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Day's Eye 森に捨てられたデイジー
幕間・魔法魔術戦闘大会【三人称視点】
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会場内はどよめきに満ちていた。観戦していた生徒たちはお互いの目を合わせて微妙な表情を浮かべている。
目の前で行われた異様な勝負。一方的なその試合は、ただの私刑だった。貴族側が何かを仕組んだのだろうと疑う人もいた。それだけ様子がおかしかったからだ。
「デイジー! しっかりして!」
声なくぐったりとした少女が担架に乗せられて運ばれていく。少女・デイジーの友人であるカンナが搬送される彼女に付き添って退場していく中、マーシアという女だけは違った。
「さ、続きしましょうよ」
彼女はいつものふわふわした態度で大会の続行を促した。
会場内は変な空気が流れていたが、途中敗退者はこれまでにも数人いた。デイジーだけではない。審判員は気を取りなおし、先程の試合は貴族子息側の勝利だと宣言する。
そうなれば、トーナメント方式のこの大会では次の対戦者と当たることになる……貴族子息の次の対戦相手は、この女マーシア・レインであった。
■□■
──この大会の対戦相手のくじ引きは不正が行われていた。貴族子息がデイジー・マックと対戦出来るように仕向けたのだ。
その理由は単純にうっぷんを晴らすためである。公の場で彼女を叩きのめす目的があった。
しかし彼はそれを後悔することになる。
「我に従う土の元素よ。──彼の者を飲み込め」
対戦開始合図すぐにマーシアは呪文を唱え、アリジゴクの罠を作り上げた。反応が遅れた貴族子息は足を取られ、そのまま砂の中に飲み込まれそうなところを藻掻いて逃れようとしている。
「っ、草木の元素たちよ、我を救出したまえ!」
「火の元素たちよ、燃やし尽くせ」
草木のつるを出現させてアリジゴクから脱そうとしたのだろうが、先にマーシアが伸び始めた草木を燃やし尽くしてしまった。
「我の声に応えよ眷属たちよ。彼のものを食らいつくせ」
マーシアが次に唱えたのは、眷属の召喚術だ。先程貴族子息がデイジー相手に唱えた大蛇召喚呪文と同じ……マーシアの眷属はドブネズミだった。
しかもその数は尋常じゃなく多い。ゴソゴソゴソッと多くのドブネズミが一点に集まるその様は見る人によっては嫌悪感を抱くであろう。
「ねぇねぇ今どんな気持ち? 普段ドブネズミ扱いしている庶民からこてんぱんに負けて、ドブネズミにかじられる気持ちってどんな気分?」
わらわらと大量のネズミに囲まれる子息を見下ろしたマーシアはニヤニヤと愉快そうな笑みを浮かべて煽っていた。
「ぶ、無礼なっ私を誰だと思ってる!」
「お貴族様ですよねぇ。どこのどなたかまでは知りませんけどぉ」
「貴様っ庶民がこのような真似っ…! 私の父が許しはしないぞ!」
屈辱に耐えられなかった彼は顔を真っ赤にさせて怒鳴っていた。しかしその身体はアリジゴクの罠に飲み込まれ、今では生首状態。その上頭の周りにはドブネズミが集っており、あまり迫力があるとは言えない。
マーシアはそれを見下ろしながら、コテッと首を傾げてトボけた風に言った。
「えぇ? この大会の出場規約読んでないんですかぁ? 身分に関わらず真剣勝負するのが決まりですよぉ。事前に宣誓書書いたでしょ?」
その言葉にぐっと口ごもる相手。その間も彼の頭部は砂とドブネズミに埋もれそうになっていた。
「ていうかぁ。対戦相手に薬仕掛ける方はどうなんですかぁ? 卑怯な手を使うのがお貴族様のやり方なんですかぁ? 知らなかったなぁ」
ヤる気満々である。彼女はヘラヘラ笑っている風に見えて実は怒っていた。
彼女は以前起きた中庭の騒動を目にしていた。平民の女子生徒が年上の貴族子女数名に攻撃されながらも軽々避け、反撃する勇姿を目撃していたのだ。
気に入らないと思っていた。
何をって、貴族連中をである。やり方もだが、態度も何もかもだ。女子生徒側は庶民ということで色々我慢を強いられているのに、あちらはのうのうとして、この期に及んで卑怯な手を使って叩き潰そうとした。
貴族様に関わるとろくなことがないと先生方に口酸っぱく言い聞かされていた。マーシアとて、普段なら見ないふり知らんふりするが、今回はそうは行かない。
正々堂々と叩き潰せる機会を逃してなるものかとばかりに、攻撃を放ったのである。
「貴族が聞いて呆れる! 年下の女の子を陥れようとしてあんたら恥ずかしくないのか!」
いつものホワンホワンした雰囲気から一変して、マーシアは怒りの形相で怒鳴り立てた。会場となっている実技場は円形ドーム型となっていて、よくその声が響いた。
──始めはデイジーに対して天才少女という印象しかなかった。が、去年度の騒動以降、形を変えて印象が変わった。マーシアはいちクラスメイトとして、デイジーの無念を報復してやったのだ。
マーシアの怒りの咆哮にビクリと怯えたのは対戦相手だけではない。周りで観戦していた生徒らもである。身分というものが存在するなら、それ相応の対応が必要なのはわかってる。だがこれはあまりにも横暴すぎる。
庶民と貴族間の仲が微妙になっても別に痛くも痒くもない。しかし、マーシアは友人を傷つけられるのだけは見逃せなかった。
「……あんな捨て子なんかが魔法庁に入るなぞ、私は許さない!」
貴族子息はこの期に及んで恨み言を吐き捨てた。その訴えに対して会場にいる者全員が疑問を浮かべた。
…魔法庁? 何の話? と。
その答えはマーシアが代わりに答えてくれた。
「…はぁ? 断わったよその話は。デイジーはあんたみたいな権力ばかりあって、人望がまるでなさそうなお坊ちゃんの下で働いて、こき使われて潰されるのが嫌だったから魔法庁入りをお断りしたんじゃなーい?」
国直属機関からのオファーをデイジーがあっさり蹴った理由を、ようやく教えてもらったマーシアはもったいないと思っていた。
…しかし冷静に考えてしまえばそうだな。人間全員が清廉潔白というわけじゃない。彼女には肩書のある後見人がいないので、何かしら利用されるはずである。
したたかな人間であれば取り入ってうまくやっていけるだろうが、デイジーという少女はそこまで器用な人間ではない。……何かあった時に一番泣きを見るのは庶民たちなのだ。そう思えば、彼女の選択はあながち間違ってはいないのかもしれない、と思い直した。
「えっ、えぇ…? うぷっ」
砂が口の中に入ってきたのだろう。貴族子息はうめき声を上げていた。彼の顔の半分はネズミで覆われており、かじられた部位からは血が出ている。わらわらとドブネズミに群がられるその姿はまるでスラム街の…いやそれ以下の下賤の姿にも見えた。
「良かったね、これで満足?」
どんどん砂が顔を覆っていく。
マーシアはそれを見下ろし、うっそりと嘲笑った。
「そこまで! 勝者、マーシア・レイン!」
雌雄は決した。
勝者の名が高らかに読み上げられ、一般塔所属の生徒たちがわぁぁ…と歓声を上げて拍手を送っていた。
しかしマーシアは「まだこれからなのに…」と興ざめしている。
彼女にとってはこれが序盤だ。まだまだ試したい呪文があったのに試合終了を告げられたら諦めるほかない。肩を落とし、相手にかけた魔法魔術を解いた。アリジゴクから対戦相手の身体を解放して地面に打ち上げ、眷属のドブネズミにはお還りいただく。
「──この者を引っ捕らえよ!」
その命令にマーシアは凪いだ視線を向けた。王太子殿下が警備兵に捕縛を命じたのだ。
あぁ所詮、殿下も貴族の味方なのかなとマーシアはぼんやり考えていた。期待は元々していなかったけど、がっかりしてしまった。
「カミル・マクファーレン! 貴殿を大会規約違反及び違法薬物使用疑いで捕縛する!」
しかし捕まったのは貴族側だ。
警備隊は満身創痍の貴族子息カミル・マクファーレンを捕縛呪文で捕獲すると、抵抗できぬよう首元に魔封じの首輪を装着した。警備隊は容赦なくキビキビと彼を引っ立てていく。
「な、なぜですか殿下、何故私を捕縛など…!? 捕まえるのはあの庶民でしょう!」
マーシアは呆然とそれを見送っていた。捕縛された子息が言い訳みたいなことを叫んでいるが、そのままどこかへ連れて行かれた。
事の次第をずっと見ていた人たちの反応は2通りあった。自業自得だと冷めた目で見ている人と、青ざめて固まっている人。大多数は前者で、同じ貴族階級の人間も軽蔑した眼差しで連行された貴族子息を睨みつけるという面白い光景も見られた。
マーシアは目を大きく見開き、楽しそうに笑った。
「…わぁ、デイジー、悪は成敗されたみたいだよ」
彼女は頬を赤らめ、目を輝かせると、ここにはいないデイジーに対して呼びかけたのであった。
目の前で行われた異様な勝負。一方的なその試合は、ただの私刑だった。貴族側が何かを仕組んだのだろうと疑う人もいた。それだけ様子がおかしかったからだ。
「デイジー! しっかりして!」
声なくぐったりとした少女が担架に乗せられて運ばれていく。少女・デイジーの友人であるカンナが搬送される彼女に付き添って退場していく中、マーシアという女だけは違った。
「さ、続きしましょうよ」
彼女はいつものふわふわした態度で大会の続行を促した。
会場内は変な空気が流れていたが、途中敗退者はこれまでにも数人いた。デイジーだけではない。審判員は気を取りなおし、先程の試合は貴族子息側の勝利だと宣言する。
そうなれば、トーナメント方式のこの大会では次の対戦者と当たることになる……貴族子息の次の対戦相手は、この女マーシア・レインであった。
■□■
──この大会の対戦相手のくじ引きは不正が行われていた。貴族子息がデイジー・マックと対戦出来るように仕向けたのだ。
その理由は単純にうっぷんを晴らすためである。公の場で彼女を叩きのめす目的があった。
しかし彼はそれを後悔することになる。
「我に従う土の元素よ。──彼の者を飲み込め」
対戦開始合図すぐにマーシアは呪文を唱え、アリジゴクの罠を作り上げた。反応が遅れた貴族子息は足を取られ、そのまま砂の中に飲み込まれそうなところを藻掻いて逃れようとしている。
「っ、草木の元素たちよ、我を救出したまえ!」
「火の元素たちよ、燃やし尽くせ」
草木のつるを出現させてアリジゴクから脱そうとしたのだろうが、先にマーシアが伸び始めた草木を燃やし尽くしてしまった。
「我の声に応えよ眷属たちよ。彼のものを食らいつくせ」
マーシアが次に唱えたのは、眷属の召喚術だ。先程貴族子息がデイジー相手に唱えた大蛇召喚呪文と同じ……マーシアの眷属はドブネズミだった。
しかもその数は尋常じゃなく多い。ゴソゴソゴソッと多くのドブネズミが一点に集まるその様は見る人によっては嫌悪感を抱くであろう。
「ねぇねぇ今どんな気持ち? 普段ドブネズミ扱いしている庶民からこてんぱんに負けて、ドブネズミにかじられる気持ちってどんな気分?」
わらわらと大量のネズミに囲まれる子息を見下ろしたマーシアはニヤニヤと愉快そうな笑みを浮かべて煽っていた。
「ぶ、無礼なっ私を誰だと思ってる!」
「お貴族様ですよねぇ。どこのどなたかまでは知りませんけどぉ」
「貴様っ庶民がこのような真似っ…! 私の父が許しはしないぞ!」
屈辱に耐えられなかった彼は顔を真っ赤にさせて怒鳴っていた。しかしその身体はアリジゴクの罠に飲み込まれ、今では生首状態。その上頭の周りにはドブネズミが集っており、あまり迫力があるとは言えない。
マーシアはそれを見下ろしながら、コテッと首を傾げてトボけた風に言った。
「えぇ? この大会の出場規約読んでないんですかぁ? 身分に関わらず真剣勝負するのが決まりですよぉ。事前に宣誓書書いたでしょ?」
その言葉にぐっと口ごもる相手。その間も彼の頭部は砂とドブネズミに埋もれそうになっていた。
「ていうかぁ。対戦相手に薬仕掛ける方はどうなんですかぁ? 卑怯な手を使うのがお貴族様のやり方なんですかぁ? 知らなかったなぁ」
ヤる気満々である。彼女はヘラヘラ笑っている風に見えて実は怒っていた。
彼女は以前起きた中庭の騒動を目にしていた。平民の女子生徒が年上の貴族子女数名に攻撃されながらも軽々避け、反撃する勇姿を目撃していたのだ。
気に入らないと思っていた。
何をって、貴族連中をである。やり方もだが、態度も何もかもだ。女子生徒側は庶民ということで色々我慢を強いられているのに、あちらはのうのうとして、この期に及んで卑怯な手を使って叩き潰そうとした。
貴族様に関わるとろくなことがないと先生方に口酸っぱく言い聞かされていた。マーシアとて、普段なら見ないふり知らんふりするが、今回はそうは行かない。
正々堂々と叩き潰せる機会を逃してなるものかとばかりに、攻撃を放ったのである。
「貴族が聞いて呆れる! 年下の女の子を陥れようとしてあんたら恥ずかしくないのか!」
いつものホワンホワンした雰囲気から一変して、マーシアは怒りの形相で怒鳴り立てた。会場となっている実技場は円形ドーム型となっていて、よくその声が響いた。
──始めはデイジーに対して天才少女という印象しかなかった。が、去年度の騒動以降、形を変えて印象が変わった。マーシアはいちクラスメイトとして、デイジーの無念を報復してやったのだ。
マーシアの怒りの咆哮にビクリと怯えたのは対戦相手だけではない。周りで観戦していた生徒らもである。身分というものが存在するなら、それ相応の対応が必要なのはわかってる。だがこれはあまりにも横暴すぎる。
庶民と貴族間の仲が微妙になっても別に痛くも痒くもない。しかし、マーシアは友人を傷つけられるのだけは見逃せなかった。
「……あんな捨て子なんかが魔法庁に入るなぞ、私は許さない!」
貴族子息はこの期に及んで恨み言を吐き捨てた。その訴えに対して会場にいる者全員が疑問を浮かべた。
…魔法庁? 何の話? と。
その答えはマーシアが代わりに答えてくれた。
「…はぁ? 断わったよその話は。デイジーはあんたみたいな権力ばかりあって、人望がまるでなさそうなお坊ちゃんの下で働いて、こき使われて潰されるのが嫌だったから魔法庁入りをお断りしたんじゃなーい?」
国直属機関からのオファーをデイジーがあっさり蹴った理由を、ようやく教えてもらったマーシアはもったいないと思っていた。
…しかし冷静に考えてしまえばそうだな。人間全員が清廉潔白というわけじゃない。彼女には肩書のある後見人がいないので、何かしら利用されるはずである。
したたかな人間であれば取り入ってうまくやっていけるだろうが、デイジーという少女はそこまで器用な人間ではない。……何かあった時に一番泣きを見るのは庶民たちなのだ。そう思えば、彼女の選択はあながち間違ってはいないのかもしれない、と思い直した。
「えっ、えぇ…? うぷっ」
砂が口の中に入ってきたのだろう。貴族子息はうめき声を上げていた。彼の顔の半分はネズミで覆われており、かじられた部位からは血が出ている。わらわらとドブネズミに群がられるその姿はまるでスラム街の…いやそれ以下の下賤の姿にも見えた。
「良かったね、これで満足?」
どんどん砂が顔を覆っていく。
マーシアはそれを見下ろし、うっそりと嘲笑った。
「そこまで! 勝者、マーシア・レイン!」
雌雄は決した。
勝者の名が高らかに読み上げられ、一般塔所属の生徒たちがわぁぁ…と歓声を上げて拍手を送っていた。
しかしマーシアは「まだこれからなのに…」と興ざめしている。
彼女にとってはこれが序盤だ。まだまだ試したい呪文があったのに試合終了を告げられたら諦めるほかない。肩を落とし、相手にかけた魔法魔術を解いた。アリジゴクから対戦相手の身体を解放して地面に打ち上げ、眷属のドブネズミにはお還りいただく。
「──この者を引っ捕らえよ!」
その命令にマーシアは凪いだ視線を向けた。王太子殿下が警備兵に捕縛を命じたのだ。
あぁ所詮、殿下も貴族の味方なのかなとマーシアはぼんやり考えていた。期待は元々していなかったけど、がっかりしてしまった。
「カミル・マクファーレン! 貴殿を大会規約違反及び違法薬物使用疑いで捕縛する!」
しかし捕まったのは貴族側だ。
警備隊は満身創痍の貴族子息カミル・マクファーレンを捕縛呪文で捕獲すると、抵抗できぬよう首元に魔封じの首輪を装着した。警備隊は容赦なくキビキビと彼を引っ立てていく。
「な、なぜですか殿下、何故私を捕縛など…!? 捕まえるのはあの庶民でしょう!」
マーシアは呆然とそれを見送っていた。捕縛された子息が言い訳みたいなことを叫んでいるが、そのままどこかへ連れて行かれた。
事の次第をずっと見ていた人たちの反応は2通りあった。自業自得だと冷めた目で見ている人と、青ざめて固まっている人。大多数は前者で、同じ貴族階級の人間も軽蔑した眼差しで連行された貴族子息を睨みつけるという面白い光景も見られた。
マーシアは目を大きく見開き、楽しそうに笑った。
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彼女は頬を赤らめ、目を輝かせると、ここにはいないデイジーに対して呼びかけたのであった。
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