上 下
54 / 209
Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

宙吊りはやめて

しおりを挟む
 魔法魔術学校を卒業した私は、卒業日翌日から再び勉強漬けの毎日をはじめていた。来月になったら上級魔術師昇格試験を受けるつもりなのだ。もう願書も提出済みである。

 私の予定では上級魔術師の資格をとったら旅に出る。旅で経験を積みながら、勉強を続けて、いずれ高等魔術師の試験を受けるというものである。
 魔術師には実技試験もあるので、それのためにも経験が必要だ。魔法だけじゃない、人間としての経験を積む必要があると思うのだ。今まで踏み入れたことのない土地に足を踏み入れて、世界を知ることも大事だと思っている。

 そして旅には路銀が必要だ。合間を見て薬作りと販売を行っているが、これで当面の間の旅費になるか少しばかり不安だ。
 …まぁ出先でもうまく行けば売れると思う。最悪お金がなくなっても、村に戻ってまた貯金すればいいだけのこと。節約だってできる。結界を張った上で野宿すればいいだけ。食料は安く購入したものを物質保存の術を掛ければ日持ちするし、現地調達も可能だ。荷物だって収納術で身軽に旅ができる。
 私には魔力があるのでなんとでもなるだろう。

 今日の分の薬も全て売れ、店じまいした私はまっすぐ村へ帰らずに町で調査していた。仕事について安定し始めたらこの町に部屋を借りようと考えているのだ。
 薬作れるスペースがあればいいけど…。そんな物件ないなぁ。下見に来た不動産屋の店先に書かれた物件情報をメモしながら、私は唸った。
 薬を作るとしたら匂い問題があるよなぁ。ここは村と違って住宅や建物で密集しているし、人口も多い。広い物件はその分金額が上がるし、隣との距離が近いので薬づくりの匂いで苦情が来るかもしれない。

「…お前、ひとりで百面相して何してるんだ」
「……なんであんたはここにいるの?」

 今は仕事中の時間でしょうが。
 相手を胡乱に見上げた私は質問に質問で返した。すると相手は「親方の知り合いの工房に用があったから」と返事をしながら、私が見ていた物件情報を覗き込んでいた。右から左へ視線を動かしていたテオはどんどん不機嫌な顔に変わっていく。
 こいつの不機嫌スイッチがよくわからない今日このごろだ。

「…お前、家を出るつもりか」
「魔術師として安定したら一人暮らしをしようと思ってる」

 家族には旅をすることまでは報告しているが、一人暮らしのことはまだ話してない。旅をしている間は家の管理ができないので、実家で今暫く厄介になるけども。

「駄目だ。お前は実家にいろ」

 家族ならきっと賛成することなのに、こいつときたら。
 テリトリー内に子分がいないと落ち着かないとでも言いたいのだろうか。昔っから人の行動に口出しばっかして……あんた、昔は「よそ者は出てけ」って私に言ってたでしょうが。出ていってあげるんだから両手上げて喜んだらどうなのよ。
 テオの反対発言に反発心が生まれた私は眉間にシワを寄せた。

「なんであんたにそんな事決められなきゃならないのよ」

 親兄弟でもないのに口出しがすぎるのよ。私はあんたの所有物でも家族でもない。ただの腐れ縁なだけでしょ。
 誤った道を歩んでいるわけでもない。私のすることにケチつけないで欲しい。

「町は盛り場もある。前のブタみたいな糞男みたいなのもいるかもしれないだろ」

 だけど私が想像していた答えとは違った。それは私の身を心配した理由からだった。

「危ないだろ、女の一人暮らしは」

 その言葉に私は変な顔をする。

「…なんだよ、その顔」

 テオはムッとした顔をしていたが、私は動揺が隠せずに変な顔のままヤツの顔を見上げていた。

 いっちょまえに女扱いしてきたぞ…。
 こいつ、私のこと女だと思っていたんだ…

 村の他の女の子と私に対する態度が違うからてっきり私は性別カテゴリのない者扱いを受けているのだと思ったが、女扱いされるとは……戸惑っても仕方がないと思う。
 テオと私は無意味に見つめあう。なんだかムズムズしてきた。次に出す言葉が思いつかず、私は咳払いをして誤魔化した。

「見くびらないでくれる? 私は魔術師なのよ?」

 ほら、見てみなさいよとペンダントを見せびらかすが、テオはヘッと鼻で笑ってきた。その顔の腹立つこと極まりなし。
 その上、私の手に持っていたメモを掠め取るように取り上げると、ぐちゃあと乱暴に握りしめた。

「ちょっと! 何するのよ!」

 かっさらわれた物件メモを取り返そうとしたが、ヤツの動きは素早かった。
 すばしっこい獣人に足で追いつくと考えてはいない。転送術を使って追いかけ回したが、追いつかなかった。

「返してよっ!」
「やだね」

 転送術で目の前に出現しても、ヤツの嗅覚のほうが先に私の匂いを察知してすぐに避けられる。
 獣人に魔術師が負けるだと…? そんなバカな。

 最後らへんはヤケになって物理攻撃をしてみたが、当然のことながら捕まらない。むしろ両手を掴まれて持ち上げられ、結果的に宙吊りにされるという屈辱的行為を働かれた。
 気分はまるで血抜きのために吊るされた獲物である。

「下ろしなさいよぉぉ!!」
「お前トロいんだから無理すんなって」

 私はジタバタ暴れてやった。なのに、ヤツには全く響いていない。悔しくてつい声を荒げてしまった。
 私がトロいんじゃない! あんたは自分が身体能力に優れた狼獣人であることを理解しろ! 私は人間としてなら運動神経いいって学校の人も言っていた! よって私はトロくない!

 私とテオは喧嘩というか追いかけっこしながらそのまま村へとたどり着いていた。と言うよりもテオに誘導されたようなものである。
 幼かった子どもの頃のように取っ組み合い(になってない)争いをしていたものだから、通りすがりの村のおじさんに「お前ら大きくなっても変わんねぇなぁ」と微笑ましそうに言われたのが解せない。

 私は一度も微笑ましい気持ちで取っ組み合いなんかしてないんだぞ。いつだって本気で立ち向かって負けてきたのだ。それがどれほど屈辱的で、何度涙をのんだことか。

「仲がいいなぁホントに」

 どこが仲良いのか。
 やめてくれないか、仲良い子どもを見守るようなその目は。


 ひとりで帰れると言ってるのにテオは家までついてきた。仕事はいいのか。怒られても知らないからな。
 ちなみにメモは結局帰ってこなかった。返せと言っても返してくれないので諦めた。物件情報は記憶に残っているからいいよもう……

 家にたどり着くと、庭先で家庭菜園の手入れをしていたお母さんにテオの口から、私が一人暮らしを考えているということを暴露されて、その後緊急家族会議が開かれた。

「一人旅だって本当は反対したいのよ、だけどデイジーの希望を汲んで許したの。それなのに一人暮らしとか…母さんをあまり心配させないどくれ」

 ……とか色々諭された。私は一人暮らしする能力がないと思われているっぽい。普段勉強ばかりして家のお手伝いしてないせいだな。それは悪かったと思ってる。
 きっと今は私が職らしい職についてないので信用がないのだと思う。今は保留にして、安定した収入が得られるようになったらもう一度私から持ちかけてみようと思う。


 後日、町へ薬を売りにいくと、警ら詰め所にいたジムおじさんに冷やかされた。挨拶もそこそこに「見かけたぞぉ、デイジーも隅に置けねぇなぁ」と言われたので、なんのことかと思えば…

「デイジーはなかなかいい男捕まえたなぁ。ここにもデイジー狙ってる若い衆がいるけど、アイツ失恋決定だよ」

 おかしそうに言われたそれに私は固まった。いい男…? 誰のこと…。
 私はハッとした。

「違うからね!? あいつはいじめっ子の悪ガキ! 腐れ縁なの!」
「いいんだよ、おじさんにもそういう甘酸っぱい時期があったからわかるんだってー」

 私とテオは争いをしていただけだ。決して微笑ましい追いかけっこをしていたのではない。私にとってテオは今も昔もいじめっ子のまま。そんなふうに意識したことないし、あっちだって子分扱いしてるだけだし!
 ただ男女ってだけでそっちに結びつけるのはやめてくれないかな!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

記憶喪失になったら、義兄に溺愛されました。

せいめ
恋愛
 婚約者の不貞現場を見た私は、ショックを受けて前世の記憶を思い出す。  そうだ!私は日本のアラサー社畜だった。  前世の記憶が戻って思うのは、こんな婚約者要らないよね!浮気症は治らないだろうし、家族ともそこまで仲良くないから、こんな家にいる必要もないよね。  そうだ!家を出よう。  しかし、二階から逃げようとした私は失敗し、バルコニーから落ちてしまう。  目覚めた私は、今世の記憶がない!あれ?何を悩んでいたんだっけ?何かしようとしていた?  豪華な部屋に沢山のメイド達。そして、カッコいいお兄様。    金持ちの家に生まれて、美少女だなんてラッキー!ふふっ!今世では楽しい人生を送るぞー!  しかし。…婚約者がいたの?しかも、全く愛されてなくて、相手にもされてなかったの?  えっ?私が記憶喪失になった理由?お兄様教えてー!  ご都合主義です。内容も緩いです。  誤字脱字お許しください。  義兄の話が多いです。  閑話も多いです。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【本編・改稿版】来世でも一緒に

霜月
恋愛
「お父様にはお母様がいて、後継には弟がいる。後は私が素敵な殿方をゲットすれば万事おっけー! 親孝行にもなる!!」 そう豪語し、その為に血の滲むような努力をしてきたとあるご令嬢が、無愛想で女嫌いと噂される王弟・大公に溺愛される話。 ◆8月20日〜、改稿版の再掲を開始します。ストーリーに大きな変化はありませんが、全体的に加筆・修正をしています。 ◆あくまで中世ヨーロッパ『風』であり、フィクションであることを踏まえた上でお読みください。 ◆R15設定は保険です。 本編に本番シーンは出て来ませんが、ちょいエロぐらいは書けている…はず。 ※R18なお話は、本編終了後に番外編として上げていきますので、よろしくお願いします。 【お礼と謝罪】 色々とありまして、どうしても一からやり直したくなりました。相変わらずダメダメ作家で申し訳ありません。 見捨てないでいてくださる皆様の存在が本当に励みです。 本当にすみません。そして、本当にありがとうございます。 これからまた頑張っていきますので、どうかよろしくお願い致します。 m(_ _)m 霜月

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈 
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

処理中です...