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Day's Eye 森に捨てられたデイジー

3度目の飛び級

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 1ヶ月の長期休暇を終えた後すぐに私は、6年次飛び級試験を受けた。3回目となるともう慣れたもので、見届人の役人さんからも「あ、またあなたですか」って反応しかされない。
 私は難なく飛び級試験の筆記と実技試験をクリアし、6学年へ途中編入することを実現させた。その調子で卒業試験とその後受ける予定である上級魔術師試験に向けての勉強を続けていた。
 相変わらず周りは私を脅威の目で見てくるが、もう誰にも止められない。我が道を行くんだ。

「失礼しますっ! ミルカ先生はいらっしゃいますかっ」
「ヒィッ!」

 職員室に入ってきた私を見て悲鳴を上げるミルカ先生。なぜそんなに怯えているのか。さぁ先生、私の質問にくまなく答えるのです!! 持参したノートを広げると、私は第一の質問を口にした。

 

「ありがとうございました」

 数十分、ミルカ先生への質問責めを終え、満足していた私はそのまま寮に戻ろうと踵を返した。後ろでは机に倒れ込むミルカ先生の姿。なんだか先生がしおれているような気がする。それを憐れんだ先生方が私を責めるような目で見てくる。
 何だその目は。まるで私がいじめたみたいで心外である。ただ単に質問しに来ただけじゃないか。

「マック、ちょっと待った」
「なんですかビーモント先生、文句は受け付けませんよ」

 ビーモント先生が呼び止めてきたので、先に反論しておいた。てっきり「先生をいじめるな」と注意されるのかと思っていたのだが、ビーモント先生は別の用事で呼び止めたのだそうだ。
 先生に着いてくるようにと言われて向かった先は特別塔内の談話室である。……あぁなんか予想ついたぞ。その一室には既に2人の男女が待機していた。
 どうも、お久しぶりです。

 談話室の奥のソファに座っていたのはエスメラルダ王国王太子殿下とその婚約者である公爵令嬢である。私は彼らに向けてペコリと頭を下げると、相手の発言を待つ。

「立ち話では何だから、腰掛けてくれ」
「はい、失礼いたします」

 言われたとおり、2人の反対側の空いているソファに座ると彼らの顔を見比べた。
 この2人の呼出と言えば、あれだよねぇ。聞かずともわかってる。

「…今日君を呼び出しさせてもらったのは……魔法庁への就職についてもう一度考え直してくれないかなと思ってだね」

 あぁやっぱり。
 なんだかすうっと頭が冷えていく。

「あなたの気持ちも理解しているのよ。…だけどこの国にはあなたの力が必要なの」

 ファーナム嬢まで同席させたのは情に訴えるつもりだったのか…。いやそこまで深い意味はないか。
 2人は私の才能を魔法庁で生かして欲しいといろいろ説得してくれた。今回問題を起こした貴族は処分したし、入庁した後もそういう問題が起きないよう目を光らせるから是非。とまで言われたが、そういう問題じゃないのだ。
 私は頭を深々下げる。

「申し訳ありません」
「君が望むなら貴族の養女になることだって…」
「違うんです、そういう問題じゃないんです」

 身分のことが気になるなら、信頼できる貴族の養女になることも持ちかけられたが、そういうことじゃないのだ。
 別に私は貴族になりたいわけじゃない。村娘という平民身分に不満をいだいているわけじゃないんだ。

「私、行動を縛られたくないんです。私は自営で魔術師になると決めました。…なので何度お誘いいただいても気持ちは変わりません」

 自ら地獄に足を突っ込むほど私はアホじゃないぞ。その地獄で戦う覚悟を抱くほど、魔法省や魔法庁へ入りたいわけでもなしに。殿下達が目を光らせるって言ったって、そんなの最初だけだろう。
 そもそも私の目的はもっとシンプルだ。
 高等魔術師、高給取り、自由!

「名ばかり貴族になっても、結局純粋な育ちの良いお方には勝てませんし、結局は権力でねじ伏せられると思います」

 色々よくしてくれたファーナム嬢には悪いことしてるとは思うが、それとこれとは全くの別問題である。彼らは更になにか言い募ろうとしていたが、私側に受け入れる余地がないと察すると口を閉ざしていた。
 私は最後に「申し訳ありません、失礼します」と深々と頭を下げると、私はそそくさと退室していった。


 扉を締めると、外で待っていたビーモント先生が私の顔をじっと見て、肩をすくめていた。先生には私がどういう返事をしたのかわかったのだろう。

「さぁ、一般塔に戻りましょう。私、上級魔術師試験の試験勉強に追われてるんですよ」
「もう先生は何も突っ込まないからな」

 理解のある先生で助かります。

「先生ついでに質問あるんですけどいいですか?」
「……手短に頼むな」

 私は持っていたかばんからノートを引っ張り出し、一個一個質問する。ビーモント先生は渋々ながらも一つ一つ回答してくれた。

 キラキラの貴族様に関わって生きる生活はきっと私には合わないであろう。こうして地道に生きるのが私らしい生き方なのかもしれない。

 森に捨てられたデイジーは野に咲く草花のように地道に、たくましく自由に生きていくのがお似合いなのだろう。


■□■


「ひゃー、殿下に直接面と向かってお断りしたのー?」
「デイジーってば大物すぎー」

 飛び級したことで私は途中で学年が変わったのだが、カンナとマーシアさんは私を見かけると相変わらず声を掛けてくる。以前と変わらない態度で接してくれる。
 食堂でお昼ごはんをつつく私の周りに勝手に座って根掘り葉掘り話を聞いてきた彼女たちに引いた目で見られた私は不快な気持ちになった。

「いや誤魔化しても仕方ないでしょ。入庁する気ないですし」

 期待させぬよう面と向かって断るのが誠実な対応だと思うな。

「いやそうだけどね、こわくないのかなって」
「殿下とファーナム様は権力で潰そうとする人じゃないから平気」

 あれできっと彼らも諦めてくれたであろう。
 必要としてくれるのは嬉しいが、やっぱり私も人間なので我慢できないことが存在するのだ。

「じゃ、私はお先に」
「えぇーおしゃべりしようよぉ」
「お2人でどうぞー」

 一足早く食べ終わった私が席を立つとカンナが文句をつけてきたので、後は2人で喋ってろと返す。この2人は私を通じて仲良くなったんだよね。波長というかほわほわしたところがお互いに合っているみたいなんだ。
 私は文句を言っている2人を放置して食器プレートを返却口へ返すと食堂を出て、図書館に行こうと歩を進めた。

「やぁマック君」
「フレッカー卿、こんにちは」

 一般塔に用事があったのか、大きな筒と箱を持ったフレッカー卿と偶然遭遇した。
 そういえばこれまでこの人にも色々お世話になったなぁ。

「6年のクラスではうまくやってるかね?」
「うーん。卒業試験勉強でみんながピリピリしてますね」

 仲良しこよしとは行かない。私もその気はないけども。彼は「まぁこの時期だから仕方ないね」と軽く笑っていた。
 フレッカー卿は普段と変わらず、この間王立図書館で読んだ本が学生時代に自分が研究した内容でとても興味深かったと熱い研究魂を語ってくれた。……彼は私が魔法庁の話を蹴ったこと知っているはずなのにその理由とか聞いたりしないんだな。
 片眼鏡をしたフレッカー卿の瞳がこちらをじっと見つめる。左の目は戦闘時に負傷して視力が弱くなったのだと聞かされたことがある。シュバルツ侵攻の救援に行った際にハルベリオン軍と遭遇して少しばかり戦闘したのだそうだ。

「…君は本当に優秀な生徒だ。一度でいいから君に授業をしてみたかったよ」
「私もです。卒業したらもうお話できないのが残念です。…これまで色々と卿に助けていただきました。本当に感謝しています。おかげさまで私は自分の夢を追えます」

 改めてお礼を言うと、彼は「私はほんの少し手を貸してあげただけ。今の君がいるのは君が頑張ったからだ」と軽く首を振っていた。
 フレッカー卿はどこか遠くを見るように目を細めていた。

「…私はね、自分の心の声に従うことも時には大事だと思うんだよ」
「…?」

 急に何の話だ? と私は首をかしげる。
 フレッカー卿はなにやら苦笑いを浮かべていた。

「私は自分に与えられた責務を放棄して、自分の選んだ道へ強引に進んだ口だ。それで家から勘当されたり、社交界から後ろ指を差されたこともあったが、それでも自分の選んだ道を一度も後悔していないんだよ」

 その話に私はキョトンとする。
 私とフレッカー卿は勉強好きという共通点はあるが生まれも育ちも全くの逆だ。私が抱えるものと彼の抱えるものは全く違う。
 彼は彼なりに苦しんで悩んで、今の道を選んだのだろう。……それを後悔していない、か。

「だからね、君も自分が選ぼうとしている道を大切にするんだよ。どんなに険しい道でもきっと、自分の心に従って選んだ道ならなにか見つかるはずだ。…君が答えを欲しがっている真実も…ね」

 なんだか意味深な言葉である。経験者が語ると深いなぁ。

「なんだか予言者みたいですね」

 あの薬問屋のおばあさんを思い出してしまったじゃないか。私は冗談交じりに返したのだが、フレッカー卿は小さく笑うだけだった。

 6年生は卒業試験と並行して就職活動を行っている。そうでない人は大学校進学、もしくは花嫁修業などなにか目的に向かって進んでいる。
 一方で自営業に飛び込もうとしている私は色んな勉強をしているものの、未来への確かな保証がないまま。
 ──今は宙ぶらりんの私だが、それが自分の選んだ道なら後ろを振り返らず突き進めってことだよね。

「きっと君ならやり遂げるさ」

 恩師であるフレッカー卿に言われるとなんだか本当にできそうな気がする。
 私は拳を握って頷いてみせた。

「えぇ、やり遂げてみせますとも」

 卒業まであと僅か。
 最後までやり遂げて見せます。
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