上 下
87 / 209
Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

私がデイジーで、デイジーが私で。前編【カンナ視点】

しおりを挟む
 私にはすごい友達がいる。
 何にも染まらない漆黒の髪に大きな紫の瞳、きれいに通った鼻筋、おしゃべりを好まない唇は厚くもなければ薄くもない丁度いい形。肌は雪のように白く透き通っており、顔立ちは精巧な人形のように整っていた。
 初めて彼女を見た時、まるで絵画の中に描かれていそうな貴族のお姫様だと思った。その不思議な雰囲気は彼女の魅力の1つで、みんな近寄りがたそうに遠巻きにしてみていた。

 冷静で、あまり眉を動かさない表情の薄い子かと思ったけれど、教科書や授業を目の前にすると楽しそうにその瞳は輝く。
 ツンケンしていて性格がきつそうだと言う人もいたけど、そんなことはない。彼女は単純に勉強にしか興味ないだけだ。それにいいところも優しいところもたくさんある。私はそんな彼女に興味を持った。

 捨て子とか獣人に育てられた得体のしれない娘だとか、彼女に関する口さがない噂が飛び交っていたが、そんな噂など潰す勢いで彼女は実力を発揮させた。
 その才能に嫉妬して嫌がらせをしてくる輩もいたが、彼女は最後までその志を折らずに立ち向かった。その姿は気高く美しくて、私の目にはとてもかっこよく映った。

 彼女は賢く努力家でとても優秀だった。6年の学校をあっという間に3年で卒業し、魔法庁のスカウトを断り独立。その1年後には高等魔術師の試験に合格してしまうくらいの才女。
 彼女の名はデイジー・マックという。
 私はずっと彼女のことを訳あり貴族の落し胤だと思っていた。だからデイジーの生い立ちの真実を知った時は驚いたけど、妙に納得してすぐに受け入れられた。
 彼女は貴族のお姫様。そして私は平凡な町娘。だけど変わらない。デイジーは私の大事なお友達のままだ。デイジーもそれを受け入れてくれているもの。


 ところで、私には気になることがある。
 デイジーは血縁と再会できたのに、捨て子じゃなく迷い子だと判明したのに……貴族のお姫様になれたのに全く嬉しそうじゃないのだ。暫く見ない間に彼女は病的にやせ細り、心配になるほど顔色が悪くなっていた。
 私と挨拶してくれた彼女の血縁者は優しそうな両親とお兄さんだった。貴族特有の高慢さはあるが、悪い人たちには見えなかった。
 なのにデイジーは彼らを受け入れられないでいるみたいだ。むしろ怯えている姿が気になる…。

 私がよく知っているデイジーはもっと自信満々で気が強かったはずなのに…
 今のデイジーは表情を暗くして、口は重く、なにかに耐えているようで……時折泣きそうな表情を浮かべる。

 まぁ、その原因はそう時間を置かずに見つかったけども。


■□■


「ほら、ちゃんと目を離さないでかき混ぜる」
「勉強したくないよぉ、薬作りなんて以ての外ぁ」

 感動の再会をした時に学校での愚痴を話したら、デイジーから「次の学期で作るから予習しよう」とか言われて薬作りを強制された。
 いやだ、私はデイジーに会いに来たんだよ、薬を作りに来たんじゃないのに。

 べそべそ泣き言を言う私にもデイジーは無慈悲だった。的確に説明して行く。先生よりも教えるのが上手なのは相変わらずである……あ、これ違う薬草だ。デイジーにはバレてないな…大丈夫か。

 ずらりと並べられたデイジーコレクションである薬草達に囲まれ、村の外れの丘の上で薬を作る。私は何しにこの村へ…

「…うん、匂いもおかしくないし、多分大丈夫でしょ」

 さっきから湿布薬、睡眠薬と復習を兼ねて作らされたが、見るも無惨な出来になってしまった。しかし、ここへ来てようやくまともな薬ができた。

「気付け薬なんてどこで使うの…お酒飲めない子どもはどうするの…」
「そんな事言っても履修範囲だからね」

 デイジーはためらわずに私が作った薬を呷った。あっ飲んじゃうんだ……。
 私はその姿を見て、自分も飲まなきゃという焦りが生まれた。そして薬を飲んで…それで……

 くらりと、頭が回った。






「ん……」

 気を失っていたのはどのくらいだろうか。私は身体を起こして頭を押さえる。ちょっとくらくらするけど、大丈夫そうだ。

「で、デイジー……」

 側にいたデイジーに声をかけようとしたが、側に倒れている人物の姿を見て違和感を覚えた。喉元に手をやって、そこで更に違和感……
 手のひらで頬やら髪やらを撫で擦る。視線を下ろせば、庶民が手出しするには高級なドレス……

「…まさか、私、デイジーになっちゃった?」

 どうやら薬は失敗に終わったようである。
 ということは、側に倒れている私の身体に、デイジーの意識が入っているということ……彼女は酔っ払っている様子でうんうんと苦しそうに唸っている。
 仕方ない、運ぼう。
 私は周りに散らばった薬の材料や道具をササッと片付けると、魔法を使って自分の体に入っているであろうデイジーを浮かした。
 そして住宅の集う場所まで駆けていき、一軒の家に飛び込むとデイジー育てのママに事情を話した。貴族の方のママは町の宿に滞在中のため、現在ここにはいなかったのだ。

「私とデイジー入れ替わっちゃったみたいなの! ごめんなさい、私が作った薬が失敗したみたい!」

 デイジーの姿かたちをした私がきゃあきゃあ慌てているもんだから、熊ママは目を丸くして固まっていた。頭の上でピコピコ動く丸いお耳が可愛い。
 我に返った熊ママはすぐに私の姿をしたデイジーを介抱してくれたが、悪酔いして意識が混濁している為、寝かせるしか無いと言われてしまった。死に関わるようなひどい状態じゃないから大丈夫と言われたものの、私はがくりと落ち込んだ。


 自分の失敗にしょんぼりしながら、村をトボトボ散歩していた。折角デイジーに会いに来たのに、デイジーの身体乗っとって、デイジーの意識混濁させて……私は一体何をしに来たんだろう……
 下を見て歩いていた私は地面がキラリと光ったことに気がついた。昨日まで雨が降っていたのだろう。地面に残ったままの水たまりが太陽の光に反射して光ったのである。

 水鏡に今の姿を映す。
 今の私はデイジーの身体に入っている。そんなわけで映るのはデイジーである。貴族のお姫様の格好したデイジーはとても美人さんだ。女の私からしてみても惚れ惚れする。
 しゃがみこんで水鏡に映るデイジーの姿を観察した。角度を変えて、細かく結いこまれた髪型とか、上品な耳飾りとか、デイジーの整った顔とか!

「はぁ…どこからどう見ても美人さん…ほんと綺麗……」

 頬を両手で包み込み、感嘆のため息を漏らす。
 そう、今の私はデイジー。デイジーは貴族のお姫様なのだ。そして今の瞬間、私はデイジーとなってお姫様になっているのだ!

「あはっ!」

 そう考えるとなんだか楽しくなってきた。裾が地面につくくらい長いドレスはふわふわしていて、なんだかワクワクしてきた。私がくるりと回ると、風に揺れてドレスはふわりと浮いた。
 デイジーには申し訳ないけど、今だけお姫様気分を味あわせていただこう。ルンルン気分で、私はスキップし始めた。

「えへへっ」

 浮かれている私を、お仕事中の青年が呆然と見ていた。彼は背後にある大きな工場の従業員だろうか。もふもふした白銀の耳と尻尾を持つとてもかっこいい人だが彼は…犬獣人だろうか? いや、狼獣人かもしれないな。
 彼は口を大きく開け、信じられないものを見るかのようにこちらを見ている。──さてはデイジーの美しさに恐れおののいているのだな?

 そうよね! デイジーは美人さんよね! 分かる!

「ごきげんようっ!」

 私は手をひらひら振ってご機嫌に挨拶してあげた。
 お貴族様の娘だもの。デイジーが恥かかないようにお上品に挨拶しなきゃね!
 彼はポカーンと私を見送っている。
 あはは、うふふと笑顔を振りまきながら、私は先をゆく。かっこいい人と出会えたし、なんかいい事と出会えそうだ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R18】熱い一夜が明けたら~酔い潰れた翌朝、隣に団長様の寝顔。~

三月べに
恋愛
酔い潰れた翌朝。やけに身体が重いかと思えば、ベッドには自分だけではなく、男がいた! しかも、第三王子であり、所属する第三騎士団の団長様! 一夜の過ちをガッツリやらかした私は、寝ている間にそそくさと退散。まぁ、あの見目麗しい団長と一夜なんて、いい思いをしたと思うことにした。が、そもそもどうしてそうなった??? と不思議に思っていれば、なんと団長様が一夜のお相手を捜索中だと! 団長様は媚薬を盛られてあの宿屋に逃げ込んでやり過ごそうとしたが、うっかり鍵をかけ忘れ、酔っ払った私がその部屋に入っては、上になだれ込み、致した……! あちゃー! 氷の冷徹の団長様は、一体どういうつもりで探しているのかと息をひそめて耳をすませた。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...