にかけられることになります」
ウヅキ
「それを防ぐのが、ミカガミの使命なのですから」
ヨーイチ
「怖くないのか?」
ウヅキ
「たとえ怖くとも、やらねばならないのです」
ヨーイチ
「怖いんだな?」
ウヅキ
「それは……」
ヨーイチ
「だったら……」
ヨーイチ
「俺がユニークモンスターってのを、倒してやるよ」
ウヅキ
「え……?」
ヨーイチ
「婚約者の俺が、お前を守ってやる」
ヨーイチ
「そうしたら、お前が戦う必要は無いだろ?」
ウヅキ
「……………………」
ウヅキ
「馬鹿を言わないでください」
ウヅキはヨーイチを、軽く睨んだ。
自分を守ってくれるという、その心意気は嬉しい。
一瞬、微笑みそうになってしまった。
だが現実は、そう甘くは無い。
ヨーイチが言っていることは、ただの子供の夢想だ。
ヨーイチは、バカなことを言っている。
だから、怒らねばならない。
ウヅキはそう考えた。
ヨーイチ
「えっ?」
ウヅキ
「ユニークモンスターというのは、そう簡単に倒せるものではありません」
ウヅキ
「あなたはロクに、剣を握ったことも無いのでしょう?」
ウヅキ
「あなたには不可能ですよ。ヨーイチ」
ヨーイチ
「そんなの、やってみなきゃ分かんねーだろ?」
ウヅキ
「ユニークモンスターに敗れることは、死を意味します」
ウヅキ
「勝てないと分かった時には、既に手遅れなのですよ」
ヨーイチ
「けど……」
納得がいかない。
ヨーイチの表情が、そう語っていた。
ウヅキ
「……良いでしょう」
ウヅキ
「夫を諭すのも、妻の役目」
ウヅキ
「あなたに現実というものを、教えてさしあげましょう」
そうして2人は、立会いをすることになった。
ヨーイチとウヅキは、庭の開けた所に立った。
ミカガミ家の使用人が、遠巻きに2人を見守っていた。
ヨーイチは、腕にオリハルコンリングをはめた。
リングには、優れたバリア機能が有る。
現代武士の決闘には、不可欠なものだった。
ヨーイチ
「武器は?」
ウヅキ
「腕輪に剣が、収納されているはずです」
ウヅキ
「それの操作法は……」
ヨーイチ
「分かるよ」
ヨーイチは、腕輪をイシで操作した。
そして腕輪から、メタルソードを取り出した。
慣れている。
ウヅキには、そう思えた。
ウヅキ
「初めてではないのですか?」
ヨーイチ
「ん? 初めてだな」
ウヅキ
「どうして腕輪の使い方が、分かったのでしょうか?」
ヨーイチ
「さあ?」
ヨーイチ
「なんとなくだな」
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