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Day‘s Eye デイジーの花が開くとき
尻尾と愛情表現
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私は森の中から保護されて以降、獣人に囲まれて暮らしてきた。
ただ、しばらくは人間を警戒する獣人社会にうまく混ざれず、家族以外の獣人とは距離を置いていたこともあり、“獣人”という種族の習性を大まかにしか理解していなかった。
人族との違い。例えば五感に優れてるとか、運動神経がいいとか。その程度の違いだと思っていた。
初等学校の高学年時代に獣人のことを学ぶ機会があった。獣人は人の形をしているが獣の習性もあり、本能で生きている。そこが人族とは大きく異なるのだと先生は言っていた。
当時の私は、その授業に仲間はずれ感を覚え、『人族である自分にはどうせ関係ない』と授業を真面目に聞かず関心も持っていなかったが……今になって思えば彼らと私では、感覚が大きく異なっていたように思える。
□■□
【約8年前】
『──では今日は君たち獣人の習性についてお話しようと思います』
その言葉に当時の私は眉間にシワを寄せた。
先生の話は獣人の成り立ちから始まった。獣人とひとくくりにしても、そこから枝分かれしてたくさんの種族に分類される。
大まかに草食、肉食、雑食ごとの違いを話した後に、これから訪れる成長期で起きる体の変化…つまり発情のことだったり、番という獣人独自の伴侶のこと、求婚の際に行われる番の誓いなどを説明していた。
『聞いたことがあるかもしれませんが、この世には運命の番という存在がいます。会えれば奇跡と言われているくらい稀なことですが…』
その話を聞いていた私は内心アホくさいと思っていた。
何が運命だ。私が捨てられることすら運命だったとか言われたら笑い飛ばしてしまいそうだ。運命という言葉に振り回されて自分の意志を置いてけぼりにするなんざ、色ボケしたアホなんじゃないのかと鼻を鳴らして笑った。
当時の私は反抗期も相まって心の中で毒づくことも多かった。捨て子だったと思っていたこともあり、子を作るまでの過程となる恋や結婚に悪い印象しかなかったのだ。
獣人が夢見る運命の番とやらを鼻で笑って小馬鹿にしていたくらいだ。我ながら性格の悪い子どもだった。
だって仕方ない、恋を全く知らないお子様だったのだもの。人族にはそんな存在いないのだ、理解なんか出来るわけがない。
私はどこまでいっても人間だ。獣人にはなれない。この村では私だけが異物だったのだ。
獣人の習性をふんわり認識していたとしても当事者じゃないから理解は出来なかったのだ。
『相性のいい相手の匂いはとてもいい匂いであると認識します。そして頭で理解するよりも先に身体で求愛行動を向けます。例えば、獣人の弱点でもある耳に噛み付いたり、尻尾に触れたりする行動であったり、自分の匂いをつけたり…』
駄目じゃん、本能が先行したら。ただの変態になってしまう。理性を働かせろよ。
『お互いの匂いを嗅ぎ合う行為も親愛の証です』
授業を受けていたクラスメイト達が急に周りを意識し始めて、くすくす笑ったり、冷やかし合ったり教室がざわめき始めた。
そんな中、私は顔をあげずに羽ペンを動かしていた。
毎回挙手するのが常だと言うのに、その時の授業で私は珍しく手を挙げなかった。なぜなら、自習ノートを引っ張り出して、サボりならぬ別の勉強をしていたからだ。たしか算術の練習問題をしていたと思う。
だって私には関係ないから。私が獣人のうんたらについて知っても仕方がないと思ったから。
勉強は好きだけど、獣人云々は試験勉強には出ない。中等学校でも勉強しない。よって私には必要ない。
私が目指すのは中等学校へ奨学生入学して、いつか高給取りになること。ただそれだけだったのだ。
『特に意中の雌を見つけた雄の執着はものすごく、雌の周りにいる他の雄を排除しようと動きます。雌を自分のそばに置きたがり、周りに自分のものだと主張するようになります』
がりがりと羽ペンを動かして計算問題を黙々と解いていると、なんだか視線を感じたのでふと顔を上げた。
…すると何故か、皆がこちらを見ていた。その目の数々に私はギョッとする。
──まずい、話を聞かずに別の勉強していたのがバレた。
授業で冷や汗をかいたのはあれが初めてだったかもしれない。
□■□
故郷の村はのどかで田舎で穏やかな時間が流れている。
ただ、やっぱり時が流れたことでみんなに変化があった。例えば同級生の殆どが既婚者になってたり、婚約していたり……。獣人、結婚するの早い。魔法魔術学校の同い年の人達はようやく卒業の年だってのに。
「昔デイジーって髪の毛を三つ編みにしていたよね」
道端でたまたま遭遇したミアにそう言われて私は首を傾げた。
今は髪を下ろすことなく、すべてまとめているが、未だに三つ編みにすることもあるぞ。
ミアは何かを思い出しておかしそうにクスクスと笑っていた。私は何が面白いのか全くわからず訝しんでいた。
「よくテオに髪の毛引っ張られていたでしょ?」
「あぁ…そうだったね…」
今でこそガキっぽいいじめはしてこないけど、昔はとんだいじめっ子だったもんね。余程私の髪の毛が引っ張りたいのか、初等学校時代はいつも私の背後に座ってきていたし。
髪の毛が長い女の子なんて他にもいるのに、私を標的にして引っ張ってくる……私も反撃として奴の尻尾を力いっぱい引っ張ったことがあるけど、痛がりつつも嬉しそうな顔をするテオが不気味に見えて、一回きりで終わったんだよね。
「テオがデイジーの髪を引っ張るのは、しっぽに触れる愛情表現の代理行動なんじゃないかって言われていたんだよ」
そんなこと言われても、私は痛くて仕方なかったんだけど。
……あれ、もしかして……私が反撃で尻尾引っ張った時、それを愛情表現だと勘違いされていたの? 愛情の欠片のない力加減で引っ張ったのにあいつは被虐趣味か。
「羨ましがってクラスの女子が三つ編み真似してたけど、テオはデイジーばかり追いかけ回していたんだよね」
えっ…そうだったの…?
確かに一時期三つ編みブームが来たのかってくらい女子が三つ編みしてたけど、すぐにそのブームは消え去ったんだよね…。なるほど、そういうことだったのね。
「テオがデイジーを選んだのは一目瞭然だった。なのにデイジーったら興味なさそうに勉強ばかりしてるから、他の女の子たちはあわよくばって気持ちだったんでしょ…私もそうだったもの」
肩をすくめて苦笑いを浮かべるミア。周りからしてみたらそう見えたんだろうが、当時の私は本気でいじめっ子の相手に苦慮していたんだぞ。
「運命の番が見つかっても、それでも……テオは一途にデイジーを想い続けた。一度執着したら離れられない。狼獣人の雄のサガよね」
執着、か。……私は獣人じゃないからやっぱりその辺よくわからないな。
「2人がうまくいくこと祈ってるね。運命に負けないで」
ぐっと拳を握ったミアは過去の恋心ときっぱり決別した様子で、私とテオが恋人同士になったことを嬉しそうに祝福してくれた。
周りは未だに運命の番同士でくっつけと圧をかけてくるけど、陰ながら私とテオが結ばれることを応援してくれている獣人もいるみたいだ。
そうか、テオの片思いは周知の事実で、知らないのは私だけだったのか……
どうせ仲間はずれだもんと不貞腐れていないで、もう少し真面目に獣人の事を勉強していたら、テオの気持ちを早く理解することが出来たんだろうか……
兄さんたちには「テオの態度、あんなにあからさまだったのに、本当に気づかなかったのか?」と呆られたくらいだ。
……私どんだけ鈍感なんだろうか。
ただ、しばらくは人間を警戒する獣人社会にうまく混ざれず、家族以外の獣人とは距離を置いていたこともあり、“獣人”という種族の習性を大まかにしか理解していなかった。
人族との違い。例えば五感に優れてるとか、運動神経がいいとか。その程度の違いだと思っていた。
初等学校の高学年時代に獣人のことを学ぶ機会があった。獣人は人の形をしているが獣の習性もあり、本能で生きている。そこが人族とは大きく異なるのだと先生は言っていた。
当時の私は、その授業に仲間はずれ感を覚え、『人族である自分にはどうせ関係ない』と授業を真面目に聞かず関心も持っていなかったが……今になって思えば彼らと私では、感覚が大きく異なっていたように思える。
□■□
【約8年前】
『──では今日は君たち獣人の習性についてお話しようと思います』
その言葉に当時の私は眉間にシワを寄せた。
先生の話は獣人の成り立ちから始まった。獣人とひとくくりにしても、そこから枝分かれしてたくさんの種族に分類される。
大まかに草食、肉食、雑食ごとの違いを話した後に、これから訪れる成長期で起きる体の変化…つまり発情のことだったり、番という獣人独自の伴侶のこと、求婚の際に行われる番の誓いなどを説明していた。
『聞いたことがあるかもしれませんが、この世には運命の番という存在がいます。会えれば奇跡と言われているくらい稀なことですが…』
その話を聞いていた私は内心アホくさいと思っていた。
何が運命だ。私が捨てられることすら運命だったとか言われたら笑い飛ばしてしまいそうだ。運命という言葉に振り回されて自分の意志を置いてけぼりにするなんざ、色ボケしたアホなんじゃないのかと鼻を鳴らして笑った。
当時の私は反抗期も相まって心の中で毒づくことも多かった。捨て子だったと思っていたこともあり、子を作るまでの過程となる恋や結婚に悪い印象しかなかったのだ。
獣人が夢見る運命の番とやらを鼻で笑って小馬鹿にしていたくらいだ。我ながら性格の悪い子どもだった。
だって仕方ない、恋を全く知らないお子様だったのだもの。人族にはそんな存在いないのだ、理解なんか出来るわけがない。
私はどこまでいっても人間だ。獣人にはなれない。この村では私だけが異物だったのだ。
獣人の習性をふんわり認識していたとしても当事者じゃないから理解は出来なかったのだ。
『相性のいい相手の匂いはとてもいい匂いであると認識します。そして頭で理解するよりも先に身体で求愛行動を向けます。例えば、獣人の弱点でもある耳に噛み付いたり、尻尾に触れたりする行動であったり、自分の匂いをつけたり…』
駄目じゃん、本能が先行したら。ただの変態になってしまう。理性を働かせろよ。
『お互いの匂いを嗅ぎ合う行為も親愛の証です』
授業を受けていたクラスメイト達が急に周りを意識し始めて、くすくす笑ったり、冷やかし合ったり教室がざわめき始めた。
そんな中、私は顔をあげずに羽ペンを動かしていた。
毎回挙手するのが常だと言うのに、その時の授業で私は珍しく手を挙げなかった。なぜなら、自習ノートを引っ張り出して、サボりならぬ別の勉強をしていたからだ。たしか算術の練習問題をしていたと思う。
だって私には関係ないから。私が獣人のうんたらについて知っても仕方がないと思ったから。
勉強は好きだけど、獣人云々は試験勉強には出ない。中等学校でも勉強しない。よって私には必要ない。
私が目指すのは中等学校へ奨学生入学して、いつか高給取りになること。ただそれだけだったのだ。
『特に意中の雌を見つけた雄の執着はものすごく、雌の周りにいる他の雄を排除しようと動きます。雌を自分のそばに置きたがり、周りに自分のものだと主張するようになります』
がりがりと羽ペンを動かして計算問題を黙々と解いていると、なんだか視線を感じたのでふと顔を上げた。
…すると何故か、皆がこちらを見ていた。その目の数々に私はギョッとする。
──まずい、話を聞かずに別の勉強していたのがバレた。
授業で冷や汗をかいたのはあれが初めてだったかもしれない。
□■□
故郷の村はのどかで田舎で穏やかな時間が流れている。
ただ、やっぱり時が流れたことでみんなに変化があった。例えば同級生の殆どが既婚者になってたり、婚約していたり……。獣人、結婚するの早い。魔法魔術学校の同い年の人達はようやく卒業の年だってのに。
「昔デイジーって髪の毛を三つ編みにしていたよね」
道端でたまたま遭遇したミアにそう言われて私は首を傾げた。
今は髪を下ろすことなく、すべてまとめているが、未だに三つ編みにすることもあるぞ。
ミアは何かを思い出しておかしそうにクスクスと笑っていた。私は何が面白いのか全くわからず訝しんでいた。
「よくテオに髪の毛引っ張られていたでしょ?」
「あぁ…そうだったね…」
今でこそガキっぽいいじめはしてこないけど、昔はとんだいじめっ子だったもんね。余程私の髪の毛が引っ張りたいのか、初等学校時代はいつも私の背後に座ってきていたし。
髪の毛が長い女の子なんて他にもいるのに、私を標的にして引っ張ってくる……私も反撃として奴の尻尾を力いっぱい引っ張ったことがあるけど、痛がりつつも嬉しそうな顔をするテオが不気味に見えて、一回きりで終わったんだよね。
「テオがデイジーの髪を引っ張るのは、しっぽに触れる愛情表現の代理行動なんじゃないかって言われていたんだよ」
そんなこと言われても、私は痛くて仕方なかったんだけど。
……あれ、もしかして……私が反撃で尻尾引っ張った時、それを愛情表現だと勘違いされていたの? 愛情の欠片のない力加減で引っ張ったのにあいつは被虐趣味か。
「羨ましがってクラスの女子が三つ編み真似してたけど、テオはデイジーばかり追いかけ回していたんだよね」
えっ…そうだったの…?
確かに一時期三つ編みブームが来たのかってくらい女子が三つ編みしてたけど、すぐにそのブームは消え去ったんだよね…。なるほど、そういうことだったのね。
「テオがデイジーを選んだのは一目瞭然だった。なのにデイジーったら興味なさそうに勉強ばかりしてるから、他の女の子たちはあわよくばって気持ちだったんでしょ…私もそうだったもの」
肩をすくめて苦笑いを浮かべるミア。周りからしてみたらそう見えたんだろうが、当時の私は本気でいじめっ子の相手に苦慮していたんだぞ。
「運命の番が見つかっても、それでも……テオは一途にデイジーを想い続けた。一度執着したら離れられない。狼獣人の雄のサガよね」
執着、か。……私は獣人じゃないからやっぱりその辺よくわからないな。
「2人がうまくいくこと祈ってるね。運命に負けないで」
ぐっと拳を握ったミアは過去の恋心ときっぱり決別した様子で、私とテオが恋人同士になったことを嬉しそうに祝福してくれた。
周りは未だに運命の番同士でくっつけと圧をかけてくるけど、陰ながら私とテオが結ばれることを応援してくれている獣人もいるみたいだ。
そうか、テオの片思いは周知の事実で、知らないのは私だけだったのか……
どうせ仲間はずれだもんと不貞腐れていないで、もう少し真面目に獣人の事を勉強していたら、テオの気持ちを早く理解することが出来たんだろうか……
兄さんたちには「テオの態度、あんなにあからさまだったのに、本当に気づかなかったのか?」と呆られたくらいだ。
……私どんだけ鈍感なんだろうか。
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