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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

不同意の誓いと運命の番

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 『テオに告白する、番にしてもらう』と宣言したミアは私をじっと見つめた後、静かに踵を返していた。──テオを探しに行くのだろう。
 私には見送るしか出来ない。頑張ってくれと心の中で応援する。

 しかし……どうにも胸がムカムカする。
 テオとミアが番になる。幼馴染たちがそうなれば、おめでたいこと。私はあたたかく見守るだけのこと。
 それなのに私の中では制御出来ない感情が渦巻いて心をギリギリ締め付ける。その複雑な感情の意味がわからない私は、地面に転がった石を蹴り飛ばして誤魔化すしか出来なかったのだ。

 ……場の空気に酔ったのだろうか。気分が悪い。
 私は新鮮な空気を吸おうと広場から離れた。人のいないところへ行きたい。それで少し冷静になりたいと思ったのだ。
 しかし、私はどこからか伸びてきた腕によって暗がりに引っ張り込まれた。

「!?」

 何事だ、事と次第によっては魔法で倒す……と思って相手の顔を見上げると、そこにいたのは先程から姿の見えなかったテオがいた。
 祭りに参加せずにこんな暗がりで何をしているんだろうか。女の子にたくさんお誘いされてなかったか?

「テオ。こんなところで何して…さっき、ミアがあんたを探してたよ」

 私が声をかけると、テオは目を細めてこちらを睨みつけてきた。明かりもなく暗いのに、その目は的確に私をとらえている。獣人って人間よりも夜目が効くんだっけ?

「お前、あの貴族の優男と結婚するのか」

 テオの口から飛び出してきた言葉に私は目を丸くした。貴族の優男……結婚だから実兄ではないな。

「…エドヴァルドさんのこと? そんなバカな」
「じゃあ、王太子の嫁になるのか」

 私の腕を掴むテオの手に力がこもる。…痛い。
 ど、どうしたんだ一体。テオがものすごく怒っているように見える。テオはいつもやかましいけど、こんな殺気を飛ばすほどじゃないのに……

「ラウル殿下とは……シュバルツ侵攻で私がいなくなった時点で婚約白紙撤回になったけど…」
「けど、なんだよ」

 なんなの、怖いよ。そんな圧掛けなくてもいいじゃない。
 わかんないよ、私だって今は自由に身動き取れないんだ。未来のことも決められない状況にある。誰と結婚するかを自由に決められない立場なんだから仕方ないじゃん。
 千切れそうなほど腕を握られ、私は痛みに顔を歪める。

「ねぇ、テオ痛い…」
「…お前を他の男に渡さない」
「!?」

 身体を引き寄せされ、テオは私の首元に顔を寄せてきた。そして首元に息がかかったかと思えば、柔らかいものが当たる。

 ──怖い。
 いつものテオじゃない。逃げなくては。

 私は恐怖を感じて転送術でその場から移動した。座標指定する余裕がなかったので少し離れた位置に移動しただけだ。
 しかし、それだけじゃ欺けなかった。なんといってもテオは獣人で鼻がきくのだ。

「あっ!」

 私よりもテオのほうが早かった。両腕を絡みとられ、後ろから抱き込まれた。首の付け根にじくりと走った痛みに私は目を見開いて硬直していた。
 テオは私の項に歯を立てていたのだ。

 なんで私が噛まれるの? という疑問は置いておいて、私は一切同意をしていないのに何故こんな無理やりな行動をするのか。テオの気持ちが一切見えない身勝手な行動に私は衝撃を受けていた。

「──無理矢理とは感心しないな。捕縛せよ」
「!」

 そこに割って入ってきた声によってテオは動きを拘束された。テオの腕から解放された私はへなへなと地面に座り込んで噛まれた項を抑えていた。

「君とアステリアの関係は知らないが、妹は嫁入り前なんだ。…もう、ただの村娘じゃないんだよ」

 そんな私の手を引いて立ち上がらせたのはディーデリヒさんだ。いつからここに居たのだろうか。

「すまない、わかってくれ」

 自分の間合いに私を置いたディーデリヒさんはテオに掛けた捕縛術を解くと、私の背を押して、人のいる広場へと誘導していく。
 ──ドンッと後ろで硬い音が聞こえたので私がビクッとして後ろを振り返ると、テオがそこにあった建物を素手で殴りつけていた。
 その姿がなぜだか、血を流して傷ついて見えた。テオがとても辛そうに見えたのだ。
 それが気になって私は無意識に引き返そうとしたが、ディーデリヒさんが私の肩を痛いほど握ってきてそうはさせてくれなかった。

 まるで私に「立場をわきまえろ」と窘めているようで。……私は唇を噛み締めながら気持ちを押し殺した。


■□■


「あーでいじーだぁ、うへっ」

 カンナはヘラヘラした顔で私のお腹に抱きついてきた。短時間席を外していた間に何が起きたというのか。

「悪い、ジュースで割った果実酒ならいいだろと思ったらこうなった」
「……」

 広場に戻ると、へべれけになったカンナを私の幼馴染達が相手していた。この会場内に用意されているのはワインと果実酒とジュースだ。ジュースで薄めた果実酒ならそこまで度数強くないだろうと油断して飲ませたらこうなったらしい。

「仕方ないからもう帰ろうか」
「えーやーだーぁ」

 カンナはやだぁと言って抵抗してくるが、まともに立てないくせに何を言っているんだ。生まれたてのロバみたいになってるじゃないか。

「…え? お前テオは?」

 幼馴染の男子その1に言われた言葉に私はビクリと肩を揺らしてしまった。

「…なんで?」
「いや…それはほら…」

 ゴニョゴニョといいにくそうに口ごもる相手。私は先程のことを思い出すと噛まれた項がじくりと痛んだ気がした。

「もっとおどろーよぉ」
「…もう帰るの」

 わがままを言うカンナを宥めていると、その様子を見ていた幼馴染その2が物珍しそうにこちらをみてきた。

「…お前友達作れるんだな」
「カンナは別格なの」

 その言葉に私は苦笑いを浮かべた。
 昔はテオと一緒になって私に意地悪をしてきた悪ガキトリオも婚活パーティに参加するようになったのかと思うと不思議な気持ちになる。
 彼らと会えるのもこれが最後なのかなと思うと少し寂しくなった。


「──テオッ」

 パーティに賑わう会場でその声はよく響いた。周りでおしゃべりしていた獣人たちは黙り込み、その声の主に注目する。
 私は渦中の人物に目をやった。
 ミアが告白するんだ。……そしたらアイツはどう答えるんだろう。
 私の同意も得ずに項に噛み付いてきたテオは、ミアの手を取るのだろうか……

「私、テオが好きなの! お願い、私を番にしてっ」

 緊張した様子のミアの告白。その必死な様子はいじらしい。彼女の一世一代の告白に固唾を呑んで見守る人々。
 私も目立たぬよう静かに観察した。痛む胸を無視して。

 テオはぼんやりした顔をしてミアを見ていた。彼はしばし考え込み、ゆっくりと口を開いた。私は息を呑んでそれを見守っていた。
 テオがミアの告白へ返事しようとしたその瞬間だった。

「見つけたッ!」

 ミアとテオの間に乱入してきたのは見たことのない女の子だった。テオと同じ耳と尻尾を持った……狼獣人であろうか。彼女はテオを見上げて目を輝かせていた。
 誰だろう、他所の村の子…?
 驚いたテオとミアは尻尾の毛を逆立たせて固まっている。

「…おいおいおいおい嘘だろ」

 幼馴染その3が私の横で呆然とした顔でブツブツ呟いていた。
 先程までミアの告白シーンだったのに、今では乱入してきた女の子とテオが注目されていた。私にもこの空気が異様だと感じ取れた。

 それになんと言っても、テオの反応が気になる。テオはその女の子をひと目見た瞬間から雷に打たれたような顔をしていたのだ。
 カッと目を見開き、その女の子に穴が空くほど見つめている。

「……運命の番…」

 そう呟いたのは一体誰か。

「この会場内にいるって思ってずっと探していたの! あたしはレイラ・バーンズ! …あなたのお名前は? 私の運命の番さん」
「…テオ・タルコット」

 背がスラリと高い、健康的な体つきの女の子だ。褐色の毛並みを持つ、快活そうな美人。……同じ狼獣人同士、並ぶととてもお似合いに見えた。
 テオは困惑しているように思えた。だけどレイラさんから目が離せないようで…落ち着かない様子でソワソワしている。
 “運命の番”と出会える確率は極めて低い。それと出会えた獣人は幸運だと言われている。ある意味おとぎ話のようなものだと思っていたのに。

 レイラさんは嬉しそうにテオに抱きつくと、呆然としているテオの首に腕を回して口づけをした。
 会場内にどよめきが走った。
 
 ズキリ、と私の胸の奥がひび割れて、そこから血がにじみ出てきたように痛んだ。
 周りの音が何も聞こえない。
 ただただよくわからない感情が胸の中で渦巻いていて……一つだけわかったのは私はテオの運命の番の存在を面白くないと感じているのだけは理解できた。


 数年に1度のお祭りで引き寄せられたように出会った2人は獣人間で話題になった。
 ミアの告白はなかったこととされ、テオが私の項に噛み付いて一方的な番の誓いをした事実も消えてなくなってしまった。

 運命の番はそれだけの存在なのである。
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