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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー
貴族籍の離脱
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扇子で口元を隠した貴婦人がほほほ、と軽やかに笑い声を立てた。
「──申し訳ございません、折角の申し出ですが、うちの可愛いアステリアを人身御供に差し出すのはご辞退申し上げますわぁ」
「…私の妃は不満なのかな? いずれはこの国で最も高貴な女性になれるというのに」
予想はしてたけど、ハルベリオン陥落作戦での戦果を評されて、私を王太子妃に、という話がシュバルツ王国議会で上がったそうだ。つまり婚約話の白紙撤回を撤回にするというメチャクチャな話だ。
それでラウル王太子殿下から直々に呼び出されて事務的な婚約話を持ちかけられたけど、同席していた母上が笑顔でお断り申していた。
ラウル殿下から不満かと聞かれたが、逆にどんな魅力があるのか聞きたい。
別の女に夢中な男の元へ嫁いで、義務と我慢を強いられる人生なんか地獄だろう。私は高貴な女性になりたいと思ったことなんて一度もないし、いくら金と権力と名誉があってもそんなのゴメンである。
「普通に嫌ですね。変わらず白紙撤回のままですよ。お断りします」
母上と同じく、きっぱりお断りすると、ラウル殿下は「傷ついたな」と苦笑いしていたが、本人も内心ではホッとしてるんじゃなかろうか。
彼の心を射止めている大巫女……サンドラ様は根っこが男性不信だから…まぁ、頑張れとしか。頼まれても応援はしないけど。面倒だし。
「それで? この私との婚約話を蹴って君はどうするんだ?」
ラウル殿下は野暮なことを聞く。私はニッコリ笑って言ってやった。
「私はエスメラルダの人間ですから。私の根っこは村娘のデイジー・マックなんです」
私は貴族ではなく、平民に戻る決心をしたのだ。
ハルベリオン陥落作戦において武勲をあげた私は、エスメラルダとシュバルツ両国から個人名で多額の褒賞金を頂いた。マントにつけるメダルなども貰ったので試しにつけてみたが、移動中にチャカチャカ動いて邪魔そうなので、専用の入れ物にそっと戻した。
褒賞金は庶民としてなら立派な家を建てられるくらいの大金だ。これは後々の生活に必要になるだろうから大切にとっておく。
それでもって改めて国所属の魔術師にならないかとか、いい縁談があるんだが、というお話をいくつも頂いたが、私はそのどれもキッパリお断りした。
特に縁談は殺到して、そのどれにも私の持つ魔術師としての血や、富と名声を欲しがっている、そういう下心しか感じなかった。
評判の美男子とか旧家出身の男性から熱烈な手紙を貰っても、言葉を一度も交わしていないため不気味に感じた。やたらめったら容姿を賛美されたが、ときめく訳もなく、ただ怖い。不気味すぎた。どこで見てたの…とゾッとした。
こんなんでも返事しなきゃいけないのだろうか…なんて返すの?
それを兄上に相談したら、彼は笑顔で焼却炉に連れて行ってくれた。つまり燃やせということらしい。手紙の束はその日のうちに灰となり、煙となって空高く霧散したのである。
どんなに素敵な条件であったとしても、私の気持ちは揺らがない。
どんなに説得されようと、心は決まってるのだ。
私は自分が選んだ道を再出発するのだと。
シュバルツを去る前に、魔術師として活動をしていた際使用していたフォルクヴァルツ城下町の臨時店舗を閉鎖しようとしたのだが、以前私に教えを乞うた学生たちがこの跡地を引き継ぎたいと言い出した。私の代わりに市民へ薬を提供したいと言うのだ。
彼らからは「いつでもお帰りをお待ちしております」と言われた。
途中の道でも、市場でお店をやっている領民が果物をくれたり、できたてのお菓子をくれたりと……私は貴族位を捨てて、この地を離れようとしているのに、領民たちは親しげに声を掛けてくる。皆、以前と変わらず私を姫様と慕ってきた。
私はそれが不思議でならなかったのだが、私付きだったメイドが「皆、姫様の幸せを第一に願っているのですよ」と耳打ちしてきた。
私がここで過ごした期間は1年もない。そこまで慕われる理由はないと思うのだが、やっぱり因縁の相手をとっ捕まえて倒したのが効いたのかな。
いつでも帰っていい、と言われるとなんだかホッとする。息苦しくて怖い場所だったはずのフォルクヴァルツが愛おしく感じてきた。
■□■
出立する前に戦勝祝賀会とやらに参加するようにと命じられ、私はシュバルツの王宮に呼び出されていた。
…私はエスメラルダの魔術師として戦地へ向かったのでこのパーティに呼ばれる覚えはないのだが、王太子命令なので無視できなかった。……パーティ開きすぎだろう、年に何回開くんだよ。
私は王侯貴族たちの視線が集まる中で陥落作戦での働きを評価され、王様直々にお言葉を頂いた。それをありがたく受け取る。
参列する貴族たちからの無遠慮な視線に晒されていた。こころなしか、以前は侮蔑を含んでいた視線が一変して、畏怖と…尊敬っぽい眼差しが送られるようになった。それでも私は誰にも話しかけなかったけども。
貴族と関わるとろくなことがない、それは今でも私の教訓なのである。どうせ縁談とか持ちかけられるから、必要以上に彼らとは話したくないのだ。
「アステリア様」
少し前までは耳慣れない単語の羅列だったが、ここ最近は自分のもう一つの名前だと受け入れられるようになった。その名に反応して振り返ると、後ろにエドヴァルド氏が立っていた。
なんだか随分懐かしく感じる。私の身の回りの変化が起きたのは、この人の必死の出張依頼を受けたことから始まった気がするなぁ…。それが良かったのか悪かったのか、今ではわからないけども。
「本当に、貴族籍を抜けられるのですか?」
その言葉に私は目をパチリと瞬きした。
私の口から言わずとも、どこからか貴族ネットワークで伝わってるのかもしれない。貴族からしてみたら異様な決断に見えるのだろう。
私としては元に戻るだけなんだけど。
「はい」
私が迷いなく頷くと、エドヴァルド氏の瞳が小さく揺れたように見えた。
「一旦、育った村に帰って、育ててくれた家族に顔を見せに行ってきます。その後はエスメラルダのどこかで家を借りて……自由気ままに魔術師としてのんびり暮らしていきたいと思います」
ぶっちゃけなんにも計画していない。
村に私の居場所はもうないかもしれないので、どっかの町で家を借りることも考えている。この際旅を再開してもいいかも。
とはいっても、自分の立場的にあんまり派手に動かないほうがいいだろうから…それはほとぼりが冷めてからだな。
私は高等魔術師だ。自分ひとり満足に食べられるくらい余裕で稼げる。身につけた知識と経験を活用して薬屋でも構えるのも悪くないと思うんだ。
ビルケンシュトックの時みたいな店と家が一体化した物件借りて、楽しくのんびり商売をするのだ。休日には図書館でたくさん本読んだり、還らずの森へ採集に行ったり…。
ルルやメイとジーンたちとのーんびり森の中をキャンプするのだ。ご飯に鹿を捕まえて、それで……想像するだけで楽しみである……
私は口元を緩めてひとりでムフフと笑っていた。それを見ていたエドヴァルド氏はなぜだか寂しそうな笑みを浮かべていた。
「……私の妻になってほしいとお願いしたら、考えてくださるでしょうか」
「えっ?」
私は耳を疑った。
妻になってほしい?
何を言っているんだ。私は貴族の生活が身に合わないから平民に戻るのだぞ。
「あなたは魔なしの私を蔑むことはありませんでした」
エドヴァルド氏の言葉に私は閉口した。
蔑む…ねぇ。私は魔法の才能のない獣人に囲まれて育って、偶然魔力に恵まれた庶民たちと学んできたから価値観が異なる。…環境が物を言ったんだ。
私が特別なわけじゃない、きっと。
たまたま差別意識を持っていない相手に出会ったから、特別視してしまっているだけだろう。
「あなたには母の命を助けていただいた。賢く努力家で根の優しい、身も心も美しいあなたに私は」
「私の手は血で汚れています。……優しい人間はそんな事しません」
彼の言葉を遮るように私は否定した。
少なくとも私は戸惑っていた。全くこれっぽっちも意識していなかった相手に求婚されるとか誰が想像できるだろうか。
「……そんな、自分を卑下なさらないでください。あなたは貴族として、魔術師として国民を守ったのです。私はそんなあなたを尊敬しております」
彼のその気持ちはきっと救われたことによる、一時的な好意であって、劣情を含んだ恋情とかではないと思う。
そう思って彼の求婚をなかったことにしようと思ったけど、エドヴァルド氏は私の手を取って手の甲に口付けを落とす。
恭しく贈られたそれに私は固まる。
彼の榛色の瞳が私を撃ち抜く。
──あぁ、彼の瞳は嘘をついていない。本気だ。
……彼のひたむきな想いを断ることに心苦しくなったが、私はそっと彼の手をほどいて「ごめんなさい」と謝った。
この人はいい人だ。貴族特有の傲慢さがない謙虚な人だ。だけど…
「…心に決めた人がいるんですね。私では駄目ですか?」
その言葉に私は秘密がバレてしまったかのようにドキッとした。
バカみたい。──あいつには運命の番がいるってのにね。
あの日の祭りの晩にあいつを受け入れていたら、何かが変わっていたのだろうか。今そんな事考えてもどうしようもないのに。
今更会いに行ったって、自分が傷つくだけかもしれないのに。
──でも、それでも良かった。
私が再出発するその時には、私が会いたいと願う相手に会いたいのだ。もう私を好きじゃなくてもいい。ただ見送ってほしい。それだけでいい。
私は何も言わず、苦笑いを浮かべた。
エドヴァルド氏はそれだけで私の気持ちを察して、おとなしく身を引いてくれた。
あいつが心にいるのに、他の男性の手を取るなんて真似、私には出来ないのだ。
「──申し訳ございません、折角の申し出ですが、うちの可愛いアステリアを人身御供に差し出すのはご辞退申し上げますわぁ」
「…私の妃は不満なのかな? いずれはこの国で最も高貴な女性になれるというのに」
予想はしてたけど、ハルベリオン陥落作戦での戦果を評されて、私を王太子妃に、という話がシュバルツ王国議会で上がったそうだ。つまり婚約話の白紙撤回を撤回にするというメチャクチャな話だ。
それでラウル王太子殿下から直々に呼び出されて事務的な婚約話を持ちかけられたけど、同席していた母上が笑顔でお断り申していた。
ラウル殿下から不満かと聞かれたが、逆にどんな魅力があるのか聞きたい。
別の女に夢中な男の元へ嫁いで、義務と我慢を強いられる人生なんか地獄だろう。私は高貴な女性になりたいと思ったことなんて一度もないし、いくら金と権力と名誉があってもそんなのゴメンである。
「普通に嫌ですね。変わらず白紙撤回のままですよ。お断りします」
母上と同じく、きっぱりお断りすると、ラウル殿下は「傷ついたな」と苦笑いしていたが、本人も内心ではホッとしてるんじゃなかろうか。
彼の心を射止めている大巫女……サンドラ様は根っこが男性不信だから…まぁ、頑張れとしか。頼まれても応援はしないけど。面倒だし。
「それで? この私との婚約話を蹴って君はどうするんだ?」
ラウル殿下は野暮なことを聞く。私はニッコリ笑って言ってやった。
「私はエスメラルダの人間ですから。私の根っこは村娘のデイジー・マックなんです」
私は貴族ではなく、平民に戻る決心をしたのだ。
ハルベリオン陥落作戦において武勲をあげた私は、エスメラルダとシュバルツ両国から個人名で多額の褒賞金を頂いた。マントにつけるメダルなども貰ったので試しにつけてみたが、移動中にチャカチャカ動いて邪魔そうなので、専用の入れ物にそっと戻した。
褒賞金は庶民としてなら立派な家を建てられるくらいの大金だ。これは後々の生活に必要になるだろうから大切にとっておく。
それでもって改めて国所属の魔術師にならないかとか、いい縁談があるんだが、というお話をいくつも頂いたが、私はそのどれもキッパリお断りした。
特に縁談は殺到して、そのどれにも私の持つ魔術師としての血や、富と名声を欲しがっている、そういう下心しか感じなかった。
評判の美男子とか旧家出身の男性から熱烈な手紙を貰っても、言葉を一度も交わしていないため不気味に感じた。やたらめったら容姿を賛美されたが、ときめく訳もなく、ただ怖い。不気味すぎた。どこで見てたの…とゾッとした。
こんなんでも返事しなきゃいけないのだろうか…なんて返すの?
それを兄上に相談したら、彼は笑顔で焼却炉に連れて行ってくれた。つまり燃やせということらしい。手紙の束はその日のうちに灰となり、煙となって空高く霧散したのである。
どんなに素敵な条件であったとしても、私の気持ちは揺らがない。
どんなに説得されようと、心は決まってるのだ。
私は自分が選んだ道を再出発するのだと。
シュバルツを去る前に、魔術師として活動をしていた際使用していたフォルクヴァルツ城下町の臨時店舗を閉鎖しようとしたのだが、以前私に教えを乞うた学生たちがこの跡地を引き継ぎたいと言い出した。私の代わりに市民へ薬を提供したいと言うのだ。
彼らからは「いつでもお帰りをお待ちしております」と言われた。
途中の道でも、市場でお店をやっている領民が果物をくれたり、できたてのお菓子をくれたりと……私は貴族位を捨てて、この地を離れようとしているのに、領民たちは親しげに声を掛けてくる。皆、以前と変わらず私を姫様と慕ってきた。
私はそれが不思議でならなかったのだが、私付きだったメイドが「皆、姫様の幸せを第一に願っているのですよ」と耳打ちしてきた。
私がここで過ごした期間は1年もない。そこまで慕われる理由はないと思うのだが、やっぱり因縁の相手をとっ捕まえて倒したのが効いたのかな。
いつでも帰っていい、と言われるとなんだかホッとする。息苦しくて怖い場所だったはずのフォルクヴァルツが愛おしく感じてきた。
■□■
出立する前に戦勝祝賀会とやらに参加するようにと命じられ、私はシュバルツの王宮に呼び出されていた。
…私はエスメラルダの魔術師として戦地へ向かったのでこのパーティに呼ばれる覚えはないのだが、王太子命令なので無視できなかった。……パーティ開きすぎだろう、年に何回開くんだよ。
私は王侯貴族たちの視線が集まる中で陥落作戦での働きを評価され、王様直々にお言葉を頂いた。それをありがたく受け取る。
参列する貴族たちからの無遠慮な視線に晒されていた。こころなしか、以前は侮蔑を含んでいた視線が一変して、畏怖と…尊敬っぽい眼差しが送られるようになった。それでも私は誰にも話しかけなかったけども。
貴族と関わるとろくなことがない、それは今でも私の教訓なのである。どうせ縁談とか持ちかけられるから、必要以上に彼らとは話したくないのだ。
「アステリア様」
少し前までは耳慣れない単語の羅列だったが、ここ最近は自分のもう一つの名前だと受け入れられるようになった。その名に反応して振り返ると、後ろにエドヴァルド氏が立っていた。
なんだか随分懐かしく感じる。私の身の回りの変化が起きたのは、この人の必死の出張依頼を受けたことから始まった気がするなぁ…。それが良かったのか悪かったのか、今ではわからないけども。
「本当に、貴族籍を抜けられるのですか?」
その言葉に私は目をパチリと瞬きした。
私の口から言わずとも、どこからか貴族ネットワークで伝わってるのかもしれない。貴族からしてみたら異様な決断に見えるのだろう。
私としては元に戻るだけなんだけど。
「はい」
私が迷いなく頷くと、エドヴァルド氏の瞳が小さく揺れたように見えた。
「一旦、育った村に帰って、育ててくれた家族に顔を見せに行ってきます。その後はエスメラルダのどこかで家を借りて……自由気ままに魔術師としてのんびり暮らしていきたいと思います」
ぶっちゃけなんにも計画していない。
村に私の居場所はもうないかもしれないので、どっかの町で家を借りることも考えている。この際旅を再開してもいいかも。
とはいっても、自分の立場的にあんまり派手に動かないほうがいいだろうから…それはほとぼりが冷めてからだな。
私は高等魔術師だ。自分ひとり満足に食べられるくらい余裕で稼げる。身につけた知識と経験を活用して薬屋でも構えるのも悪くないと思うんだ。
ビルケンシュトックの時みたいな店と家が一体化した物件借りて、楽しくのんびり商売をするのだ。休日には図書館でたくさん本読んだり、還らずの森へ採集に行ったり…。
ルルやメイとジーンたちとのーんびり森の中をキャンプするのだ。ご飯に鹿を捕まえて、それで……想像するだけで楽しみである……
私は口元を緩めてひとりでムフフと笑っていた。それを見ていたエドヴァルド氏はなぜだか寂しそうな笑みを浮かべていた。
「……私の妻になってほしいとお願いしたら、考えてくださるでしょうか」
「えっ?」
私は耳を疑った。
妻になってほしい?
何を言っているんだ。私は貴族の生活が身に合わないから平民に戻るのだぞ。
「あなたは魔なしの私を蔑むことはありませんでした」
エドヴァルド氏の言葉に私は閉口した。
蔑む…ねぇ。私は魔法の才能のない獣人に囲まれて育って、偶然魔力に恵まれた庶民たちと学んできたから価値観が異なる。…環境が物を言ったんだ。
私が特別なわけじゃない、きっと。
たまたま差別意識を持っていない相手に出会ったから、特別視してしまっているだけだろう。
「あなたには母の命を助けていただいた。賢く努力家で根の優しい、身も心も美しいあなたに私は」
「私の手は血で汚れています。……優しい人間はそんな事しません」
彼の言葉を遮るように私は否定した。
少なくとも私は戸惑っていた。全くこれっぽっちも意識していなかった相手に求婚されるとか誰が想像できるだろうか。
「……そんな、自分を卑下なさらないでください。あなたは貴族として、魔術師として国民を守ったのです。私はそんなあなたを尊敬しております」
彼のその気持ちはきっと救われたことによる、一時的な好意であって、劣情を含んだ恋情とかではないと思う。
そう思って彼の求婚をなかったことにしようと思ったけど、エドヴァルド氏は私の手を取って手の甲に口付けを落とす。
恭しく贈られたそれに私は固まる。
彼の榛色の瞳が私を撃ち抜く。
──あぁ、彼の瞳は嘘をついていない。本気だ。
……彼のひたむきな想いを断ることに心苦しくなったが、私はそっと彼の手をほどいて「ごめんなさい」と謝った。
この人はいい人だ。貴族特有の傲慢さがない謙虚な人だ。だけど…
「…心に決めた人がいるんですね。私では駄目ですか?」
その言葉に私は秘密がバレてしまったかのようにドキッとした。
バカみたい。──あいつには運命の番がいるってのにね。
あの日の祭りの晩にあいつを受け入れていたら、何かが変わっていたのだろうか。今そんな事考えてもどうしようもないのに。
今更会いに行ったって、自分が傷つくだけかもしれないのに。
──でも、それでも良かった。
私が再出発するその時には、私が会いたいと願う相手に会いたいのだ。もう私を好きじゃなくてもいい。ただ見送ってほしい。それだけでいい。
私は何も言わず、苦笑いを浮かべた。
エドヴァルド氏はそれだけで私の気持ちを察して、おとなしく身を引いてくれた。
あいつが心にいるのに、他の男性の手を取るなんて真似、私には出来ないのだ。
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