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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

殿下のお忍び【三人称視点】

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 ここ最近おかしな客ばかりやってくるという噂の獣人の村。
 熊獣人の一家は巡礼のようにやってくる人々の供物を消費するのに手間取っているのだと聞く。ここは聖地ではなく、ただの田舎の村なのだと説明しても、新たにやって来るので手をこまねいているのだという。
 ──そして今日もまた、おかしな客がやって来てしまった……

「ねぇ、そこの君。ちょっといいかな」

 純朴な村に似つかわしくない格好でうろついていた上流階級らしき男は、ちょうど目についた村人に声を掛けた。相手は白銀の毛並みを持つ狼獣人の青年である。
 屋外で仕事をしていた青年は、ピクリと耳を動かして振り返り……相手を見ると目を丸くして固まっていた。

「はじめまして。私はラウル・シュバルツ。アステリアの幼馴染ってどこにいる?」

 その聞き慣れないが聞き覚えのある名前に青年の耳の毛がピンッと逆立つ。相手を警戒するように睨みつけると、一呼吸置いた。

「……デイジーには何人も幼馴染がいますけど」
「君もそのひとりなの?」
「…そうですけど」

 この男が、彼女が生まれる前から決まっていた婚約者。しかしその話は白紙撤回になったと聞いていた。それならばこの村には用は無いだろうに…
 ラウルは狼獣人の青年の顔をまじまじと観察して「なるほどね」とひとりで勝手に納得していた。
 その不躾な視線を不快に感じた青年はムッとした表情を隠さずに更に睨みつけた。

「なんですか? 俺になにか用でも」
「ちょっと君に一度会ってみたかったんだ。知ってるかもしれないけど、アステリアは私の婚約者だったんだ」

 はっきり言われた言葉に青年テオは殺気を出した。尻尾の毛を膨らませて、警戒気味に揺らしている。
 誤魔化しのない殺気を向けられたラウルは流石というべきか、顔色1つ変えずに半笑いを浮かべていた。その様は人を小馬鹿にするように見えて、それが更にテオの機嫌を逆なでする。

「おぉ怖い…そんなに睨まないでおくれよ」
「…戦禍の混乱で行方不明になったアイツを探し出せなかったくせに……何が婚約者だ」

 テオの心の中は色んな感情でごちゃごちゃになっていた。
 目の前の男はテオとそこまで年が離れていない。彼も当時は幼児であっただろう。責めたってどうにもならない。
 テオの中の怒りはほぼ自己中心的な嫉妬で占めされている。自分が目をつけた女をかっ攫うように連れて行った彼らを憎いとも思っていた。

 それに加えて村娘として育った彼女を今更貴族として利用しようとする彼らを許せそうになかった。貴族令嬢になった彼女はやつれていた。声をかけるのも躊躇うくらい追い詰められていて……もう、手の届かない人になってしまっていた。
 こんなことならもっと早く求婚して番にしておけばよかったのだと後悔してももう遅かった。
 テオの葛藤を察しているのかはどうかわからないが、ラウルはぐるぐる唸るテオを見上げてフッと笑ってみせた。

「安心していいよ、今はアステリアを私の妃にする気はないから。レディの嫌がることはしたくないんだ」

 私の目的は達成したから、止めを刺される前に去るとしようと呟いたラウルは踵を返した。テオはその後姿を睨みつけて歯を噛み締めていた。
 “今は”ってことは未来はわからない。
 喉から手が出そうなほどに欲している彼女を、ラウルが妃にする可能性だってある。

 テオは自分の生まれに不満を抱くことは一度もなかった。誇りある獣人として生まれたのだ、不満なんかあるはずもない。
 ……しかし、今はじめて、自分が無力な存在なのだと実感してしまった。

「…どう願っても、君とアステリアは結ばれないよ。早いところ諦めたほうが身のためだ。流れに身を任すんだよ、アステリアのように」
「! クソが…!」

 吐き捨てるように残された言葉にテオは顔を上げたが、時既に遅し。彼は魔法を使って時空移動した後であった。
 残されたのは鼻につく香水の匂いだ。テオは表情をしかめて悪態をついた。

 何のためにラウルがここにやって来たのかはわからないが、彼は満足して去っていった。
 しかしテオは違う。
 初対面の人間に遠慮なく図星を突かれて心を引っ掻き回され、彼の心は荒れた。
 本能は諦めてしまったほうが楽だ。運命の番に身を任せろと訴えるのに、年月をかけて育んだテオの一途な恋心にはポッと火がついて消えてなくならない。

「…テオ、酷い顔してるぞ。頭冷やしてこい」
「親方…」

 どこから見ていたのかはわからないが、いつもは厳しい職場の親方が同情の眼差しでテオを見下ろしていた。

「デイジーは…なんか色々かわいそうだが、それでも頑張ってんだ。お前も過去ばかり振り返るんじゃないぞ」
「……」

 ぎりっと歯を噛み締め、テオは湧き出す感情の渦を制御しようとした。
 だけどやはり恋心の炎を消そうとしてもしつこく灯ってしまうのである。

 あの時、自分勝手に番の誓いをするのではなく、ただ一言「好きだ」と言えばよかったんだ。
 そうすれば、こんな風にいつまでも想いを抱えて苦しむことはなかったかもしれないのに。

 もう届かない。
 彼女はこの遠い空の下で別の世界の人間として生きている。
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