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Day‘s Eye 花嫁になったデイジー

わたしが私になる。

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 この村は辺境にある長閑な獣人村。
 広い広い土地に住まう獣人たちはよく言えば結束が強く、悪く言えばムラ社会でよそ者には厳しい。
 しかし、人の出入りに寛容な町や王都と違って、知らぬ顔の来訪者を監視するような体制が整っているからこそ、村の平和が守られているとも言える。

「な、何だお前らは!」

 私が獣人村に入り浸る、得体のしれない変わった魔術師だと村中に周知されて数日経過したとある平日のお昼間のことだ。
 過去の自分は学校にいる時間帯。なんとなく足を運んでみると村の住宅集合地でちょっとした騒ぎが起きていた。

 なんだろうと思って野次馬しに様子を見に行くと、その渦中にはニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた獣人の男たちが嫌がる若い女性の腕を掴んでいるではないか。
 女性はこの村の人だが、男たちは違う。招かれざる客を警戒するように村のお年寄りが厳しい顔で相手を睨みつける。だが男たちはナメた態度で余裕の笑みを浮かべていた。

「俺らは雌を探しに来たんだよ」
「そうそう、年寄りが口出しすることじゃねぇだろ?」
「試して駄目だったら戻すからさ」

 うわぁ、最低。
 男たちの言葉の裏にある真理を読み取れば、相手の目的はすぐに分かった。
 こいつら、村の女性で遊ぼうとしてるんだ…こんな、真っ昼間から……いや、それを狙っていたのかもしれない。平日の今日、働き盛りの村人男性たちは仕事で不在の時間帯。この住宅地にいるのは、女子どもと仕事を引退したお年寄り達ばかりだ。
 いくら獣人が人間よりも頑丈とはいえ、同じ獣人の若い男性相手じゃ分が悪すぎた。

「馬鹿なことをいうな! その子は嫁入り前なんだ!」
「だからー、気に入れば嫁にもらってやるってー」
「いやぁぁ! 離してぇ!」

 どこの出身なのだろうあの獣人達。わざわざよその村に来て番探しにきた風でもなさそうだし……
 獣人は基本番を大事にするし、弱い存在を大切にする生き物なんだけど、やっぱり一部はぐれものが出てくると言うか。まぁそれは人間にも言えることなのだが。

 ふと、私はここに来たばかりの日に見た掲示板のお知らせを思いだした。“若い娘が連れさらわれる事件が多発しています”ってお知らせの犯人って、こいつら…?
 もしもそうならよくも今まで捕まらなかったな。

「その娘を離せ! うちの村の娘に手を出すんじゃない!」
「ジジィは黙ってろ!」
「いやぁ! 痛い!」

 若い獣人女性は身を捩って嫌がっている。しかし乱暴に引き寄せられて痛みに悲鳴を上げていた。
 若い娘さんを助けようとしたお年寄りが老いた身体を叱咤して動こうとしたが、周りにいたならず者仲間によって妨害を受けている。なんと杖をつかなくては歩けないようなお年寄りを突き飛ばしてわざと転倒させようとしていたのだ。すかさず周りにいた奥様方がお年寄りを支えていた。
 村人からはあからさまによそ者に対する敵対心を向けられているというのに、ならず者共はその反応を楽しむようにニヤニヤして見下ろしていた。…弱いものいじめして喜んでいる子どもか。

 獣人は見た目とか強さ順にモテるんだけど、その中でも不人気の種族もいるわけで……哀れなことに彼らはそれに属する。それでグレて女の子に乱暴を働くようになったのかもしれない。
 仮にそうだとしても、無関係の女子に無体働いていい理由にはならないんだけど。

「その雌にも、選ぶ権利があると思わない?」

 私は緊迫した空気を切り裂くように声を張り上げた。
 その場にいた獣人たちの視線が集中するのがわかった。

「あぁ、私は新婚ホヤホヤの既婚者だからお構いなく」

 前置きは大事。
 悪いが私はお相手できないぞ。うちの旦那はヤキモチ焼きなんでね。

「人間が何故ここにいる…」
「まぁちょっと縁があって。…そういうあなた達こそ、自分たちのやってることが前時代的な犯罪だってわかってる?」

 何百年も前の獣人文化では、運命の番を連れ去ったり、意中の異性を無理やり手篭めにしたりするのが普通であったが、今はそうは行かない。今は法律もあるし、文明もある。獣人たちも教育を受けて知識をつけているのでそんな乱暴なことはしない。進化したとも言える。
 それを私も初等学校で習ったので、目の前の彼らだって同じ教育を受けているはずだ。住んでる場所は違ったとしても、獣人の通う初等学校なら当然の常識として学ぶはずなのに。

「小生意気な女が…!」
「痛い目にあいたいようだなぁ…」

 注意されたのが気に入らないのか、奴らは鼻ジワを作っておっかない顔をしてきた。
 女の子をその辺に放り投げ、指をボキボキさせなからこちらに近寄ってくる。獣人の男が集団でどうこうしようとしているあたり、情けないものがあるんだが、彼らは自分を客観視出来ているだろうか。

「やめなよ…私は弱くないよ?」

 魔術師に隷属させられた獣人の歴史を知っているだろう。出来ることなら私は魔法が使えない相手には魔法で攻撃したくないのだ。
 警告はした。
 しかし相手は力を誇示してやりたくて仕方ないようだ。獣人のヒエラルキーは強さがものをいう。それを見せつけるために、異種族の人間の女に拳を振り上げたのだ。

「あぶな…!」

 奥様方が息を呑む声が聞こえたが、私は落ち着いていた。
 転送術を使ってその場から移動すると、ならず者その1は空振りしてバランスを崩していた。すかさず背後に回った私は両手で背中を突き飛ばしてみた。
 いとも簡単にどしゃりと地面に倒れ込むその1。…結構弱いな。テオなら、匂いを察知してすぐに避けるのにな……

「こ、このアマっ…!」

 地面に膝をついたその1がわなわな震えながら睨みつけてくる。
 先に殴ってきたほうが悪いのに、そんな被害者面しないで欲しい。

「捕まえろっ」
「こんな弱っちそうな女、簡単に…!」

 その2とその3が挟み撃ちにして私を捕獲しようと突進してきたので、私は再度転送術を使って場所を移動する。彼らは正面衝突して、お互い抱き合う形で倒れ込んでいた。
 なんか手応えがなさすぎる。……同じことして簡単に捕まえられなかったテオってもしかしてそこそこ強いのかな。

「私はとろくも、弱くもない。怪我したくなければ引いたほうがいい」

 私は着用しているマントに隠れているペンダントを持ち上げて、翠石の輝くそれを見せびらかした。

「…おまえ! 高等魔術師か!」

 別に魔術師の階級は隠してないぞ。マントを着ていることから魔術師であることは察せただろう。この村の人達は突然現れたよそ者が高等魔術師だって皆知ってる。

「捕縛せよ」

 暴力は嫌いなんだ。手を煩わせないでくれないか。
 私は魔術でならず者の彼らを捕縛すると、近くにいたご婦人に声を掛けた。

「町の詰め所にいる警らに通報するといいでしょう」
「えっ…あの…」

 困惑した様子の彼女は私とならず者を見てオロオロしていた。

「ここの掲示板に載っていた、“婦女誘拐”に関わっているかもしれません。そうなれば奴らは苦役行きを免れません」

 元の場所なら私が通報するけど、過去のこの場所で私が通報すると面倒というか…ねぇ…

「アステリアさんカッコいい!」

 どこから見ていたのだろう。学校帰りの過去の私が瞳を輝かせて私の元に駆け寄ってきた。すっかり懐いた彼女は私の腰に抱きつくと、「アステリアさんが魔法使った姿、初めてみた!」と興奮していた。
 そういえばそうだったかな? 使う機会がなかったからなぁ。

 無邪気な幼い自分を見ていると、微笑ましい気持ちになった。あなたにも同じ力が宿っているんだよ、と教えたくなったけど今は言わない。
 桃色に色づいた丸い頬をそっと手のひらで包み込むと、私は彼女に言った。

「知識は武器になる。幅広い学問は心を豊かにしてくれる。もっと沢山のいろんなことを勉強してみるといい」

 数年後にあなたは必ず魔力を発現させる。そして私が歩んだ道を進むはずである。それがたとえ険しい道でもきっと乗り越えられる。だってあなたは私なのだから。
 私が笑うと、幼い自分が目を丸くさせていた。どうしたんだろうと辺りを見渡して理解した。
 ──私の体が光っているからだ。

「アステリアさん!」

 元素の力が働いて身体を引っ張られている感じがする。誰かが術を使っているんだ。
 あぁよかった、元の時代に戻れる方法があったんだな。このまま戻れなかったらどうしようかと思っていたのだ。

「ごめんね、元の場所に帰らなきゃいけないみたい」

 私はここにいたらいけない人間だ。本当なら過去の自分と接触することすら推奨されないはずだったはずだ。

「まって、行かないで!」

 幼いデイジーは腕を伸ばして私の身体に縋ろうとする。
 彼女が私と一緒に来てしまえば歴史が狂ってしまう。それはまずい。彼女の手を振りほどこうとした。しかしその前に彼女の手は離れていく。デイジーの身体を後ろから抱き込んで私から引き剥がそうとする少年がいたのだ。 

「危ねぇからやめろ!」
「いや! テオのバカ、離して!」

 彼は嫌がって暴れるデイジーにボコボコされて、痛そうに顔を歪めていたが、その腕を絶対に離さなかった。その姿を見て、私は小さく笑う。
 全くもう、素直じゃないんだから。昔から私にも優しくしておけば遠回りしなかったのに。

「大丈夫、私はずっと一緒だから」

 消えるその瞬間に私がそう言い残すと、目の前にいた幼い少女の紫色の瞳から雫がこぼれ落ちた。
 ──幼い私はこれからいろんな経験をして行く。辛いことも悲しいことも悔しいことも学んでいく。
 そして私になるのだ。


■□■


 引っ張られる感覚にギュッと目を閉じていた。
 過去に行ったときとは違う感覚を感じながら耐えていると、それが徐々に薄れていって……目を開いた瞬間、視界を塞がれた。目の前に映るのは生成りのシャツの色。ぎゅっと私を抱きしめる熱い身体に包まれ、戻ってこれたのだと実感した。

「……良かった…」

 私を抱きしめてるのはいじめっ子を卒業して私の旦那になったテオである。弱々しい声を漏らして、私の首元にグリグリ顔を押し付けている。

「成功したね……良かった」
「良かったぁ! デイジー心配したんだよぉ!」

 そして召喚の魔法陣の隅にいたのは、くるくるの赤毛をひっつめにした丸メガネのマーシアさんと長い髪を二つ結びにしたカンナである。
 私は魔法魔術省の召喚場ど真ん中にいた。それでなんとなく状況を把握した。2人が術を使って私を呼び戻してくれたのだと。

「いやーもう驚いたよ、デイジーの旦那君が半泣きで助けを求めてきてさ。ほうぼう探しても見つからないから最終手段に出たけど、召喚は専門外だからどうなるかなぁと思っていたんだぁ」
「私も頑張ったんだよ!」

 疲れた顔で肩の力を抜いたマーシアさんの隣で、国の領地にそれぞれに配置されている魔法魔術省の一箇所に事務員として就職したカンナが胸を張って自慢気に鼻を鳴らしていた。

「古い文献探すのに手こずったけど、なんとかうまくいったね」

 なるほど、テオは私の友人たちに接触して助けを求めたのか。
 マーシアさんとカンナも専門外のことなのに、わざわざ調べて頑張ってくれたんだ…

「ありがとう皆…」
「どういたしまして。デイジーが無事で良かったよ」
「うふふ、テオ君嬉しくて泣いてるー」

 私達を微笑ましそうに見てくる2人。
 テオは私を離さないとばかりにぎゅうぎゅう抱きついて離れない。

「テオ。顔見せて?」

 私がそっと声を掛けると、のそのそと顔を持ち上げたテオ。その顔はひどくやつれて、目には涙が浮かんでいた。

「やつれ過ぎでしょ…ヒゲはちゃんと剃って」

 無精髭生やして何してるの。いい男が台無しじゃない。寂しかったのは私もなのに、テオはそれ以上に萎れていた。

「目の前からお前が消えたんだぞ!? どこに行ったかわからないし、お前の匂いが消えて無くなって心配で不安で……待つのはもう嫌だ」

 テオの語調はどんどん弱くなっていき、最後には涙声に変わっていた。

「……大人のくせに泣き虫だなぁ」

 弱々しいテオの首根っこに腕を回して抱き寄せると、私は笑った。
 過去に飛んだのはびっくりしたけど、私としては中々いい経験をした気がするよ。幼い頃の生意気なあんたの話をしたらどんな反応するかな?
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