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Day‘s Eye デイジーの花が開くとき

太陽に愛された花嫁

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 ドレスアップした後はお互いの家族の顔合わせという形で引き合わされた。
 主役の私もだけど、テオも今日はしっかりめかしこんでいる。いつもは下ろしている前髪を後ろにながして整髪料で整えており、私のドレスに合わせてデザインされたフロックコートはテオによく似合っていた。テオのしっぽの色をぼかさないよう、クリーム色が選択されたのだが、めちゃくちゃ格好いい。
 私は普段人の容姿を褒め称えるような性格ではないのだが、正直に言おう。惚れ直したと。

 テオはウェディングドレスに身をまとった私を見て、その切れ長の瞳をカッと見開いていた。わなわな震えていたかと思えば、シュバッと跳んで、私をその腕に囲った。

「だめだ、綺麗すぎて男が見る」

 ……この期に及んで何を言っているんだこの男は。
 テオのいつもとは違う雰囲気にときめいていたのに一瞬で冷静になってしまった。

「テオお前なぁ…」
「何言ってるの、番ったことをお披露目しなきゃ話にならないでしょ」

 テオの両親は呆れた目で息子を見ている。
 テオは私がめかしこむと男が寄ってくるから困ると思っているらしいが、この村でここまで私のことを好きな男はテオしかいないし、匂いつけされまくっているせいで独身男性は寄ってこない。私が選んだのはテオだ、心配しなくていいのにこいつは独占欲に振り回されている。

「私との結婚、お披露目したくないの?」

 結婚したのにお披露目しないとか前代未聞だぞ。準備整って招待客や村の人も集まっているのに新郎のワガママで中止って失礼にもほどがあるんだからね。

「そんなわけねぇだろ!」
「じゃあお披露目式くらいおとなしくして。せっかくかっこいいのに台無しだよ全く」

 ほら、行って、とテオの背中を叩いて促す。
 テオは私の方をしきりに振り返りながら、おじさんに引っ張られていった。彼が一足先に会場に向かったのを見送ると、私は側に控えていたリック兄さんに近づいた。
 会場となっている広場まで、私はリック兄さんにエスコートしてもらうことに決めた。本来であれば新婦は父親にエスコートされて入場するのだが、私はリック兄さんを指名した。彼は私にとって兄であり、父である特別な存在だからだ。

 準備をしてくれたメイドが最終確認をして、締めくくりに母上が私に長い長いベールを被せてきた。母上はベール越しに私の顔を見つめ、「アステリア…幸せになるのよ」と掠れた声で一言言い残した。彼女は父上の腕に手を回すと静かに退室していった。親族が会場に出向いたあと、その場には私とリック兄さんだけが残された。
 私は隣のリック兄さんを見上げて笑う。

「エスコートお願いね、リック兄さん」
「…あぁ」

 リック兄さんの声は震えていた。
 泣きはしていない。むしろムッスリとしてどこか不機嫌にも見える。だが私にはわかっている。兄さんは泣くのを我慢しているんだって。
 兄さんのエスコートで外に出ると、会場までの道を歩いていく。邪魔するものがなにもない大空、手つかずの自然が身近にある何の変哲もない田舎村。私はここで育った。
 色んな事があった。孤独だった時代もあって、余所者の私はいつかはここを離れるんだと思っていた。だけど状況はコロコロ変わり、私はここで根を張ることに決めたんだ。
 ──今ではここが私の居場所。この大地は私の母のような場所。空気が、この村や森に住まう元素たちが私の結婚を祝福しているような雰囲気さえ感じ取れた。

 会場には多くの人が集まっていた。青空会場は盛大に祝おうというフォルクヴァルツ一家のおかげでちょっとした特設会場に変貌している。各テーブルには腕によりをかけた料理が並んでおり、使用人がわざわざサーブしてくれるのだ。みんなして私達の結婚式を盛り上げようとしてくれていた。

 会場の前方にある簡易祭壇前にはテオの姿があった。そして祭壇に立つのはサンドラ様の姿。
 私の祖国であるシュバルツの大巫女であるサンドラ様は、大巫女として、ひとりの友として祝福してくれると言うのだ。2人の大巫女に祝福されるのはなかなかないこと。本当なら恐れ多いことだが、彼女は心から私の結婚を祝福してくれている。なので彼女の申し出をありがたく受け取ったのだ。

 招待客や村の人が見守る中で、私はリック兄さんと共にゆっくり歩いていく。
 私はベールで顔は隠れているけど、どこに誰がいるのかは分かる。先頭の列には親族が座わっており、その近くに私の友人たち、テオの悪友たちが固まって座っている。もう既にカンナがピエピエ泣いてハンカチをぐちゃぐちゃにしている姿が見えた。私は苦笑いしつつも、前を見た。

 私を待つ、テオの元へとゆっくりゆっくりと近づいた。
 無駄に裾の長いドレスを着て歩く道のりはこれまでの私の人生のように重く感じた。
 決して私は不幸だった訳じゃない。
 だけど私を守るために命を落とした人がいること、色んな人達が犠牲になったことを忘れたりしない。
 私は色んな人に守られ、救われてここまでやってきた。

 だから、私は自分で選んだ道を精一杯に生きる。自分で幸せを掴み取りにいくのだ。


 ゆっくりゆっくり歩いて、ようやくテオの元に到着した。
 エスコート役の兄さんが新婦である私の手を新郎に渡す役割があるのだが、兄さんはぐっと歯を食いしばったまま、動かなかった。むしろテオを睨みつけている。

「り、リック…?」

 テオが異変を感じて小さな声で呼びかけると、リック兄さんのつぶらな茶色い瞳からブワッと涙が溢れ出した。それを間近で見ていたテオは目を丸くして固まっていた。

「いいかテオ! よく聞け!」

 その声は青空式場だけでなく、村全体に響き渡りそうな大声であった。

「俺はデイジーがこんなちっさい頃から面倒見てたんだぞ!」

 そう言って赤子の大きさを手のひらで再現してみせるリック兄さんは恥も外聞もなく顔を真っ赤にさせて泣いていた。

「弱くて頼りなくて死にかけていた小さな赤子を! 俺は妹のように娘のように思って大切に守り育ててきた!」

 過去を思い出しているのか、感情的になった兄さんは流れる涙と鼻水をそのままにして、テオの胸ぐらを掴み上げた。

「デイジーが嫁に行くのを見送る俺がどんな気持ちかお前に分かるか!? いいか、妹を不幸にしたらお前を許さないからなぁぁ!」
「兄さん…」

 兄さんの咆哮に私までつられて涙が出てくる。
 兄さんは私をいつだって守ってくれた、いつも味方でいてくれた。わかっていたけど、改めて愛されていたんだと実感するとこみ上げてきてしまう。

「誓うよ、俺は絶対にデイジーを守る。幸せにするって」

 リック兄さんに胸ぐらを掴み上げられた手をしっかり握ると、今一度誓ってみせたテオ。兄さんはその手をゆっくりと離すと、テオに力強いハグをして背中をバシバシと叩いていた。
 テオから離れた兄さんは私の手を取って、その手をテオに差し出す。

「頼んだぞ、テオ」
「…任せろ」

 私をテオに渡した兄さんはすっと後ろに下がった。
 テオは私の手を引いて前に向かうと、祭壇に立つ大巫女サンドラ様に頭を下げた。私も合わせて頭を下げると、サンドラ様が祝詞を読み上げはじめた。
 鈴の鳴るような声のサンドラ様は決して声が大きいわけじゃない。だけどその声はしっかり祈りが籠もっていた。

「此度夫婦となった2人に、女神フローラの祝福を」

 そっとサンドラ様の手が頭に乗る。 
 すると背後でワッと歓声が上がった。

 大神殿ではなかった盛り上がり方に私はビクッとしたが、村中の人が祝福してくれているのだと嬉しくなった。
 喜んでいるのは私だけでない。
 突然、感極まったテオに高い高いされた。
 緊張で硬い顔していたはずのテオはいつものはしゃぎっぷりを見せて私を見せびらかすように抱っこしたのだ。

「馬鹿! おろしてよっ」
「綺麗だ、デイジー。世界一綺麗な花嫁だ。こんな綺麗な嫁さんもらえて俺は幸せもんだ」

 テオは最高に幸せだと言わんばかりの笑顔を振りまいていた。ドレスも相まって重いはずなのに、羽根を持ち上げるように余裕の表情で持ち上げてみせた私の旦那様こそ、きらきら輝いて眩しかった。
 人前で褒め称えられて恥ずかしくなった私はうつむく。するとテオが「かわいい」と言って、ベール越しに私に口づけしてきた。

「く、口紅がベールにつくから!」

 俺の嫁さん世界一かわいいモードに入ったテオは止まらない。先程まで男に見せたくないと騒いでいたのは誰だったのだろう。見せびらかすように、招待客や村人に見せつけているではないか。
 来てくれた人、集まってくれた人皆が祝福の言葉を投げかけてくれる。

 養家族の皆はとうとう全員泣いてしまった。激しい嗚咽を漏らしてそれどころじゃなかった。実家族側では母上がハンカチで涙を抑え、父上が背を向けて震えているのを兄上が背をさすっている。
 テオの両親も肩の荷が下りたとばかりに安心した顔でお祝いしてくれた。

 私の友人のカンナやマーシアさんに始まり、お忍びでお祝いにやって来た王太子妃殿下エリーゼ様。別の地へお嫁に行ったミアも旦那さんと参列して祝福の言葉を投げかけてくれた。みんなみんな笑顔でおめでとうと言ってくれた。
 村の人、幼馴染たちも各々お祝いを告げてくる。私はそれが嬉しくて、いつの間にか泣いていた。

「我に従う土の元素たちよ、花を咲かせよ!」

 カンナが両手を広げて叫んだ。すると辺りに土の匂いが広がる。一拍遅れて、ポンポン、と白い花が咲いた。白い花弁に黄色い花芯を持つ、太陽の目。
 私の花だ。私の始まりの花。太陽に愛されたデイジー。
 それに合わせてマーシアさんも呪文を唱えた。

「我に従うすべての元素たちよ、2人に祝福を与えよ」

 祝福の呪文が唱えられると、キラキラ輝く光が私達に振りかかる。
 辺りはキラキラ輝き、太陽に反射して更に輝く。あたたかい日差しが私達に降り注ぎ、その眩しさに目をつぶった。青い空に強く光り輝く太陽。
 あぁ、まるで私も太陽に愛されているみたい。

「テオ」
「ん?」

 私は自分からベールを取り去ると、テオの唇に自分のそれを押し付けた。
 テオの唇に口紅の色が移ってしまったが、構わず彼の首に抱きつくとそっと囁いた。

「しあわせになろうね」

 テオは私をギュッと抱きしめ返すと、返事の代わりにキスをしてきた。

 するとあちこちで歓声が上がった。
 周りの囃し立てる声に恥ずかしくなってすぐに唇を離したが、テオは私を地面に下ろすことなく、席についてもずっと私を膝の上で抱っこし続けた。
 結局、お披露目式が終わって退場した後までずっと私を離さなかったのであった。彼いわく、綺麗な嫁さんを誰かに連れさらわれたら困るから、だそうだ。

 新婚早々、旦那の溺愛が重い。
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