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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

婚約者だった男とパーティへの招待

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 白金色の髪に灰青色の瞳を持つ青年、ラウル・シュバルツ。私の婚約者であるはずだった男。彼は恐れ多くも大巫女様の手を握り、熱い視線で彼女を見つめていた。
 ……とはいえ、出会ったところでなんの感動もない。急に現れて何だこの人といった感想である。顔立ちはきれいだけどそれだけだ。本よりも重いものを持ったことのなさそうな典型的な王子と言ったところか。
 …それに多分彼とは性格が合わなそうである。

 今となっては白紙撤回になってよかったのだろう。一目見るどころか、堂々としているので解った。この男、よりによって純潔が重視される大巫女様に懸想している…。
 この人との婚約がないものとされてよかった。じゃなきゃ、三角関係と噂になって市井にある下世話なゴシップ誌に載るところだったぞ。

 ──人払いをしているというのにズカズカ入ってきて……失礼な男である。

「嫌だと言っても、どうせ居座るおつもりなのでしょう?」

 私の視線が胡乱なものになっても許されるはずである。ラウル殿下が私の反応に困った顔をして見せるが、わざとらしさ満点である。

「手厳しいな、私は君に嫌われることしたかな?」

 うん、好かれることはしてないと思うよ。

「盗み聞きとは趣味が悪いですよ。これが市井で騒がれている美貌の王太子殿下の趣味だと知ったら、娘たちはがっかりするでしょうね」

 初対面から私は装わなかったので、もういまさら猫をかぶる気はない。何だってこのタイミングで乱入してくるのか。私が大巫女様をいじめるような性悪に見えたのか?
 彼は恭しく握った大巫女様の手をそのまま引いて元の席に座らせると、図々しくも隣に座っていた。居座る気満々である。

 私は背筋を伸ばし、顔を上げて彼を見据える。私の反応のどこが面白いのか、ラウル殿下は口元を緩め、耐えきれないとばかりに笑い始めた。
 何がおかしいのかと私は目を細める。

「私の顔を見ると、大体の娘は見惚れるのに、君はそうじゃないのだね」

 急に笑うから何かと思えば…
 確かに殿下の顔立ちは美しいものであろう。そのへんにはいなさそうな顔立ちだ。吟遊詩人が歌って語りそうな美貌である。
 しかしだ。

「美形なら見慣れているんです。私の故郷の幼馴染たちも負けないくらい顔立ちが整っていましたので、殿下だけが特別というわけではないと思いますけどね」

 人それぞれ美的感覚が異なるから、人間全員が見惚れるわけでもないと思うよ。
 私は鼻で笑ってやる。
 自分に自信を持つのは結構だが、自分の美貌に興味がなさそうな相手にそういう事言ってくるのは女々しいぞ。

「へぇ、君は獣人の村で育ったと聞いたけど、そこの人? …君の恋人かな?」

 ラウル殿下の言葉に私はピクリと眉を動かした。幼馴染と言った単語が耳慣れなくて理解できなかったのであろうか。

「幼馴染です」

 テオの顔が最初に思い浮かんだけど、その中にはミアも含まれているし! そもそも恋人じゃないし!
 アイツは…ただのいじめっ子で、今はもう運命の番がいる……アイツにとっても私はただの幼馴染だ。

 ……祭りの晩にテオから噛まれた患部はもう治癒しているのに、噛まれた時の痛みが蘇った気がして、無意識に項に触れる。抱き込まれた時のあの腕の熱さを思い出すと苦しくて仕方ない。

「…まるで私に魅力がないみたいに言うんだね、傷つくな……アレキサンドラもそう思うかい?」

 まるで三文芝居のような台詞回しである。
 思考から浮上した私が顔を上げてみてみれば、ラウル殿下は隣に座る大巫女様の手を掴んで甘えるように問いかけていた。
 御年20歳の青年の行動とは思えない。大巫女様はあんたのお悩み相談員じゃないんだぞ…

「え…えっと…」

 大巫女様は目をキョトキョトさせてしばし逡巡した後、言った。

「殿下はとても素敵な方だと思います…」

 彼女は困った顔で苦笑いを浮かべている。
 そう返してあげるしかないよね。

「アレキサンドラにそう言ってもらえると嬉しいな」

 ご機嫌になったラウル殿下は彼女の手を掴んだまま、この場に居座り続けた。
 私はかなり引いていた。

 これが一国の王太子なのか…そして私の結婚相手だったかもしれない相手なのかと。
 彼も人間だから完璧でいろとは言えないんだけどさ……仮にも臣下の娘の前で、大巫女様に開けっ広げな好意をぶつけるってどうなのだろう。威厳もへったくれもないぞ。

「アステリア嬢、どうしたのかな?」
「……なんでもありません」

 私はラウル殿下から目をそらすと、ハーブティを一気飲みしてゆっくり席を立った。

「…では、大巫女様、貴重なお時間を割いて頂きありがとうございました」

 このままここに居ても時間の無駄だ。
 用は済ませてあるので私はお暇しよう。

「あっ、はい…ではお見送りを…」
「大丈夫だよ、見送りなら見習い巫女がしてくれるだろう。アレキサンドラは私とおしゃべりしよう」
「で、ですが…」

 私の扱い雑じゃないか。別にいいけどさ。
 …なるほど、私が帰ることを見越していたのだろうか。だが2人きりになれると思ったら大違いだ。神殿騎士とお世話役の巫女をしっかり呼ぶので安心するといい。2人きりになんかしてやるものか。

「あぁそうだ、アステリア嬢」

 私が彼らを呼ぼうと企んでいるのがバレたのかと思って振り返ると、ラウル殿下はこちらを真顔で見ていた。

「来週のパーティはぜひ参加して欲しい。父王の誕生日なんだ」

 その言葉に私はすん…と表情をなくしてしまった。真顔を通り越して無である。嫌だな。面倒くさいことになりそうだな。
 そんなこと念押ししないで欲しい。絶対に行かなきゃならなくなるじゃないか。

 いつかお披露目を兼ねて参加しなきゃならなかったパーティ。私は貴族の一員となったので、貴族の義務から逃れられないのだ。
 今までは行儀作法が怪しいからとのらりくらりと避けてきたパーティ。しかし、もうそろそろ腹をくくって参加しなくてはならない日が来たようである。


■□■


 朝から夫人やメイドがあーだこーだと討論しながら、パーティに参加するための準備は進んでいた。私はシュバルツ王立図書館で借りてきた本を読みながらされるがままである。

「アステリアも年頃の女の子なのだから少しは関心を持ってちょうだい」

 私があまりにも無関心だからか、夫人がドレスを持ったまま困った顔をしていた。

「どうぞお好きになさってください。すべておまかせします」

 私にとってドレスや宝石よりも目の前の魔法書のほうが面白い。王子様や貴族男性と出会えるパーティなんかよりも数万倍、知的好奇心が満たせるのだ。

「あなたの未来のお婿さんと出会える機会かもしれないのに…」

 夫人は何やらがっかりした様子だったが、私のことはしっかり着飾らせていた。
 彼女には悪いが、私は学生時代から貴族とは相性が悪いんだ。出会いとか言われてもあまり……

「準備は出来たかね」
「まぁ、あなた。レディの支度を覗き見するもんじゃありませんことよ」

 ソワソワした辺境伯が様子を見に来たりと何やら屋敷内は落ち着かない雰囲気だったが、私はまったくもって楽しみとは思えなかった。



 今回のパーティはシュバルツ国王の生誕祭。それを祝うために国中から貴族が集まってくるそうだ。王宮の豪華さは当然として、着飾っている貴族たちの数に目がチカチカする。ああして裕福であると見せびらかしているんだろうな……

「フォルクヴァルツ辺境伯、並びに──」

 身分が下位の者から呼ばれ入場するシステムのおかげでたくさんの貴族たちの品定めをするような視線に晒される。この王宮に来るのは2回目だが、前回はできるだけ目立たぬよう参加したので視線の数が段違いである。
 辺境伯夫妻にくっついて挨拶回りをしていたが、苦手な愛想笑いに疲れてきた。…来たばかりだけど、もうすでに帰りたい。

「あなたがフォルクヴァルツのアステリア様?」

 夫妻がお相手とのおしゃべりに夢中になっていたので、ちょっと離れた場所で待機していると、横から声を掛けられた。
 この国の流行である最新ドレスに身を固め、ブルネットの髪に金で染めた羽を付けた少しばかり派手なそのお嬢さんは扇子で口元を隠しながら、私を吟味するように睨みつけていた。彼女は側に3人位お友達を引き連れており、周りは完全に引き立て役となっている。

 誰だ?
 辺境伯位は結構高い地位なので、下位貴族からは話しかけられない。話し掛けられるとしたら同じ辺境伯位か公爵位の娘、はたまた王族くらいかな…?

 貴族図鑑で登録されている爵位持ちの名前はあらかた確認したが、娘まではちょっとわからない。相手が誰なのかを考えていると、その取り巻きが嘲笑するように笑ってきた。

「やはり育ちにあらわれるというか…」
「いやだわ失礼よ」
「お顔は夫人によく似ておられるけど……やっぱり育ちって大事ですわよね」

 くすくすくす、と笑うその声はとても嫌な感じがする。なるほど、友好的に近づいてきたわけじゃないってこと。庶民時代と同じじゃないか。
 私も彼女たちと仲良しこよししたいなぁって思って来たわけじゃないからいいんだけどさ…。あからさまな侮蔑の視線に私の心はヒェッヒエに凍っていくようである。

 片や生まれてこれまで貴族として生きてきた娘。もう片や戦禍により行方不明になって、市井で育った娘ですもんね、そりゃ育ちは現れるでしょうよ。そもそも人のこと捕まえておいて、育ちがどうのって失礼にもほどがある。
 ……この人達の誇れるものは貴族であることだけなのだろうか。

「身分しか誇れるものがないんですね、お可哀そうに」

 ついつい口が滑ってしまった。
 私が言い返すとは思っていなかったのか、令嬢たちは表情をぴしっと硬直させていた。
 ご存じないようだが、私は呑気に村娘をやっていたわけじゃないぞ。

「私はエスメラルダ王国の民に命を救われ、市井で育ちました。養ってくれた家族は本当に素晴らしい方々で、私のしたいことをあたたかく見守ってくれる優しい人達でした……あちらが私の母国で良かったです」

 マナーを教えてくれた先生のお陰で優雅に見える動きは完全にマスターしてるぞ。夫人が新調してくれた扇子を手に取ると、それをバッと開いて見せる。
 孔雀の羽根のように相手を威嚇する効果もあるのか、相手はビクッとして後ずさっていた。

「私はあの国の方々が育てたものを食べて育ち、国民の納めた税金のおかげで庶民ながらも学校で様々なことを学ぶことが出来ました……そして今年、独学で高等魔術師試験に合格いたしましたの」

 その努力は並大抵のものじゃないと自負している。私は過去の自分を恥じたりしない。誰にも負けない自信がある。

「あなた達はそれよりも素晴らしい教育を受けられたんですよね、魔術師の位はどちらですの?」

 高等魔術師の私を小馬鹿にするんだ。それはそれは素晴らしい経歴をお持ちなんだろう? 私は首を傾げ、目を細めた。
 あなたたちが同じ立場なら私と同じように高等魔術師になれたのかな?

「わ、私はまだ魔法魔術学校在学中ですので」
「そしたらまだ、初級魔術師ですね。…精々頑張ってくださいね。私は魔法魔術学校を3年で卒業しましたけど」

 相手の令嬢たちは顔をカッと赤くさせてわなわな震えていた。最後に嫌味いっぱいにふふっと笑ってやると、私はその横を通り過ぎてやった。
 私の胸元には翠石の輝く高等魔術師のペンダントが光っている。国が変わっても、私はエスメラルダ王国の高等魔術師なのだ。

 生まれがどうの、育ちがどうのと言ってくるやつには私の努力の証と地位を見せつけてやればいいのだ。そのために私は頑張って成果を出したのだから。
 そこら辺の甘えたなお姫様には負けない。
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