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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

めでたしな結末と不穏な招待状

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 この話を受け入れた時は、夫人の病気との長い戦いになるかなと思ったが、原因が黒呪術であるとわかれば簡単だった。
 衰弱した身体には栄養と休養、そして体力づくりだ。それさえこなしていけば復活できるであろう。


 この件に関わったとして、私はシュバルツ王国の魔法魔術省に出向いて色々話を聞かれた。その時応対してくれた役人さんが今回の黒呪術の件の流れを教えてくれた。

 愛人の女は元々夫人を殺す気はなかったそうだ。
 はじめは、正妻の存在が目障りだっただけ。だから軽く呪ってやっていたのだと自供したという。
 夫人はその直後から謎の体調不良に襲われたが、呪いに誰も彼も気づかない。それに調子に乗ったのか、何度も呪いを繰り返した。
 そのうち彼女は寝込むようになり、表舞台には立たなくなった。そのお陰で愛人は堂々と伯爵の隣に並んでパーティに参加できるようになる。欲しいものは何でも買ってもらった。お金がなくなれば民から徴収すれば入ってくる。それで満足していたのだそうだ。

 しかしそれも長く続かず……事態を重く受け止めた嫡男エドヴァルド氏が腑抜けた父親に代わって事業を立ち上げたり内政し始めてから状況が変わったのだという。
 民から徴収した税はすべて民の生活に還元しているので、エドヴァルド氏個人の収入が伯爵家の生活費となっていたのだそうだ。
 民から税を搾り取ろうにも、民はエドヴァルド氏にしか従わないと言う。彼はその手腕をふるってどんどん事業を広げていき、領地は豊かになっていった。
 そしてエドヴァルド氏は収入の半分近くを母親の治療費などに賄った。父親の愛人はそれが気に入らなかったそうだ。

 エドヴァルド氏を出来損ないの魔なしだと思っていたのに、あろうことか自分をコケにした。親子共々目障りだから、まずは正妻を消してやろう。その後正妻の息子を消して事業を自分の息子に継承させたらいいのだと目論むようになったのだという。
 一応、エドヴァルド氏は父親と愛人と弟が生活できる程度の援助はしていたらしいが、それじゃ飽き足らず、強欲を出して夫人を呪い殺そうとしたのだとか。
 しょうもないな。

 愛人は黒呪術の禁忌を犯したとして逮捕、裁判にかけられ死罪は免れないであろう。
 そして伯爵は共犯者じゃないかという疑いを掛けられていて、どっちにしても引責迫られそうな気がするなぁ。領地のことは嫡男に任せて別邸にて隠居って形になるのだろうか。
 その伯爵と愛人の間には10歳になる息子がいた。エドヴァルド氏の腹違いの弟である。彼は家督権を放棄して、母方の家に行くか、この地に残って兄の手助けをするため学ぶか、俗世を捨てて神殿に入るか選択しなきゃならないそうだ。
 可哀想だが、選択肢があるだけ恵まれているのだろう。

 ただ、母親の病を治してくれと言われただけなのに一家の人生を大きく変えてしまってこんな結末になり…でも私は悪くないしなぁ…

「マックさんの評判はここまで届いておりますよ。こんなにも優秀なのに、国の機関に所属してないのですか」
「そういうお話は頂きましたが、私には身に余ることで…」

 エスメラルダの損にならないように話を濁す。友好国だが、絶対というわけではないので母国の不利にはならないように振る舞わなければ。



 当初見積もりした依頼料も呪い返しの代金×魔術師3人分(内訳:高等1人・上級2人)を加算して計算してお支払いいただくことになった。あとは 夫人の体調さえ戻れば私の任務は終了だ。
 だが長い期間の療養で夫人の身体は衰弱していた。そのため弱ってる胃腸を整える薬や筋力増強の薬など、彼女の状態を見ながら処方する必要があった。そのため私はまだシャウマン伯爵家に滞在していた。


 貴族の始祖は魔術師で、戦果を上げたものが領地を与えられたのだという。シャウマン伯爵家も例外ではない。書庫には歴史ある蔵書がたくさんあり、私はエドヴァルド氏に許可をとって、空き時間はそこで本を読みふけっていた。

「すごい集中力ですね」
「……すみません、気づきませんでした」

 その声に顔を上げると、いつの間にか書庫にエドヴァルド氏がいた。…気づかなかった。
 彼は机に積み上げた本を見て目を細めていた。懐かしそうに、苦笑い気味に笑うと、一番上に乗っている本をパラパラとめくっていた。

「……私もこの本に目を通したことがあるが、ついぞ理解することが出来なかった」
「……まぁ、ここの書庫にある魔法書は応用ですし」

 ここの本は魔法が使えない人どころか、中級魔術師程度には難しい内容だと思うな。彼が読めなくても仕方ないと思う。

「あなたはすごいお人だ。あなたのお陰で母は救われた」

 エドヴァルド氏は目を細めて微笑みかけてきた。わざわざ国を超えて私に頭を下げに行った甲斐があったとつぶやく。
 夫人の体調はまだ完全には回復とまではいかないが、以前と比べたら元気になったのだという。

「力を貸してくれる魔術師のおかげでもあります。ここまで持ちこたえたのはこれまでシャウマン様が懸命に看病したからでしょう」

 夫人は年単位で小さな呪いをかけられ続け、最後に特大の死の呪いを掛けられていた。それらは魂にまで呪いが染み付いており、呪い返しは私だけでは無理だっただろう。
 わざわざ駆けつけてくれた魔術師協会の彼らの働きも褒めてやってほしい。私がそう言うと、彼は恭しく私の手を取って握りしめてきた。…え、何…?

「…エドヴァルドとお呼びください。あなたのことをデイジーとお呼びしても?」
「はぁ…どうぞ」

 めちゃくちゃキラキラした笑顔だな。お母さんが助かってそりゃあ嬉しいだろう。しっかり代金払ってくれたら文句は言わないから気にしなくていいよ。

「そうです、ずっと屋敷にこもりっぱなしは退屈でしょう。視察に一緒に向かいませんか?」
「へ…」
「馬車の中からいろんな風景を眺めるのも悪くありませんよ」

 そういって私の手を引いた彼は軽い足取りで部屋の外へと私を連れ出した。
 いや、私はここで本を読んでいたいですが……。
 なんかこの感覚知ってる……テオである。初等学校時代、図書室にこもってると私を引っ張り出して外に出そうとしてきたテオ。今思えば、テオは私と一緒に楽しいことがしたいと思って誘っていたのかな。
 私は今と変わらず昔も本を読むほうが楽しかったのだけど…あの頃はお互い幼かったし、わかり合えずとも仕方ないよね……

 出発前やけに不安がっていたあいつの顔を思い出し……後で手紙を書いて送ってやろうかなと思った。


■□■


 政略結婚とは言え、夫の愛人に呪いをかけられて散々だった夫人だが、意外とケロリとしていた。心のどこかで彼らから悪意を向けられていると勘付いていていたのかもしれない。
 今回の件で隠居した元伯爵とはもう、数年会話しておらず、顔も合わせてないそうで、別邸にいるけど完全なる赤の他人と言った体でいる夫人は中々したたかな女性のようである。

「あぁいい気持ち。前まではね、光が入ってくると身体が痛くて仕方なかったのよ。太陽の光ってこんなに気持ちいいのね」
「身体が正常に戻りつつあるのでしょう。お医者様も目立った疾患はないと言っていましたから、これから食事をしっかりとって、筋肉をつけましょう」

 呪いから解放された夫人の回復は目まぐるしいものだった。調子がいいとのことで、杖に支えられながら庭を散歩できるまでになった。まだまだ長距離は歩けないが、このまま行けば旅も出来るようになるだろう。

「そういえばあなたが作ってくれた…美容クリームだったかしら? どんな魔法を使ったの?」
「…いや、ここに来る前に自分の住む村近くの森で拾ってきた美肌成分のある植物を材料に入れただけですね」

 変わったものは別に入れてない…村や町のマダムに売っているものと同じである。それが夫人の肌にも合ったのだろう、しわしわの枯れ木のようだった彼女の肌は年相応の肌に戻っている。
 夫人は「そういうことにしておいてあげるわ」と笑っていたが、別に隠し事してないんだけど。

「若くて美人で働き者で勤勉家で、おまけに面倒見もいい」

 あなたが貴族出身なら言うまでもないんだけどね。と言われ、私は変な顔をする。
 そうね。エドヴァルド氏は23歳で婚約者の一人もいない。いい人がいればと考えるのは親ってもんだろう。
 しかし私はここに婚活に来ているわけじゃないので数に加えないで欲しい。まぁ身分差があるからそれ以前の問題だけど。別にエドヴァルド氏のことそういう風に見ているわけでもないし困るわ。

「母上。そんな事言ってデイジーを困らせないでください」
「あらそんなつもりはなかったのよ、ごめんなさい」

 そこに現れたエドヴァルド氏は何やら恥ずかしそうにしていた。お母さんから結婚をせっつかれて恥ずかしいのであろう。
 彼は私と目が合うと、なにやら恥じらいをみせていたが、咳払いをして誤魔化していた。

「デイジー、君に招待状が届いている」
「……招待状…?」

 なんぞ。魔法魔術省からの招喚か何か?
 エドヴァルド氏に渡された封筒を受け取り、差出人の名前を見る。

【ラウル・シュバルツ】

「……姿を現せ」

 呪文をかけたがなんとも無い。本物らしい。私の記憶が正しければこの名はこの国の王太子の名前だ。…会ったことのない、見ず知らずの他人である。
 私は眉間にシワを寄せて中身を確認するが、読んでも理解できなかった。

 もうすぐ社交シーズンが始まるらしく、お城で盛大なパーティが行われるそうだ。それだけならへぇ、そうなんだ。私には関係ないけどねと終わらせることは出来たのだが……

 何故この国とは無関係な私が、お城のパーティに呼ばれなきゃならないのか。
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