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Day‘s Eye 咲き誇るデイジー

幸せな正夢

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 陣痛は突然だった。
 獣人寄りの子は人の子よりも早く生まれるという話は聞いていた。予定通りには来ない、そう言われていた。……でも買い物途中とか本当に止めてほしい。

「うぅ…」
「大変! ちょいとあんた! すぐに産婆呼んできて頂戴!!」

 お腹を抑えてへなへなとしゃがみこんだ私を見た八百屋の奥さんが目をひんむいで叫んだ。棒立ちしている旦那さんの尻を蹴って追いやると、私の身体を支えてそのまま家に連れて行ってくれた。
 自分がここがいいと望んで家を建ててもらったけど、今はこの丘が憎い。だけど魔法を使う余裕はないし、歩くしかない。いつも歩いている道がめちゃくちゃ長く感じた。

「デイジー!」
「あぁテオ、ちょうどよかった。デイジーが産気づいちゃったから連れて行ってあげて」

 どこからか耳に入ったのか、仕事を抜けて帰ってきたテオが血相変えて飛んできた。「デイジー大丈夫か?」と心配そうに声をかけられるが、私は言葉を出す余裕もなく、うーうーと唸るだけ。
 テオに抱きかかえられて家に入ると、そのまま寝室のベッドに寝かされた。

「テオ、お湯を沸かしなさい。それからタオルと大きな桶はどこにしまってるの?」
「デイジー、頑張るんだよ。あんたはお母さんになるんだからね」

 いつの間にか身内もやってきたようで、お母さんとテオのお母さんがテキパキと準備をしてくれていた。
 とにかくお腹が痛くて泣き言が言いたかったけど、お母さんになるのだと言われたらなにも言えないじゃない。痛いとは聞いていたけどこんな痛み想像してなかった。私は今日死ぬかもしれない。

 襲い来る波と格闘しながら、周りはどんどん騒がしくなっていく。

「頑張れ、頑張れよデイジー!」

 テオは応援してくれている。
 それはわかってるんだけど、やけに腹がたった。もう既に頑張ってんだよ! どれだけ痛いか苦しいか、男のあんたにわかるか!?

「ふざけんな、あんたが産めぇぇ!」

 私の怒鳴り声にテオの耳がぺたんと前に倒れてしまった。お母さんにわかるわかるとなだめられながら、私はいきむ。
 何時間私は苦しめばいいのか。今は何時なのか。
 先程まで明るかった空が真っ暗に変わった。時間はどのくらい経ったのであろう。痛みで体力はどんどん削れていくのに、眠ることさえ出来ない。

「あぁぁー! い゛たぁぁーい!!」

 私の悲鳴とともに、産婆さんの「一人目出てきたよ! もっと踏ん張って!」の声が部屋中に響いた。双子を宿した私の戦いはまだまだ終わらないのである…。





 軽く気を失っていると、ぷきゅぷきゅと子犬の赤ちゃんが漏らすような鳴き声が耳に入ってきた。その側でお母さんたちが「かわいいねぇ」「ちいさいわねぇ」とデレデレの感想を漏らしている。獣人は子どもを大切にする生き物なので、生まれたての子どもを前にすると母性本能くすぐられるんだろうなぁ…

「ほら、デイジー」

 産湯から上がったほかほかの2匹の赤子を胸元に置かれた私は無意識に腕で支える。
 薄目を開けると、そこには子犬みたいな赤ちゃん。……本当に生まれたときは獣姿なんだな……獣人の赤子サイズでこんなに痛いのに、人間の赤子だったら私はどうなっていたことであろう……。

 毛色は白銀と黒の双生児。両方とも男の子だ。
 本当に生まれた。私とテオの子だ。

「デイジー、よく頑張ったなぁ…」

 今にも泣きそうなテオが私の顔を覗き込んできたので、私は小さく笑った。

「……お父さんとしての最初の仕事。この子達の名前考えて」

 テオはブンブン首を縦に振りながら、私と赤ちゃんが潰れないように優しく抱きしめてきた。耳元で鼻をすする音が聞こえたが、気づかないふりをしてあげた。


□■□


「ほらお前はもう寝ろ。乳やるために何度も起きて身体が辛いだろう」

 子どもが生まれてからは今までの生活は一変した。毎日が変化の連続で、一日一日を噛みしめる暇もなく、忙殺されていた。
 ただ…育児は戦争だと前もって覚悟していたのだが、私にしか出来ないお乳やり以外……例えばおむつ替え、お風呂、洗濯、掃除、料理など、仕事以外の時間であればテオは積極的にやってくれた。
 ぐずって泣きやまない子どもたちをあやすときも、私の睡眠時間を優先して代わりにやってくれた。家族も交代で手伝いに来てくれたし、私はだいぶ楽をさせてもらっている気がする。
 獣人は子どもをものすごく大事にする生き物。私を育ててくれた家族もそうだった。だけどまさかこのテオまでも子煩悩お父さんになるとは思いもしなかった。

 ぷえぷえとぐずっていた子たちがようやくウトウトし始める。寝顔は天使なんだよ。起きてるとやかましいけど……
 眠気もありながらぼーっと双子の寝顔を見ていると、肩に腕を回されて抱き寄せられた。

「俺の子ども産んでくれてありがとな」

 囁くように言われたその言葉に私は小さく笑う。

「まだまだでしょ、あんたはもっとたくさんの子と孫に看取られなきゃいけないんだから」

 2人じゃまだまだでしょ。最低でもあと1人は産まなくては。テオのこの面倒見の良さなら3人目も積極的に面倒見てくれるはずである。
 私はテオの夢を叶えてあげたいのだ。子沢山の賑やかな家庭にしてあげたいのだ。

「デイジー…」

 2人きりのときだけに出すような甘くて低い声で名前を呼ばれた。私はそっと瞼を閉じる。テオの唇が重なってきて、私は彼の首元にしがみついた。テオの口の中に舌を潜り込ませて彼のそれに絡める。
 体調不良~妊娠判明から彼は私に手を出さなくなった。それは仕方ないとわかってるんだけど、出産後もキスをするだけ。私はそれだけじゃ物足りなくて、彼に抱きつくと誘うように身体を擦り付ける。

「ねぇ、テオ…激しくなければ我慢しなくてもいいんだよ? 出産してからもう4ケ月経ったし…」

 私からお誘いしてみると、テオの目の色が変わり、私をぎゅうと抱きしめてきた。

「…次は女の子が欲しいな。お前似の可愛い女の子」

 産んだばかりなのに続けて産ませようとするのか。なんて男だ。そうは思いつつも、彼の願いなら叶えてあげたい。テオの子どもなら何人だって産んでもいい。
 夢中でキスを続けていると、テオの手が私の身体を撫で始めた。子どもたちが眠っているここじゃ駄目なのに。

「じゃあベッドに連れて行って…」

 私が囁くと、ぐいっと身体が宙に浮いた。テオに抱っこされて夫婦の寝室に向かおうとドアを開くと金色の瞳とバチッと目があった。

「…乳繰り合うなら、自分たちの部屋でやったらどうだ」

 子ども部屋のドアの隙間から枕持参したルルがじーっと私達を観察していた。
 ルルが添い寝しながらついでに子守をしてやると言うので、おまかせして私達は寝室で久しぶりに睦み合ったのである。


□■□


 ぷえぷえとぐずる声が聞こえた。私は薬作りを中断して長男を抱きかかえた。テオに毛色が似ている長男は甘え鳴きが多く、こうして仕事を中断させられることも少なくない。

「♪…」

 身体を揺らして長男をあやす。窓辺から外を眺めながら私は子守唄を歌った。この歌はお母さんがよく私に歌ってくれた子守唄。獣人の中でよく歌われる子守唄なのだ。この歌を聞くと安心してよく眠れるとかなんとか。
 今日はいい天気だな。次男が起きているなら散歩に行くんだけど、ぐっすり眠ってるからなぁ……

 自分の歌う声で気づかなかったけど、いつの間にかテオが帰ってきていたようだ。そうか今日は土曜だから仕事が半日で終わる日だったね。
 何故かテオは眩しそうにこちらを見ていた。それを疑問に思わないこともなかったけど、手が空いてそうだったので私は長男を彼に押し付ける。

「仕事があるから、子守よろしくね」

 と言って子守を押し付けると、テオは幸せそうに笑った。
 笑った…そんなに子守が好きなのか。獣人とは摩訶不思議である。
 テオは長男を抱いた右腕はそのままにして、左腕で私を抱き寄せると、しっぽをブンブン振って「幸せだなぁ」とつぶやいた。
 その声が本当に幸せで満ちていたので、私までポカポカした気持ちになってしまった。

 窓からは明るい太陽の光が差し込んでいた。あたたかで、穏やかな太陽の日差し。
 しかしそこにフッと影が差した。雲が太陽の光を遮ったのかと思って空を見上げると、そこには巨体が浮いていた。その巨体からボタボタボタッと芝生に溢れる…血。

「あ、ルル…おかえり」

 ルルが新鮮な鹿を捕まえて帰ってきたのだ。鹿の首から新鮮な血液が溢れ出している。

「庭が! 馬鹿かお前は!! 血抜きくらいしてこい!」

 さぁっと血相変えたテオが長男を抱きかかえたまま窓から顔を出して叫ぶと、ルルが『細かい男だな』と冷たく返していた。

『チビどもに餌を獲ってきてやったんだ。私を褒め称えろ、犬っころ』
「いや、まだ固形物食えねーし!」

 テオとルルが騒ぐものだから、長男だけでなく次男もぴゃーぴゃー泣き始めた。あーあ、やっと寝かしつけたのに……。私はため息を吐き出す。
 ……もう既に我が家はにぎやかでうるさい家庭になっているのかもしれない。
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