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Day's Eye 森に捨てられたデイジー

王立魔法庁からのお誘い

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 一ヶ月ほどの休暇だが、私は移動時間もあるのでそれよりもさらに短い休暇だった。
 ……なんか、今回の休暇は勉強と美容クリームでいっぱいだった。私は薬が売りたいのに、美容クリーム屋さん扱いをされていて、途中から自分でも何がなんだかわからなくなった。
 旅立つ前にもっと売ってと言われ、最後らへんはずっと美容クリームを作っていた気がする。もうしばらく美容クリームは作りたくない。

 新学期に向けて再び王都の学校に旅立つその日、ご丁寧にお見送りに来てくださったテオに私は前もって言っておいた。

「また次の休みは帰れないと思う」

 すると案の定テオは不機嫌になり、鼻ジワを作ってこっちを睨んでくる。グルグル唸るんじゃない。

「…こっちでも勉強できるだろ。お前転送術とやらで王都の図書館にも通っていたじゃねぇか」

 そうなんだけどね。休暇中も何回か王立図書館まで飛んでいって本を貪り読んだ。
 だけど今年度は少し訳が違うのだ。

「次も飛び級してそのまま卒業試験まで受けるつもりでいるの」

 向こうで過ごすほうが時間の節約になるのだ。転送術でも事足りるが、距離が離れているとその分、魔力体力も削れる。寮に残ってそこから王立図書館に通えたほうが私は楽だ。
 それに勉強だけでない。いろんな試験を受ける必要もあるし……色々と準備も必要になる。

「そんなわけだから! じゃあまた1年後に会おう! いってきまぁす!」
「おいっデイジー!」

 テオが反対する気はしていたけど、もう決めたことなので、反論は聞いてやらん。
 馬車に飛び乗ると家族に向けて手を振った。

 これから新しい学期が始まり、今年は5年生になる。少し前から5年生の範囲を、借りた教科書と図書館の本で予習してきた。今年が私にとっての正念場であると思っている。
 このまま6年生の範囲まで予習し終え、飛び級試験並びに卒業試験まで進みたいと考えているのだ。

 大変だけど、叶えられないことではない。そのために私は今まで頑張ってきたのだから。
 1年後、胸を張って中級魔術師の証であるペンダントを首にかけて村へ帰ることを心に誓い、私は旅立ったのである。


■□■


 私は今年で15歳になる。そして同級生は17歳だ。他の生徒よりも2個下の私は少々どころじゃなくかなり浮いていたけど、ここでも私は自分のペースを貫いた。

 新学期はじまってからの、先生のお言葉は就職の話であった。魔法魔術学校卒業後の進路は進学か就職の二択なのだが、最高学府の大学校となると飛び抜けて優秀な生徒しか学費優遇されない。とてもじゃないが、普通の庶民が払える学費ではないので、一般塔の生徒はほぼ就職であろう。
 私も先生に進学は考えてないのかと聞かれたが、それでは私が飛び級した意味がない。私は早く稼げるようになりたいのだ。働きながらでも勉強はできる。高等魔術師試験も受けられる。寄り道はしないと決めていた。

 2年後には卒業なので、今のうちからちゃんと自分の進路について決めておくようにと先生は言っていたが、私の中ではそれは1年後の予定である。
 自由業の魔術師と言ったって、自営業としての届け出をしなきゃならないし、魔術師としての資格や知識技能も身に着けなきゃいけない。自分ひとりでやりくりするのに専門の知識も必要だ。
 ……忙しくなるぞ。いつも以上にね。

 私は笑うのを抑えきれなかった。
 楽しみで楽しみで仕方がなかったのだ。

「マック…先生の話、そんなに面白いか?」

 隣の席にいた男子生徒に恐る恐る声を掛けられたので、私は返事をする。

「ワクワクしますよね、色々やらなきゃいけないことが沢山で」

 私の言葉にザッと周りの同級生たちが凝視してきた。まるで頭のおかしい人間に向けられるような視線を向けられた。なぜだ。

「まぁ…マックなら引く手数多だろうしな」
「いえ、私はもうすでに決めているので、後は目標に向かって実行するだけです」
「あー…そのことなんだけどなぁ、マックはあとで職員室に来てくれるか? 先生から大事な話があるんだ」

 先生の言葉に私は首をかしげる。就職に関する話か? 私だけ進路相談でもするのか。飛び級しているから少し勝手が違うのかな。よくわからないが頷いておく。



 放課後に職員室に伺うと、先生からの話はやっぱり進路についてであった。先生は一通の手紙を私へ差し出した。宛先を見てみるとそれは王直属機関である魔法庁からであった。

「お前宛てに王立魔法庁から声がかかっている。卒業後ぜひ入庁してほしいとの就職のお誘いだ」

 先生の言葉を受けた私の心は凪いでいた。
 一昔前の私なら拳を握って喜んでいるはずだろうが、去年起きたことが未だ尾を引いているため、あまり嬉しくなかった。

「せっかくのお話ですが、お断りしてもらってもいいですか」
「…正気か?」

 先生は呆然とした表情を浮かべていた。

「言いにくいなら、私から直接お断りのお手紙書きますけど」
「いやいやそういうことじゃなくて…王立魔法庁だぞ? これは国からのスカウトだ。…滅多に無いぞこんな事」

 わかっている、その上でお断りしているんだ。就職先については強制されないはずだぞ。だから魔法庁には入らない。
 困惑する先生に自分の考えを話してみる。これまでの学校生活で感じた、生まれによって生じる差別のこと。私がいいところに就職するとまたゴチャゴチャしそうなので、単身で働きたいこと。
 自分の出自が足を引っ張る恐れがあるので、それなら何にも属さない道を歩むと告げた。

「私の人生は私が決めたいと思ってます」
「…自営で魔術師をする人間もいるが、安定しないぞ? 縛られない代わりに、守ってくれるものもない。保証がないんだ」

 私が真剣なんだとわかったのか、先生も真面目に返してくれた。
 だけどそれも全部わかった上で決めたのだ。

「捨て子である自分の生まれの秘密を探したいので、卒業後は旅に出ます」
「旅」

 先生が呆然と呟いたので、私は頷いた。
 こればっかりは捨てられた経験のある人間じゃなきゃわかんないよね。きっと。自分を捨てた親を探してどうするつもりだって先生は考えているに違いないだろう。

 何もしないよ、ただ知りたいだけ。
 私はどこまで行っても捨て子で評価されて終わる、その状況が気に入らないのだ。なので実の親のことをはっきりさせて終わらせたいと考えていた。

「去年起こした騒動の時、自分の世間での評価を聞かされた気がしました。どんなに頑張っても所詮私は捨て子です。それに未だ差別は根強い。それに立ち向かうには力が足りなさすぎる。魔法庁に入れば私はきっと権力者によって潰されるでしょう」

 私の話を聞いていた先生は、口を開こうとして閉ざした。多分先生もその辺色々なしがらみを感じているのだろう。
 たとえば私が捨て子じゃなく、ただの村娘でも貴族様たちは私を潰そうと動いたに違いない。同じ能力を持っていても身分で決まる人生。それに抗うのは並大抵の精神力じゃ無理だ。それがわかっているからなんとも言えなかったのだろう。

「それなら国に従わない道を選ぼうと思います。有事の際はもちろん国のために戦うと決めてますけどね」

 それとこれとは話が別だからね。
 たとえば戦争や暴動が勃発したら、私は大切な人を守るために戦う覚悟ではある。
 その時は国に従うよ。その時は大人しく駒になってあげよう。
 …それじゃ駄目だろうか?

「勿体ないが…そう決めたならもうお前は梃子でも動かないだろ?」

 先生の言葉に私は笑顔を向けてみせた。
 私はただの村娘。
 そして捨て子。
 背負うものがそう多くないので身軽なのが売りなのだ。

 組織には縛られない。
 私のやり方で行くと決めたのだ。そして自力で自分の地位を確立してみせる。もう誰にも捨て子だって、私の愛する家族を馬鹿にされないように。

 先生は肩をすくめていたが、渋々納得してくれた。さすがはビーモント先生。私のことをよくわかっている。
 先生はお腹を痛そうに擦りながらお茶を飲んでいる。お腹の調子が悪いのだろうか。今度胃の薬を差し入れしてあげよう。

「そんでお前の中ではどういう進路なんだ?」
「まず、この1年間で飛び級と卒業試験を受けて合格してみせます」
「ぐふっ」

 先生はお茶を吐き出す。汚いので避けさせてもらった。

「そのあと卒業後すぐに上級魔術師の試験を受けようと考えています。しばらくは旅をしながらお小遣い稼ぎして自力で生きてみせようと思います。経験を積み、いずれは高等魔術師の試験に挑戦したいです」
「そ、壮大な夢だな…」
「やろうと思えば出来ると思います!」
「先生はお前が恐ろしいよ…」

 先生は口元を拭いながら、疲れた様子でため息を吐き出していた。
 そんな、大げさである。皆やろうとしないだけであって、才能とやる気さえあれば誰だって出来る。魔力という天賦の才能があるのに皆はやる気が足りないと思うぞ。
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