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その2「久々のダンジョンとボスラッシュ」
しおりを挟むファンの子
「あんな人たちの言うことなんか、気にすること無いと思いますけど」
ヨーイチ
「俺は気にするんで」
ヨーイチは、苦い顔をしてそう言った。
実際は、顔に出した以上に傷ついていた。
気にする事は無いと、分かったようなことを言うのは簡単だ。
だがヨーイチは、実際に万を超える人々に囲まれ、罵声を受けた。
その迫力は、恐ろしさは、部外者に分かるものでは無いと思っていた。
そもそも人というのは、たった1人に罵倒されても、傷つく生き物ではないのか。
傷つくなというのは、ただの身勝手な理屈であって、実の有る言葉ではない。
ヨーイチは、そう思わざるをえなかった。
ファンの少女の言葉は、ヨーイチには響かなかった。
そもそも、本当に少女なのかどうかも怪しいものだ。
ヨーイチが、アバターより若いのと同様に。
ヨーイチ
「……もう、行っても良いですか?」
ファンの子
「あの、写真は……」
ヨーイチ
「俺で良いなら、どうぞ」
ファンの子
「ありがとうございます!」
少女は、腕輪から携帯を取り出した。
そして、ヨーイチの隣に立ち、携帯を持ち上げた。
携帯のカメラレンズが、2人に向けられた。
ファンの子
「それじゃ、にっこり笑ってくださいね~」
ヨーイチ
「嫌です」
ヨーイチは仏頂面で、携帯の方を見た。
ファンの子
「はいバター」
少女が、撮影ボタンを押した。
フラッシュがきらめいた。
写真データが作成された。
少女はヨーイチから離れた。
ファンの子
「ありがとうございました」
少女は、軽く頭を下げた。
ヨーイチ
「はい。もう行って良いですか?」
ファンの子
「どちらに行かれるんですか?」
ヨーイチ
「ダンジョンですけど」
ファンの子
「お気をつけて」
ヨーイチ
「どうも」
ヨーイチは、ドーム中央に向かった。
そこに、巨大な魔法陣が見えた。
ヨーイチは、魔法陣に足を踏み入れた。
そして、念じた。
ヨーイチのアバターが輝き、ドームから消えた。
魔法陣は、転移陣だった。
ヨーイチは、ダンジョンへと転送された。
ヨーイチ
(久しぶりだな。ここも)
転移先でヨーイチは、周囲を見回した。
そこは、木々に囲まれた広間だった。
ぎっしりと密集した木々が、壁を形作っていた。
自然な生え方では無かった。
木々は、人を通さないためだけに、不自然に集まったように見えた。
逆に、まったく木が生えていない箇所も有り、広い道が出来ていた。
まるで、誰かが切り拓いたかのように。
製作者のイトを感じさせる、木と平地が織り成す迷路。
それは迷宮の第1層。
森の地層だった。
上方には、青空が見えた。
偽物の空だった。
ヨーイチは、帰還用の転移陣から、歩み出た。
ヨーイチ
(道忘れかけてるな。マップ出すか)
ヨーイチは、腕輪に意識を送った。
すると空中に、半透明のマップが出現した。
さらにヨーイチは、金属の笛を出現させた。
猫笛というアイテムだった。
ヨーイチは、猫笛をくわえ、吹き鳴らした。
笛の高い音色が、広間に満ちた。
ヨーイチの隣に魔法陣が出現した。
転移陣だ。
カゲトラ
「みゃっ!」
転移陣から、黒く巨大な猫が現れた。
体長は2メートルほど。
すらりとした手足を持つ、サーベル猫だ。
その猫は、ヨーイチの飼い猫。
名前はカゲトラといった。
カゲトラは、体に衣服を着用し、背中には鞍が有った。
全てヨーイチが買い与えた物だ。
ヨーイチ
「久しぶりだな。元気だったか?」
ヨーイチは親しげに、カゲトラに話しかけた。
カゲトラ
「みゃー」
ヨーイチ
「そうかそうか」
ヨーイチ
(つっても、ただのデータだけどよ)
カゲトラは、ただのゲームのオブジェクトだ。
ストーリーキャラクターですら無い。
記憶が有るかどうかなど、怪しかった。
だが、なんとなく話しかけてしまう。
ヨーイチはそれを、少し滑稽に思った。
だが、それもゲームの楽しみだろう。
ヨーイチはそう考えながら、カゲトラに跨った。
ヨーイチ
「行こうぜ」
カゲトラ
「みゃー!」
ヨーイチは、カゲトラの鞍に座り、鐙に足を乗せた。
手綱は必要無かった。
カゲトラは、ヨーイチが思った方向に走った。
軽やかに、2層を目指して進んでいった。
スライム
「プギュッ!」
途中、スライムが襲い掛かってきた。
青色のスライムだった。
カゲトラ
「みゃ!」
カゲトラは、軽くスライムを踏み潰した。
1撃だった。
カゲトラは、最高レベルまで鍛えられている。
1層の敵では、相手にはならなかった。
スライムが死ぬと、地面に魔石が出現した。
安い魔石だ。
ヨーイチは拾わなかった。
先へと進んだ。
すぐに1人と1匹は、2層への転移陣にたどり着いた。
何度か魔獣に襲われたが、ノーダメージだった。
ヨーイチたちは魔法陣に入り、転移した。
2層入り口へ。
転移陣の有る広間に出た。
2層の様子も、1層と大差は無かった。
迷宮は、10層ごとに、その性質を変える。
1層から9層までは、敵のレベルが上がるだけで、構造は似たようなものだ。
そして、その程度の階層では、ヨーイチたちを苦戦させることは出来ない。
ヨーイチはカゲトラに乗ったまま、あっという間に10層にまで下りた。
10層は、大きな広間になっていた。
通路は存在しない。
広間は、10層を構成する全てだった。
広間の中央には、木の巨人が立っていた。
10層のボス、ツリーマンだった。
ツリーマン
「…………!」
ツリーマンは、ヨーイチたちに襲い掛かってきた。
瞬殺した。
ボスを倒すと、転移陣が出現した。
ヨーイチはそれを用い、11層へ移動した。
11層では、背の高い草が、迷路を作っていた。
そこは、草原の地層だった。
11層になっても、特に苦戦はしない。
どんどんと、下の階層へおりていった。
やがてヨーイチは、第91層へとたどり着いた。
そこは溶岩の地層。
熱いマグマの川と、赤みがかった岩が、迷路を作っていた。
ヨーイチ
(相変わらず、見てるだけで汗かきそうだな)
これが現実なら、熱さで音を上げたかもしれない。
ゲームなので、パラメータに影響が出るだけで済んだ。
熱気の影響下では、ライフが徐々に減少する。
ヨーイチはそれを、自動回復の指輪で相殺した。
特に困ることなく、先へと進んでいく。
下へ。下へ。
そして、最下層である100層に。
溶岩に囲まれた、円形の広間にたどり着いた。
いかにもなボス部屋だった。
だがそこに、ボスの姿は無かった。
ヨーイチはかつて、そこでラスボスを撃破していた。
ヨーイチ
(ラスボスだけは、再出現しないんだよな)
ヨーイチ
(なんでなんだろうな? 普通のボスは復活するのに)
ヨーイチ
(まあ、代わりにコレが有るけど)
ヨーイチを乗せたカゲトラは、広間の中央へと歩いた。
広間の中央に、魔法陣が有った。
1人と1匹が、魔法陣に足を踏み入れた。
魔法陣が輝いた。
すると……。
ヨーイチ
(やりますか。ボスラッシュ)
ヨーイチとカゲトラは、何も無い真っ白な空間に居た。
ヨーイチは、カゲトラから下りた。
床すらも存在しないはずが、なぜか落下することは無い。
ヨーイチは、透明な地面を踏みしめ、少し待った。
やがてヨーイチの前方に、魔法陣が出現した。
そしてそこから、学生服の男が出現した。
オーカイン
「…………」
ガリガリに痩せた、長髪長身の男だった。
ヨーイチ
(第1ボス。ガリカイン)
押せば倒れそうな青髪の男が、槍をヨーイチに向けてきた。
相手が戦闘態勢をとっても、ヨーイチは余裕だった。
のんびりと考え事をしていた。
ヨーイチ
(武器はどうするかな)
ヨーイチは、腕輪に意識を送った。
そして、手中に長い棒を出現させた。
ヨーイチは、棒を構えた。
黒い金属棒の先端、その横側から、赤い光の刃が伸びた。
棒と刃は、大鎌の形をなした。
それはヨーイチの得意武器。
デスサイズだった。
ヨーイチ
(人間相手じゃないんだ。使っても良いか)
ヨーイチ
「カゲトラ。下がってろ」
カゲトラ
「みゃ……」
カゲトラは、不満そうに後退した。
ヨーイチは、敵に向き直った。
オーカイン
「…………!」
敵が槍で突きかかってきた。
ヨーイチはそれを横に回避し、大鎌で斬りかかった。
赤い光の刃が、敵の体を通過した。
敵の頭上に表示されていたライフバーが、一気に0になった。
敵の体が、緊急用バリアに包まれた。
敵は身動きが取れなくなった。
ヨーイチ
(よっわ。1撃かよ。さすがは最弱ボス)
少し待つと、敵を囲んでいたバリアが砕けた。
オーカイン
「グ……グゥゥ……」
敵はうずくまり、うめき声を上げた。
その全身が、青く染まっていった。
オーカイン
「グオオオオォォォォッ!」
敵の体が、変形を遂げた。
人の姿だったボスが、青い大蛇へと姿を変えた。
ヨーイチ
(第2形態……だけどなぁ……)
オーカイン
「グワウッ!」
大蛇がヨーイチに飛びかかった。
ヨーイチはそれを回避し、鎌で斬りかかった。
1、2、3。
3回連続で、ヨーイチは敵を斬った。
それだけで、敵のライフは0になっていた。
オーカイン
「……………………」
倒された敵は、動きを止め、光の粒になって消えていった。
ヨーイチ
(変身してもコレだもんな。コイツ)
ヨーイチ
(レアリティ2のデスサイズで3発って相当だぞ)
ヨーイチ
(ツリーマン以下の耐久て、何のための変身だよ)
ヨーイチ
(そもそも、どうしてコイツが化け物になったのかも、良く分からんのだよな)
ヨーイチ
(アッサリっていうか、説明不足なんだよな。ストーリーが)
ヨーイチ
(まあ、戦闘部分が神ゲーだから良いんだけど)
敵が消滅すると、次の魔法陣が出現した。
そこから、10層のボスであるツリーマンが現れた。
ヨーイチ
(こいつも弱いんだよなぁ。ガリカインほどじゃねーけど)
ヨーイチ
(ま、サクサクいきますか)
ヨーイチは、どんどんとボスを倒していった。
敗れることなく、20体近いボスを撃破した。
そして……。
ラスボス
「…………」
魔法陣から、最終ボスが出現した。
それは体長5メートルを軽く超える、桃色の獣だった。
現実の獣で言えば、山羊に近い。
獣は地面を踏み鳴らすと、ヨーイチを睨みつけた。
ヨーイチ
(やっとラスボスか)
ヨーイチ
(こいつ強いけど、ストーリー的にはそこまで盛り上がらんのよな)
ヨーイチ
(倒しても、意味深なムービーがちょろっと流れて終わりだし)
ヨーイチ
(考察とか好きなら、それで良いのかもしれんがさ)
ヨーイチ
(ちょっとは説明しろや)
ヨーイチ
(言葉は不要じゃねーよ。必要なんだよ)
ヨーイチ
(って……)
ヨーイチ
(ノリで1人で来ちまったけど、ラスボスとタイマンはキツいぞ)
ヨーイチ
(前に戦った時は、普通に6人でやって苦戦したんだが)
ヨーイチ
(それを1人て)
カゲトラ
「みゃあ」
ヨーイチ
(いや。1人と1匹か)
ヨーイチ
(何にせよ、普通にやったら勝ち目ねーな)
ヨーイチ
「……使うか」
そのときヨーイチは、自身の神経が、研ぎ澄まされていくのを感じた。
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